LL index≫第二章(一気読み) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14)
イルバの大通りのほとんどは、中央の広場とつながっている。幅の広い通りが多く、路地はあまりない。道には馬や馬車が走り、他にも身なりのいい貴族や、職を求める貧しい者たちなど、様々な格好の人々が行き来している。石造りの建物は、色や高さ、それぞれ趣向を凝らして造られていた。建物の美しい見栄えは、イルバが洗練された街である事を示している。また街のあちこちに見られる市の丸屋根が、イルバらしさを演出しているといえるだろう。
シキとエイルはそんな洒落た街の一角を、領主の屋敷に向かって歩いていた。シキは半袖の上着に腰布という簡単ないでたちで、左腰に長剣を挿していた。襟足が少し伸びた黒髪は、それほど手入れしていないにも関わらず、艶を保っている。一方のエイルは、バシェスの絹で織った柔らかな上着を、細い革帯でゆるく留めていた。陽の光が透いて見える水色の髪は、シキが毎朝丁寧に梳(くしけず)っている。エイルは、波打った前髪が額に落ちかかってくるのを両手で面倒そうにかきあげた。
「朝から何度も、どこへ行くのだと聞いておるのに、なぜ答えん?」
「大きなお屋敷ですよ、と申し上げましたが」
青年騎士は、真面目な表情で答えた。しかしその深い緑の瞳はどこか笑っているように見える。エイルは憮然とした表情で腕を組み、ぶつくさと文句を言った。
「いっつもそうだ。シキは勿体ぶって! 私の質問にちゃんとは答えないではないか」
「そうでしたか? そのようなつもりはなかったのですが……」
「シキは、私をからかってるんだろう」
「とんでもありません、殿下。私はエイル様の忠実な臣下です。まさか、からかうなど……」
「ふん!」
鼻を鳴らしてそっぽを向くエイルを見ながら、シキは微笑した。大きな通りを抜け、石畳の広場を超え、また別の通りを横切り……二人は街の北端へと向かう。
領主ダルケスの屋敷はイルバで最も広く、壮麗な屋敷だった。敷地には緑豊かな庭園が広がり、一年中何かしらの花が咲き乱れている。庭園も、それは美しく素晴らしいものだったが、屋敷も負けず劣らず見事なものだった。白御影石で作られた三階建てで、手の込んだ彫刻が施された柱がいくつも立ち並んでいる。玄関に建てられた二本の柱は、中でもとりわけ大きく、高く、細かい模様が彫られていた。玄関に出迎えた執事が「全ては分かっている」とばかりに大きな広間へと、二人を案内する。重そうな扉が内側へ開くと、ダルケスがにこやかな笑顔を浮かべて待っていた。
「ようこそ、私の屋敷へ」
部屋の壁には立派な暖炉が備え付けられていたが、火は入っていなかった。天井は高く、四隅にはさりげないが素晴らしい、小さな彫刻の像が飾りつけられている。シキとエイルは、礼を持って答えてからその部屋へ入った。このあたりの身のこなしは、二人とも、さすが王侯貴族といったところだ。ダルケスは領主で、貴族階級である。エイルも王子らしく、礼儀正しく振る舞うつもりのようだった。
「何か飲み物でも? 酒がよろしいかな?」
「もらおうか」
そう言いかけたエイルを目で制し、シキが言い換えた。
「お茶で構いません。ありがたく頂戴します」
ダルケスは気づいたのかどうか、何も言わずに頷くと、そばの机に置かれた鈴を軽く鳴らす。シキたちが入ってきた大きな両開きの扉、その横の壁が突然口を開けた。きちんと閉めてあればまず分からないであろう、執事や召し使いたちが使うための扉である。こういった仕掛けは、レノアの王侯貴族の屋敷であれば、ごく当たり前のものだった。当然、部屋にいる三人も、いきなり開いた隠し扉に驚く様子はない。
扉の向こうにいたのは、躾(しつけ)の行き届いた執事だった。
「御用でしょうか」
「こちらのお客様にキブール茶を」
「かしこまりました」
執事は軽く頷くと静かに扉を閉めた。扉が、一瞬にして壁に戻る。ダルケスは大きな長椅子に二人を誘った。美麗な刺繍が施された、豪華な布張りの長椅子が二組、部屋の中央に置かれている。シキは軽く頭を下げ、話し出した。
「コルト様、改めてお礼を申し上げに参りました。彼らを助けていただいて感謝しております」
「いや、それは貴公の活躍があってこそ。私は何もしていない。今はもう元気そのものだよ。ただ、精神的に辛かっただろうとは思うがね」
「……」
シキはうつむいている。いつの間にか、執事が人数分のお茶を机に置きに来ていた。ダルケスはシキを元気付けるように、明るい口調で言った。
「さぞかし君に会えたのが嬉しかったのだろう、昨夜は遅くまではしゃいでいたよ。早く会いたいと何度も言っていた」
「そうですか、それならよかったのですが……」
エイルはその会話もろくに聞いていない様子だ。お茶をすすりながら、独り言を呟いている。
「へぇ、これ美味しいな。サナミィで飲んだのよりずっと甘みが深い」
「旦那さま、準備が整ったようでございます」
執事が、今度は正面の扉を開けて告げた。顔を上げたシキの表情は、ぐっと和らいでいる。一方のエイルは何が起こるのかと顔を上げた。ダルケスは微笑むと、執事に向かって頷いて見せる。
「では、連れてきたまえ」
執事は、すぐに扉を大きく開けた。既に彼は双子を連れてきていたのである。用意のいい執事に笑顔を向け、ダルケスは双子を部屋に呼び入れた。エイルが思わず長椅子から立ち上がる。水色の大きな目が、余計に大きくなった。驚きと疑問の入り混じっていた顔が、徐々に笑顔を作っていく。クリフとクレオは顔を見合わせてくすくすと笑い出した。エイルはその意味に気がつくと慌てて座り直し、恥ずかしさを隠し切れぬ顔を背けた。
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