Legend of The Last Dragon −第二章(10)−

ゴダルと店主、そしてバルタゴスと呼ばれた傭兵の三人は、かび臭い匂いのする牢屋へと向かった。牢へ入る鉄の扉の前には、それを隠すような形で小さな小屋が建てられている。中には机と、仮眠出来る程度の小さな寝台が置かれているに過ぎず、そこに背の曲がった男が一人、入り口に背を向けて眠っていた。ゴダルはつかつかと小屋に入り、手に持っていた杖で男の背を強く叩く。慌てて跳ね起きた牢番はきょろきょろとあたりを見回した。

「いたたたた……。あ、ゴダル様じゃねぇですか。こんな夜遅くに何の用ですかい?」

背をさすりながら聞いたが、ゴダルは牢番の言葉に耳も貸さぬ様子である。

「こんな男に牢番の仕事をさせているのか、店主は……。おい貴様、鍵を開けんか」

「鍵って……いやいやいやいや駄目でさぁ。誰も入れるなって……」

「早くせい!!」

「へ、へぇ……」

両手を目の前で勢いよく振っていた牢番だが、傭兵バルタゴスが大剣に手をかけるのを見ると、首をすくめて背を丸めた。怯えた様子で腰の鍵束をがちゃつかせたが、なかなか扉の鍵を見つけ出せない。そんな小屋の様子を、小さな影が見ていた事には誰も気づかなかった。影は慌てた様子で帽子をかぶりなおすと、すぐにどこかへ走り去った。

牢番がもたついている間に、傭兵から解放されていた店主はそっと後ずさった。今の内に、小屋から出ようという算段である。うまく気づかれずに小屋から出ると、慌てて胸から下げた小さな笛を吹いた。ゴダルたちが音に気づいて小屋から出てくると、既に四、五人の護衛兵が小屋を取り囲んでいた。彼らは剣を抜き放ち、じりじりと二人に迫る。店主はしてやったりといった表情で高みの見物を決め込んでいる。牢番はといえば、恐ろしさの余り小屋の中から出られずに、ただ怯えるばかりだ。店主が勝ち誇ったように告げた。

「ゴダル様、決まり事を破ってもらっちゃ困りますな。傭兵をお連れだったようですが、たかだか一人では、屈強な護衛兵たちには敵いますまい」

しかしゴダルは平然とした表情のままだ。その口の端にはわずかな微笑さえ浮かべている。危ぶんだ亭主が号令を下す前に、バルタゴスが指を鳴らした。すぐさま近くに潜んでいた傭兵たちが十数人、その姿を現す。店の護衛兵と店主は逆に取り囲まれる形になってしまった。

「わしがたった一人の供で商品の横取りに来るとでも思っていたのか、めでたい男だ」

ゴダルはせせら笑い、すぐに厳しい声で号令をかけた。

「貴様ら、こういう時のために高い金を払っているのだぞ! 誰もわしの邪魔をさせるな! 行くぞ、バルタゴス」

雇われている傭兵たちは、言われた事をするだけだ。例え悪事を働こうとも、傭兵にとっては仕事をくれる主人がいい主人なのである。ゴダルの命令に従って彼らは剣を構え、護衛兵たちを包囲する陣形を取った。

形成はすっかり逆転していた。傭兵たちは、敵との距離を徐々に詰めていく。ゴダルとバルタゴスは、怯えきった牢番から鍵束を奪い、牢へと入っていった。店の護衛兵たちはそれを止める余裕もなく、誰かが口火を切るのを待って目を光らせている。しばらく沈黙が続いたが、ついに一人が切りかかり、それを合図にするように戦闘が始まった。

店主は慌ててその場を逃れ、この事態にどう収拾をつけるべきか必死で考えをめぐらせた。あたりにはまだ誰もいないが、しばらくすればイルバの兵が騒ぎを聞いて駆けつけてくるだろう。それまでになんとか片をつけねばならない。

と、そこに一人の青年が現れた。店主はまだ気づいていない。背が高く、鍛え抜かれた体躯の男は、迷う事なく小屋の方へつかつかと歩み寄った。目の前の戦闘に驚く様子でもない。青年は動きやすい服を身につけ、腰に長剣を携えていた。長剣の鞘や柄は、その剣が青年の軽装に似つかわしくないと思わせるほど立派な作りである。彼は、店主のところまで来ると簡潔な言葉を口にした。

「双子が連れて行かれては困るのだろう。助太刀しよう」

「えぇ? あんた誰……いや誰でもいい、止められるもんなら止めてくれ!」

青年は小さく頷くと、戦いの輪に近づいていった。

戦闘は既に終わりの兆しを見せていた。店主が呼んだ護衛兵は最後の一人になり、背に深手を負っている。ゴダルの傭兵たちはそれを取り囲んでいた。傭兵頭と見える男が先頭に立って護衛兵を追い詰めている。服は敵の返り血によってか、あちこちに濃い、赤い染みが出来ている。傭兵頭は血のついた左手で顔を拭うと、にやりと笑った。敵を全て殺す必要はないはずだったが、彼は血に酔い、また戦いそのものに酔いしれているのだろう。興奮のあまり唾を飲み、いよいよといった感じで剣を振り上げる。そこに、静かな声が響いた。

