Legend of The Last Dragon −第三章(12)−

一方のリュークも苦虫を噛み潰したような顔で歩いていた。

――ワリードなんか信用出来るかってんだ。あの野郎、言う事とやる事が一致した試しがねぇ。

情報以外には何も得られなかったせいでいらいらする。ワリードの人懐こい笑顔を思い浮かべ、舌打ちをもらす。ぶつぶつと呟いていると、ふと美しい女がその目に留まった。一見したところは、一人旅の女剣士と言ったところだ。リュークは途端に笑顔になる。

「宿をお探しですか?」

素早く女の前に回ると、微笑をたたえて話しかけた。これで笑顔にならなかった女はそうはいない。リュークは自信満々だった。しかし女は突然現れた男に不審な表情を隠せないようだ。リュークはすぐに戦法を変える。後ろ頭をかきながら、照れくさそうに笑った。

「驚かせたかな、ごめんよ。でしゃばりだとは思うんだけど、宿を探しているならと思ってね。ああ失礼、俺はグレイ。よければ君の名前を聞かせてくれないか」

「宿を探してるわけでもないし、名前を言う必要もないでしょ」

リュークの予想と裏腹に、女は素っ気無く言った。結い上げた深い藍色の長髪は美しく、眉毛をきつく寄せた顔は整っている。小さな唇を引き結んでいるのできつい顔つきになっているが、微笑めばさぞや華やかだろうと思われた。細身の剣を両腰に差し、無駄のない軽装鎧を着ている。リュークの目にかなう美女ではあったが、その素振りは取り付く島もないといった様子だ。短い拒否の言葉に思わず立ち止まりかけたリュークを振り返るでもなく、早足でそのまま立ち去ろうとしている。

――それで追い払えると思っちゃいけないな。

「あんたなんかに用はない、ってところ? だけど……」

「あんたなんかに用はないわ」

真っ直ぐに前を見据えたまま、うんざりした顔で言い放つ。しかしリュークは全く動じなかった。彼女の言葉も聞こえていないかのように追いかける。なんのかんのと言いながらついてまわり、追いかけ、追いかけられながら、二人は徐々に早足になっていった。ついにはお互いに大声を出しながら小走りになっている。

「ついてこないでって言ってるでしょ!」

「そういう態度はいつか痛い目に合うぜ」

二人は、ほぼ同時にそう言いながら角を曲がった。どちらも曲がった先を見てはいない。案の定と言うべきか、角から出てきた人物を避けきれず、リュークはぐらついた。転びはしなかったものの、足がもつれて体が半回転ほど回る。女剣士は転びそうになったリュークにぶつからぬようさっと身をかわし、つんと顔を背けて歩き去った。

「ちっ、あの馬鹿女……」

舌打ちをするリュークとぶつかったのは、黒いローブをまとった男だった。フードの下からくすくすと笑い声が聞こえる。リュークは改めてそいつに向き直った。男は手で口を覆って笑いをこらえているようだ。

「くっくっく、リュークも失敗するんだね」

「て、てめぇ! ヴィトじゃねぇか!」

「やあ」

男はフードを上げ、眼鏡をかけた顔をさらした。細い金髪が風に揺れる。

「『やあ』じゃねぇよ! なんでこんなとこにいるんだ、俺はてっきりお前が死んだと思って……」

「相変わらず早とちりだな。そう簡単に殺さないで欲しいね」

「だ、だけどな、マイオセールの家に誰もいなくて……」

「精霊たちが前々から教えてくれてたんだよ。禍々(まがまが)しい気配が近づいてくるって、予見にも出てたしね。私の方こそ、リュークはもう死んだものとばかり思ってたな」

「死の直前までは行ったさ」

「君が王宮に忍び込む日と、精霊達が教えてくれた日が一致してたんだけどね。言うのをすっかり忘れちゃったんだな」

まるで借りた本を返しそびれた、とでもいうような気軽さだ。軽い笑い声をあげたヴィトに怒りを覚えたリュークは、精一杯の嫌味を口にする。

「お陰で俺は危うく死ぬとこだったんだけどな」

「ああ、ごめん。ついうっかり忘れてたんだよ。悪かったね」

「……てめぇ、それで片付ける気かよ」

リュークは積年の恨みをも込めてヴィトを睨みつける。しかしヴィトはその言葉を聞いたからといって微動だにせず、笑顔を絶やさなかった。眼鏡の奥の表情は読み取れないが、浮かべた笑顔に変化はないようだ。リュークは、今までの経験を思い起こして「失敗したかな」と思い始めた。そして、しばしの沈黙の末、ヴィトは言った。

「悪かったと、謝っただろう?」

その口元には笑みが浮かんでいるが、目は笑っていない。静かな、しかし冷え冷えとするような響きを持った言葉に、リュークは思わずたじろいだ。リュークが怯える必然性は全くなかったが、ヴィトの有無を言わせぬ迫力に気圧されているのだ。彼は、もはや謝りたいという気さえしていた。ヴィトから目を逸らして呟く。

「いやその……いいよ、もういい」

「そう、許してくれてよかった」

途端にヴィトは極上の笑顔に切り替える。

――全く、逆らえやしない……。

「何にせよ、再会出来てよかった。記念の祝杯でも挙げに行こうか」

「いや、実は連れがいてさ。人に預けてあるんで、そうそう長くは留守に出来ねぇんだよ」

「珍しいね、リュークが誰かを連れて歩くなんて」

「俺だって出来ればほっぽり出していきたいけどな、そうもいかない相手なんだよ。話すと長くなるな……とりあえず戻ろうか。歩きながら話すよ」

二人は頷き合うと、リュークが来た方へと歩き始めた。リュークは人通りの多い街路を好み、ヴィトは逆に裏通りを好んだが、娼家へは結局大通りを通った方が分かりやすいようだった。リュークは人込みをすり抜けるようにしながら、ヴィトを娼家へと案内していく。もちろん、ヴィトがいようがいまいが関係なしだ。相も変わらず、まるで寄せては返す波のように、ヴィトと様々な女の間を行き来している。混雑した場所が苦手なヴィトはため息をついていたが、突然、何かを思い出したようにくすくすと笑い出した。

「何だよ?」

「さっきの事を思い出したんだ。珍しいものを見せてもらったよ。面白かった」

「それほど趣味じゃなかったさ」

「そう? それにしては随分しつこく付きまとってたみたいだったけど」

「あいつに付きまとってたわけじゃない」

リュークは上着を軽く開けてみせる。その内側には膨らんだ財布がいくつも納まっていた。

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