Legend of The Last Dragon −第三章(10)−

城下町もひどい状態だった。王宮前広場やその近くはもちろん、王都の大半が損害を受けている。家々はその一部や全体が崩れているものも多く、煉瓦の壁には焼け焦げた跡があちこちに残っていた。あたりには多くの犠牲者が倒れ、ものの焼ける臭気が鼻をついて思わず吐き気を感じる程だ。ラナの木やルセール王宮も、炎に焼かれたその姿を無残にさらしている。つい先程まで聞こえていたヒューゴーの鳴き声も今はなく、遠く地平線が町中から見る事が出来るといった状態だった。

残された人々は一様に無気力である。ある者は家をなくし、ある者は家族や愛する人を失ったのだ。彼らはまだ、悲嘆か途方のどちらかにくれながら座り込んでいた。

誰も、自分たちと瓦礫(がれき)の中をぬって、一人の男に連れられて歩く幼い少女が、自分たちの皇女であるとは思いもしないようだ。それは彼女が王宮から出た事がないせいなのだが、例え彼女の姿が国民によく知られていたとしても、彼らの目にその姿は映りもしなかっただろう。人々は自分たちの置かれた状況に対して、ただ、呆然としていた。

彼らの前に現れたのは、あれは一体なんだったのだろうか。お伽話や幼い頃の寝物語、はたまた吟遊詩人の歌や語り部の伝説に出てくる「あれ」によく似ていた。それでも、人々は断言出来なかった。まさか生きた、動いている「あれ」が目の前に出現したなどとは……。

リュークもまた、どうして良いか分からずにいた。この数時間に起きた諸々の出来事は、今でも信じられない。けれど、それはやはり現実なのだろう。眼前に広がる光景を見れば、信じざるを得ない。それは人間の力が及ぶ範囲をはるかに超えた現象だった。そしてその結果が今のひどい城下町であり、多くの犠牲者なのである。

あたりに積み重なった瓦礫を乗り越えていく。服の中の右手に首飾りを、左手に少女の手を握りながら、彼は町外れへと向かっていた。

――宝石と皇女、か。とにかくヴィトに相談するしかねぇな……あいつの事だ、死んじゃいないだろう。

皇女サーナも、人々やリュークと同様、いやそれ以上に無気力だった。彼女は、その身に降り注いだ事全てに立ち向かえるほど、強くもない。大きすぎる衝動が感情全てを奪っていったかのように、無表情のまま、彼女は歩いていた。自分の手をひく若者が誰なのか、自分がどこへ連れて行かれるのか、彼女にはどうでもいい事のようだった。転んだり座り込んだりする事すら面倒で、それくらいなら歩き続ける方がまし、とでも言いたげに、彼女は時折道端の石に躓(つまづ)きながらも歩き続けた。

着いた先は城下町の中でも外れの方にあったためか、それほど被害を受けていないようだった。リュークは扉を叩き、声をかける。しかし中からの返事はない。なおも叩いてみるが、中から開ける者も、合い言葉を問う者もいなかった。

――嘘だろ、まさかヴィトまで……。

リュークは愕然とした。がっくりと頭を垂れ、ひざをつく。しかしサーナはそれを見ても相変わらず無表情で、その場にただ立ち尽くしていた。静止したその情景はまるで、舞台の一場面のようだ。突然、背後で大きな音がし、リュークの体が跳ねた様に反応する。振り返って見ると、犠牲者を山のように積んだ荷馬車が町の外へ向かって去っていくところだった。

やがてリュークは無言のまま立ち上がり、服についた汚れをはたき落とした。冷たい表情を浮かべ、サーナを振り返る。……しかし、すぐにその顔を歪めると肩を落とし、ため息をついた。

「仕方ねえか。俺もお前さんをほっとけるほど堕ちちゃいねえよ」

サーナは彼の優しい言葉にすら反応せず、突っ立ったままだ。リュークはもうそれには構わずに、幼い皇女の手を引いて扉を押し開けた。家の中には、当然といえば当然だが誰もいない。椅子などの家具がそこらに倒れており、窓は開け放たれたままになっている。リュークは皇女を椅子に座らせて、棚に近づいた。それからおもむろに引き出しを、下から順に開けていく。台所へ行ってはパンなどの食料を、寝室へ移動しては防寒具などをその手に取る。必要そうな物は全て懐か、背中にかけた包みに入れた。まさしく盗賊である。だが文句を言う者はいないのだ。ここには、優しく響く声で皮肉を言ってくれる友人はもういない。リュークは硬い表情のまま、一度も振り返る事なく家を出ていった。

町のあちこちから、細い煙がいまだ立ち昇っている。それは平和な日常の夕食の煙などではなく、大切なものを失った人々の涙すらを吸い取るかのような煙だった。嵐でも通過したかのような町には、焼け焦げた木の匂いと埃っぽい空気が満ちている。悪夢の象徴である煙や埃に、ハーディスの光が当たってきらめいていた。その背景には、割れた水がめや横倒しになった荷馬車、風で飛ばされた扉代わりの布などが散乱している。家の庭先などでは果樹が折れ曲がり、道端には壊れたつぼが転がっているという有様だ。マイオセールの惨状を示すそれらの上に、ハーディスは惜しみなく降り注ぐ。皮肉にも、その光景にはある種の美しさがあった。

