Legend of The Last Dragon −第三章(13)−

娼家の広間には、この娼家の富を象徴するかのような噴水があった。ルセール地方でこうして水を流し続けるというのは随分と豪勢なことである。それほど大きくはないが、噴水は昼夜を問わず湧き出していた。広間というより中庭的な作りで、天井は吹き抜けになっている。四つ角に高い柱が建てられ、二階の回廊を支えていた。二階も一階と同様に回廊型だ。どっしりとした柱には、手の込んだ彫刻が彫られている。これもまた富を誇示する意味合いがあるのだろう。

大勢の客が広間でくつろいでいる。男女の奴隷が食事や酒などを運ぶために、客の隙間をぬって歩いていた。ラハブたちも幾人かは広間に出てきて、客とともに食事をしている。ここでは時間の概念があまりない。客は、昼も夜もなく来るからである。外は既に暗闇が支配していたが、気温はそれほど低くはなかった。むしろ昼より夜の方が、広間へ出るには適していると言えるかも知れない。湿り気のある、暖かな空気は香水の甘い匂いに満ち、灯火があたりを柔らかく照らしている。吹き抜けから見上げる空にはメルィーズが多くの星々を従えて輝いていた。

「リューク、本当にここに預けたのか、かの皇女様を?」

「ああそうさ、何か問題あるか?」

「私は遠まわしに『考えなしだ』と言ってるんだけどね」

「余計なお世話だ。……あれ?」

リュークの目に、先程サーナを預けたはずのラハブが横たわっているのが映っている。彼女の傍らには、事もあろうに領主であるアンワールと側近が座り込んでいた。他にも幾人ものラハブが寝そべったり、客にもたれかかったりしておべっかを使っている。宴は今や最高潮といったところで、他の客は広間の隅の方で遠慮がちに飲み食いしているばかりだった。

「察するところ、彼女に預けたわけだね。あの状態では話を聞きだす事もままならないんじゃないかな。で、サーナ様は今どうしていらっしゃるだろうね?」

髪をかきあげて目を逸らすリュークを、ヴィトは呆れ顔で眺めた。リュークはヴィトと目を合わさぬようにして頭をかいている。

「しょうがないね、リュークは。昔から、最後は私が始末をつけてあげなくてはならないのだから……」

「ぎりぎりまで自分の手を汚すのが嫌いなだけじゃねぇか」

「言うようになったね、リューク。……本当に、随分成長したよ。昔はよく泣いていたのにね」

眼鏡の奥でヴィトの目が意地悪く笑っていたが、リュークは聞こえない振りを装って立ち上がった。酒の注がれた杯を運んできた少年奴隷に小さく耳打ちをして、アンワールの集団を指し示す。渋り顔の少年に銅貨を数枚握らせると、少年は軽く頷いた。そのまま盆を片手に何気なく宴に近づいていく。

しばらくその近くをうろうろとしている様子はあからさまに盗み聞きをしているようで、リュークは人選を失敗した、と頭を抱えたが、アンワールたちはそんな些末な事は気にもならぬようだった。大声で笑い、浮かれている。ラハブに気に入られようと彼らは金をばらまき、必死でおだて上げているようだった。ラハブたちの間からしばしばあがる嬌声が、吹き抜けを通って夜空に吸い込まれていく。サーナを預けたラハブも、まるで女王様気分で、男たちに気前よく笑顔を配っていた。

少年奴隷は食器を山ほど抱えて戻って来ると、リュークにひそひそと囁いた。リュークがもう一度銅貨を握らせたので、少年は満足したようだ。再び食器を抱えて店の奥へと姿を消す。

「相手は領主だし、とても席を外せなそうだってさ。酒に酔って絶好調だとよ」

「聞こえたよ」

「あいつ、サーナから目を離すなって言っといたのに……」

「それより彼女の案内なしでどうやって個室へ行くつもりなのかな?」

ラハブたちの個室は、広間よりずっと奥まったところ、もしくは二階にあった。ラハブと一緒でなければ、客は個室へ入れないのが道理である。広間の柱と柱の間には衛兵たちが立っていて、勝手に個室へ行けないように見張っていた。しかしリュークは今までの失態回復とばかりに意気込んでいる。

「ヴィト、俺の職業を忘れたのか? 裏口で待っててくれ、すぐに行くよ」

そう言うと、身をひるがして娼家の奥へと消えていった。

空は美しく晴れ渡り、北の方角には細い細いメルィーズが浮かんでいる。夜のしじまが優しくヴィトを包んでいた。このあたりは裏通りになっていて、この時間になれば人影もない。娼家の右隣は油屋、左隣は織物や絨毯を売る店で、今はどちらの裏口も閉められていた。通りは細く、すぐ先で曲がっている。

ヴィトは娼家の裏口から少々離れた木戸の脇に立っていた。身にまとった、長く黒いローブが彼の姿を闇に溶かしている。今日のような夜が、ヴィトは好きだった。少し湿っていて、暖かく、静かで、優しい夜。彼はリュークを待ちながら、物思いに耽っていた。

突如、建物の中で騒ぎが起こった。何かが倒れる音、大勢が走る音、男たちの喚き散らす声が一緒くたになって湧き上がる。それまでそこに鎮座していた静寂は一瞬にしてかき乱され、ヴィトはメルィーズを見上げてため息をついた。騒音が急に大きくなったかと思うと、扉を開け放った音が響く。続いてすぐそばの木戸が大きな音を立て、リュークが飛び出してきた。その腕に少女を抱えるようにしている。リュークはヴィトの合図に気づいてほんの少し足を止め、早口で告げた。

「最後でちょいと欲が出ちまったんだ、ヴィトも早いとこ逃げた方がいいぜ。北の門で落ち合おう」

「待ちやがれ!」

「この悪党! ただじゃおかねぇぞ!」

娼家の裏口から数人の男たちが走り出て来た。リュークは彼らの姿を確認する前に駆け出している。その腕に抱えられたサーナは、何が起こったのかわからぬまま、目をきょろきょろさせるばかりだった。二人の姿は衛兵たちが木戸を出る前に路地の角を曲がって消えている。出てきた護衛兵たちはヴィトに目もくれず、口々に悪口雑言を吐きながらリュークを追っていった。ヴィトは再びため息をつき、首を横に振る。それから皮肉な笑いが口の端に浮かんだ。

「全く、詰めが甘い」

続けて何やら小声で呟き、右手で不思議な形を作る。すると、いくつもの淡い光が手の上で踊った。まるで、夜の闇に溶けていたものが、ヴィトの右手に触れて光を持ったかのようだ。やがてその光の動きが収まると、そこにいたのは小さな精霊だった。彼らは人の姿に似ていたが、その姿の半分ほどは透けていて、顔はやけに小さく、目が光っている。ヴィトの手の上で踊っていた光は、彼らの小さな目だった。

「私の頼みは分かってるね?」

ラマーたちは互いに頷き合うと、僅かな光の筋を残して飛び去っていった。ヴィトはそれを見届け、フードをかぶり直すと歩き出す。全身を覆うローブと深いフードを身につけた姿は、ラマーたちのように黒く、闇色に染まっていた。

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