LL index≫第一章(一気読み) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)
クレオがそばにいた女の子を羨ましそうに眺めている。クレオはいつも着ている白い綿の服にフードつきのローブを羽織っているだけだったが、クレオと同じくらいの年のその子は、花模様の刺繍がはいったケープを肩にかけている。スカートは綺麗な草色に染めてあり、ケープとおそろいの刺繍が裾に入っていた。髪も高く結い上げ、可愛らしい髪飾りでとめている。あまりにも自分と違うその子を見て、クレオは思わずうつむいた。
一方のクリフは露天の武器屋に見とれている。彼が持っているのは父が作ってくれた手製の弓で、柔らかくしなるカゴラの木を削りだしたものだ。露天商では、クリフが見た事もないような弓が、数多く並べられていた。木製のものも多くあったが、金属の持ち手がついたものや、弓自体が鉄で作られているものもある。その大きさも千差万別で、小さな手弓から、クリフにはとても使えないような長い弓まで様々だ。色が塗られ、綺麗に飾られた祭礼用の弓などもある。それ以外にも、短剣や長剣などが山程あった。店は布を張って作る簡単なものだったが、その中にはどうやって運んだのかと思うほど多くの品物が所狭しと並べてある。それらの内のいくつかは表からも見えるように綺麗に並べられ、店主は終始笑顔を絶やさずに、商品の一つ一つを丁寧に磨き上げていた。
浮かれる双子たちとは逆に、エイルは言い知れない不安に襲われていた。
今までは、人々から見下ろされる事など皆無に等しかった。いつでも自分は壇上にいて、目の前でひざまずく人々を見下ろしていた。自分が見上げるのは父王と母くらいのもの。兄王子も自分より背がそれほど高い訳でもない、同じ目線で話していたのである。それがどうだろう、今自分の近くにいる人々は、全て自分を見下ろしていく。中にはエイルにぶつかっても「邪魔だな」といった顔をしていく者さえいる。だがそれは、当たり前の事だった。エイルはまだ発展途上の少年で、身長も六サッソ半しかないのだから。世間知らずの少年を、人々が目に留める訳もなかった。しかしエイルにとってはそれが何だか恐ろしくて仕方ない。自分は王子なんだぞ、偉いんだ……主張しようとしても口に出す事は出来なかった。
――なぜ、誰も気づかないんだ……。レノアの民はレノア王家に、私に、忠誠を誓っているはずなのに……。
無意識にエイルはシキの服にしがみついていた。シキはそれに応えるようにエイルの肩を抱き、その顔を隠すようにしてあたりに眼を配る。そして、双子に話しかけた。
「お前たち、悪いが『彼』を頼む。俺はちょっと中へ入れないかどうか門番に聞いてこよう。険悪な情勢というわけでもなさそうだから、心配はないと思うが……人ごみに紛れぬよう、ここいらで待っていろ。あまり『彼』の顔を見られないようにな。……すぐ戻る、心配するな」
置いて行かれるのか、とやや不安げな表情の三人に向かって軽く微笑んで見せ、シキは門のほうへ歩き出した。
門衛所では幾人かが門番と言い争っている。どうやら中へ入れろ、いや駄目だと押し問答を繰り返している様子だ。
「いかんと言っているだろう! 通行証がいるのだ!」
「そんな話は聞いてねぇです」
「そうだそうだ、第一どうやって手にいれるんだ!」
「申請しているから待っていろと何度言ったら……」
「私たちはそれでもう三日も待ってるんでしょ!?」
「どうして入れねーのかを教えろって言ってんだよ、兵隊さんよぉ」
「いずれ王宮の方からお知らせが出るはずだ」
「いずれって言われたって……なあ」
これではいつまでたっても埒(らち)があかないな、シキは人々に混ざって観察を続けていたが、ため息をついた。
――しかし通行証とは……俺もそんな話は知らん。やはり俺の知っているレノアとはどこか違うようだ。
そんな考えを巡らせていると、後ろの方からざわめきが起こった。振り向いてみると人々を乱暴にかきわけてレノア兵士が二人現れた。護身用の軽い鎧を身につけた兵士たちは手に細い槍を持ち、それで人々を威嚇しながら道を開けるようにと指示している。研ぎ澄まされた切っ先に人々は慌てて道を譲り、何が起こるのかと脇から覗きこんだ。二人の兵士は口々に言う。
「さあ道を開けろ、騎士団のご到着だ」
「邪魔だてするな、緑旗隊のお帰りだぞ」
――緑旗隊だと!
その言葉に真っ先に反応したのはシキだった。誰もが騎士団の到着に驚いてはいたが、シキがその中にいて誰より驚いていたに違いない。緑旗隊というのはレノア王国騎士団の中でもある種特別な存在で、王家に一番近い親衛隊、一般的に言うところの近衛隊である。レノアの王国騎士団には、本隊といくつかの分隊があるが、そのどの隊も紋章は旗の下にうずくまる獅子と決まっている。しかし緑の旗を交差させた緑旗隊の紋章だけは、王家の旗紋章と同じ意匠で、色は違えど王家に一番近い存在である事を示していた。緑旗隊は騎士団に所属はしているが、独立した王家の護衛隊なのである。緑旗隊がいるという事は、そこに王族がいるという事を示しているのだった。
「さあさあどいていろ、さっさと道を開けろ!」
「邪魔だ邪魔だ、蹴散らされたいか!」
物騒な声を上げながら、二人の兵士は道を作っていく。呆然としていたシキは取り残され、気づくと道の中央に立ち尽くしてしまっていた。兵士たちが彼の前に立ちはだかっている。
「おいお前、何を考えている、そこをどけ!」
「レノア王国騎士団、王家直属護衛隊の緑旗隊をなめとるのか?」
「い、いやそんな事はないが……」
「……おい」
「?」
「何様のつもりだ。『そんな事はない』だと? 我々は貴族階級だぞ、平民が対等に話をできる身分ではないのだ!」
「ちょっと待て! いつから緑旗隊はそんなに柄が悪くなった? お前たちの上官はどんな指導をしているんだ」
シキは思わず言い返したが、すぐに今の立場を思い出し、自分の失態を思い知った。
「なぁんだとお? 偉そうに、何が指導だ! 平民が!」
「ええい、邪魔だ!」
そう言うと兵士の一人が槍を突き出す。シキは身をよじってそれをかわし、道の脇へと走った。複雑な感情と、様々な考えが交互に彼を攻めたて、ひどい混乱に陥らせていた。
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