そこにはまた、人々の強さが徐々に浮き上がってきていた。マイオセールの民はようやく衝撃から醒め、自分が出来る事に手をつけ始めている。痛みを癒せる魔術師は走り回り、もう二度と目覚めることのない犠牲者は街の外に運ばれていく。男たちは崩れた家々をなんとか修復しようとし、女たちは食事の支度や片付けに追われていた。虚ろだった彼らの目は、少しずつではあるが、ようやく光を取り戻しつつある。そんな街路を抜け、リュークは東の街道へ向かった。

マイオセールは平坦な荒野の真ん中に作られた円形都市である。城下町を囲うような高い壁はない。街の端には低層の人々が住む民家がまばらに建てられ、大通りがそのまま街道となって街の外へと続いている。ルセールが統一されてから、大掛かりな軍隊などに攻め入られた事がないからこそ、この作りのままで問題がないのだろう。町の近くには、街道沿いに申し訳程度の関所が設けられているだけだった。

マイオセールからは北、南西、東のそれぞれに向かって、僅かな水路を辿った三本の街道が引かれている。北は砂漠へ、やがてぶつかる山脈を越えてレノアへ。南西は海産物の獲れる港町やミチロ皇国、カルツ国へ。そして今リュークが向かっている東の街道は、ミクリナ島の絹が着く港町コーウェンまで続いていた。三本の街道以外を旅人がやってくる事はない。水もなく、気温も高い荒野を旅するだけで体力のほとんどは消耗し、延々と続く地平線だけでは方向感覚もなくなって精神力も尽きる。果てしなき荒野は、その存在だけでマイオセールを外敵から守っていたのである。

普段なら常駐しているはずの関所の兵士も、人手が足りなくて駆り出されているのか、町外れには人の姿が見えない。無人の関所を抜け、ようやくマイオセールの町を出た頃には、すっかり日が暮れかかっていた。

幼い皇女は、ある日突然現れた男に手を引かれてとぼとぼと歩いていく。今までの短い人生の全てを、彼女は王宮の中で過ごしてきたのだ。自らを守る術(すべ)は何一つない。ほとんど何も知らない相手ではあったが、今の彼女に出来る事は、この男についていくことだけだった。涼しげな風が顔をなでる。星が、広い空に瞬き出している。皇女はうつむいていた顔を初めて上げ、空を見つめた。また涙が流れてしまうだろうか……そう思って一瞬たじろいだが、不思議な事に彼女の瞳は潤まなかった。サーナは顔を元の位置に戻し、小さな顔にまとわりつく髪を手で払った。目を伏せ、何を見るともなしに足元に視線を向ける。足のすぐ先を、小さなとかげが素早く通り過ぎていった。普段の彼女なら悲鳴を上げてそばの誰かに飛びつくところだったが、今のサーナはそれをじっと見つめるだけだ。最早、その虚ろな瞳には何も映っていなかったのである。

マイオセールで馬を手に入れることの出来なかった彼らは、ハーディスが地平線の向こうにその姿を隠してからも歩き続けた。リュークは満天の星々の下、サーナの手を引いて街道を辿っていく。しかし、強行軍というわけにはいかなかった。幼い少女の、しかも王宮を出た事もないような皇女と一緒では無理もきかない。彼女の足がもつれて転んだのをきっかけに、リュークは腰を落ち着けることに決めた。振り返れば、マイオセールの町並みが少しは遠くなったとは言え、まだまだ近くに見える。

灌木(かんぼく)の根元の小石を取り除き、なんとか居場所を確保する。リュークは腰から肩にかけて結んだ紐をはずし、背中の袋を開けた。中からは、干し肉のかけらと水筒代わりの木筒が出てくる。サーナにそれらを渡し、口にするように言うと、リュークは自分でも干し肉にかじりついた。サーナはしばらくその様子を見ていたが、やがて恐る恐る、干し肉を食べ始める。彼女は一言も喋らなかった。リュークも、全く口を利かない。

無言で彼は火を起こし、上着をサーナにかけると眠るように指示した。野宿などという初めての体験に戸惑っていたのか、サーナはしばらくその大きな瞳でリュークを見つめていたが、やがて疲れが彼女を眠らせた。焚き火の向こう、紫の瞳がゆっくりと閉じられていく。

「お前、これからどうする……?」

リュークは小さく呟く。眠りかけた幼い皇女に対する問いかけなのか、それとも自分自身への問いかけなのか。彼は自分でも分からないようだった。

ルセールの首都マイオセールから離れてしまえば、街道を歩いているとは言え、目に入るのは所々に背の低い木が生えているだけの、果てしもない荒野である。明日からの旅程を思い、リュークはため息をついた。遠く遠く、かすかな波の音が聞こえてくる。火の番をしながら、リュークは一晩中考え事をしているようだった。

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