「それ以上やる事はあるまい」

傭兵頭は声の主に一瞬目をやったが、気にする事もないように剣を振り下ろす。それを防ぎ切る事が出来ず、といって避ける事も出来ない護衛兵は大剣に叩きのめされ、ぐったりと頭を垂れた。傭兵頭が、ゆっくりと振り返る。

「貴様にゃ何の関係もない事だ」

凄みのきいた声に動揺する事もなく、青年はごく落ち着いた口調で切り返した。

「双子を連れて行かれては困るんだが」

「やろうってのか。いい度胸だ」

その言葉に同調するように、傭兵たちはみな剣を取り直し、青年に向き直った。一気に緊張感がみなぎる。青年は、抜き放った重そうな長剣を事もなげに構え直し、相手を睨みつけた。

「双子を連れて行って欲しくないだけなんだがな。……まあいい、俺の剣の前に出るなら容赦はせん」

「小癪(こしゃく)な事を……!」

「なめた口を利くな!」

二人の傭兵がそう口々に叫びながら飛び掛かってきた。一人の剣を交わし、その肩に長剣を叩きつける。力を込めて切り下げ、その勢いで二人目の剣を受けた。力強く跳ね返して、二人目の腹に剣を叩き込む。傭兵は、青年の剣の元にどうと倒れた。

その身のこなしと剣のさばきに、残った傭兵たちがざわつく。唾を飲んで一、二歩後ろへ下がった。青年は逆に前へ一歩進み出る。対峙する剣に隙はない。

傭兵たちは互いに間合いを計っていたが、最終的に先ほどの傭兵頭が沈黙を破って打ちかかった。剣士は鋭く身を沈め、それへとばかりに傭兵頭は剣を振りかぶった。その刹那、視界から青年の姿が消える。剣を振り下ろしながら踏みとどまり、慌てて振り返った傭兵頭の目に剣のひらめきが映り、それが、彼の見た最後の景色となった。

次の瞬間には、青年に向かって幾つもの剣が振り下ろされたが、剣士はそれらを全て交わし、そしてまた一人、彼の剣に切り伏せられた。その全ては瞬く間に行われ、店主は目を見開き、固唾を呑んで見つめる事しか出来なかった。

騒ぎを聞きつけたのか、それとも近隣の住民が通報したものか、イルバ兵が集まってきていた。イルバではこういった諍(いさか)いは日常茶飯事であり、兵士は驚く様子もない。彼らはみな、領主ダルケスによって訓練されている精鋭ばかりである。兵士たちは無駄のない鎧に身を固め、細身の剣を腰に挿している。その全てにイルバの紋章が刻印されていた。

店主がまずい事になったと舌打ちをしている時、領主ダルケス自身までがその場に現れた。洗練された服の襟元に洒落たスカーフをのぞかせ、濃い灰色の髪は綺麗に撫でつけてある。口ひげは髪と同じ色で、口の上できちんと切り揃えられていた。年の割には張りのある肌で、青い目は知的な光を放っている。その領主の姿を認めて、店主は再び舌打ちをし、唇を噛んだ。

「私の町で争いはやめてもらおうか。何が起こっているのか、正直に言いたまえ」

「……競り落とされた商品を、ゴダルの旦那が横取りしようとしなさってね。あちらの傭兵どもにうちのが全部やられちまったんですよ」

「では、今あそこで傭兵たちを相手にしているのは誰だ?」

「知りませんよ。突然出てきて、助太刀してやるってんで……」

「なかなかの身のこなしだ。きちんとした剣を習った者の動きだな。……ところで店主、品は何だ」

ち、やはりそう来たか。店主は心の中でため息をついた。

ダルケスは善良な人物で、子供奴隷の取引を良しとはしない。しかしながらそういった取引全てを取り締まろうとしているわけでもなかった。今夜のような揉め事は、この町ではちょくちょく起こる。そういった時にダルケスは奴隷取引禁止法を建前に、商品を取り上げるのだ。商人たちにしてみれば、体よく上前を跳ねられるのと同じ事だった。争点の的になっている「商品」が子供の奴隷だという事を知ると、案の定ダルケスはその顔に笑顔を浮かべた。だが、目は笑っていない。

「困るな、この私の目の届く範囲で認可されていない奴隷市を開いてもらっては。分かっているだろうが、本来ならば商品は全て取り上げだ。……ま、今回はお前たちに不備はない。子供奴隷だけで許してやろう」

ダルケスは自分の言いたいことだけを言うと、恨めしく睨む店主に目もくれず、衛兵に合図を送った。イルバの精鋭たちはあっという間に残った傭兵たちを取り押さえにかかる。

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