Legend of The Last Dragon −第二章(14)−

「殿下!」

想像していなかった言葉に慌てるシキに向かって、クリフが目で「大丈夫」と合図する。そしてすっくと立ち上がると、エイルの正面まですたすたと歩いていった。長椅子の上でふんぞり返っていたエイルは、見下ろされて少々怯えたような表情を見せる。クリフは真面目くさった顔でエイルを睨んでいたが、突然その足元に膝をついた。

「エイル=ダルク殿下、どうか僕らをお連れ下さい。殿下と一緒に行きたいんです。どうか、どうかお願いします」

呆気にとられて、エイルの口があんぐりと開く。しかしすぐに我に返ると、居心地が悪そうに座りなおし、横を向いた。

「そ、そこまで言うなら連れて行ってやる」

その頬がほんのりと染まっているのを、クリフは見逃さなかった。クレオは「納得いかない!」という声が聞こえてきそうな表情を浮かべているが、クリフは気にせず、すぐ横にいるシキに笑ってみせた。シキは「なかなかやるな」と囁き、クリフは「シキ様には敵わないけど」と囁き返した。ダルケスはひげをひねりながら嬉しそうに笑っている。

「一件落着といったところだな。三人とも、仲良くするんだよ」

「どうして命令するんだ」

エイルが小さな声で呟いたが、ダルケスの耳には届いていないようだった。クレオはまだ唇を尖らせていたが、笑っているクリフと目が合うと肩をすくめて苦笑した。

「……さて、君たちは優秀な魔術師を探しているんだったな。では有名な噂があるのを知っているかね?」

再び口を開いたダルケスの口調は、いたって真剣なものだった。四人は気を取り直してダルケスに向き直る。

「シンジゴ山脈を越えた遥か南、リューイー地方があるのは知っているかな。大陸の東岸、ミクリナ島などと行き来するための港町が多くあるところだ。その港町の一つ、コーウェンのそばに大陸一の魔術師が住んでいるという噂がある」

「コーウェン……」

「出生も年齢も、何をして暮らしているかも分からないと言うが、この世のありとあらゆる魔法に通じているんだそうだ。精霊たちと言葉を交わすとも、炎や水を自在に扱うとも言う。どこまでが本当かは分からんが、とんでもない魔術師である事は確かだ。噂では女性だという事だが……彼女を訪ねてみるというのはどうかね?」

「他に、高名な人をご存知ありませんか」

シキが尋ねると、ダルケスは肩をすくめて「知っている限りではその魔術師がずば抜けている」と言った。

「魔術師と言ったってね、火が灯せるとか、冷たい風を起こせるとか……その程度だよ、普通はね。素質がある者が修行をし、認定試験に合格してようやくそれだ。要は、町の便利屋だろう? 魔術師というのは。天候を変えるとか時を越えるとか、そういった大魔法はとてもじゃないが出来ない。ただ、コーウェンの魔女ならそういった事もやるかも知れんという、そういう話だ」

「……行く価値はありそうですね」

「そうか。……では私もほんの少々ではあるが、協力しよう」

ダルケスは鈴を鳴らして執事を呼ぶと、いくつかの物を持ってくるように言いつけた。よく出来た執事のおかげで、すぐにそれらが四人の目の前に並べられる。銀貨や銅貨、コーウェンの位置を記した大陸図、天幕や寝具といった物から、旅には欠かせない服や食料まで、全てがそこに揃えられていた。クリフもクレオも、その無駄のない品揃えにため息をついている。

「私のイルバで、手に入らぬ物はない」

ダルケスはそう言って、にやりと笑ってみせた。きっと中には、商人たちから体よく巻き上げたものもあるのだろう。もしかしたら全てがそうなのかも知れなかったが、シキは何も聞かずに、ありがたく受け取る事にした。

翌朝。ここのところ続いていた雨も今日はやみ、ハーディスが輝いている。爽やかな風が四人の髪を吹きぬけていった。

青葉の月が終わると、白雲の月がやってくる。真っ白な雲が青空に浮かんでいる日が多いためか、そんな風に呼ばれる白雲の月は、やがてやってくる雨の月までのつかの間の晴れ間だ。その間になるべく歩を進めておきたいところである。

財布にゆとりの出来た彼らは、旅をするための馬をもう二頭手に入れていた。まだ若い、俊敏そうな二頭である。クリフもクレオも、馬にそれほど慣れていたわけではなかったが、二、三日するとすぐに乗りこなすようになった。器用に手綱を操って自分の馬を歩かせている。空は澄み、太陽は輝き、道は地平線まで続いている。目の前には豊かなレノアの大地が広がり、遥か先にシンジゴの山々が小さく霞む。延々と並ぶ田畑や森、目に見える景色の全ては、双子にとって自由の象徴だった。ほんの数日前まで冷たい土の牢に閉じ込められていた、それを思い出すたびに、身の毛がよだつ。自分たちが奴隷として売り飛ばされていたらどうなったのか……考えるだに恐ろしい。しかし、今はもう自由だ。狭く、差別感の強い村から脱却し、冷たい土牢からも助け出された。自由をようやく手に入れたのだ。これから何が起こるのか、世界がどうなっていくのか、自分たちには何が出来るのか。多くの疑問や不安も、決して無くなりはしなかったが、それでも彼らには活力が満ち溢れていた。

そんな彼らの横で、相変わらずシキの馬に跨(またが)るエイルが、思い出したように尋ねた。体をひねり、シキを振り仰いで口にしたのは……。

「なあシキ、クリフたちとは、どこで再会したんだ?」

無邪気な質問に、シキと双子は思わず顔を見合わせた。エイルは何も知らないのだ。夜、宿屋で寝ていた間に何が起きていたのかなぞ、少年王子には当然知る由もないのである。シキが酒場に出かけたのも、クリフとクレオの身に危険が迫っていたのも、シキがゴダルの傭兵相手に戦ったのも、全てはこの数夜の出来事であり、エイルが平和に夢見ている間の事件だったのだ。何故シキたちが笑うのか納得のいかないエイルは、矢継ぎ早に質問を投げかける。

「どうして領主と知り合ったのだ? いつどこで双子を見つけた? 夜、シキはどこへ行ってたって言うんだ?」

「いや、それは……困りましたね。えぇ、と……全部、秘密です」

「ずるい! 私にだって知る権利があろう?」

「勘弁して下さい、殿下」

「いいや勘弁ならん、全て話せ」

シキはひたすらエイルの質問をかわし続け、双子はそれを見て笑っていた。ようやく彼らにも明るい笑顔が戻ったと言えるだろう。目指すコーウェンは遠い。四人は、まっすぐに続く街道をひたすら南へ下っていった。

第二章 完

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