LL index≫第四章(一気読み) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)
ラマカサの武闘大会は毎年十回ほど行われ、月光の月の大会は通常第九回目の大会という事になる。いつもの大会に比べ、今回は大盛況だった。何しろ、客の入り方からして段違いである。クリフたちは有料席を確保したから良かったものの、無料席はとても座れそうにない状況だった。詰め掛けた客は何とか席を手に入れようとしたが、有料席でさえも最早空いてはいないといった状況である。
シキという、今まで全く無名であった剣士の出現は、ラマカサの人々の興味をそそっていた。ここのところ、大会の優勝者はフォマーの息がかかった者たちに偏りがちで、興醒めといった雰囲気が否めなかったのである。そこへ来て、このシキという選手が今まで誰一人としてなし得なかった、十連勝という偉業を達成した。今度の大会はシキで決まりだという者と、いや強い者は他にもいると主張する者とが表れ、闘技場の賭け金は一挙に跳ね上がっていた。しかしもう一つ、人々を熱狂させる原因があった。ヴァシーリーである。
ヴァシーリーは身の丈が十サッソ近くもあるという巨人で、領事フォマーの大のお気に入りだった。外の大陸出身であり、元は千死将軍と異名をとるほどの軍人であったと言う。この異名は、彼が仕えていた国で戦乱があった時、僅か数十人の部隊を率いて千人以上の敵を全滅させたところからついたという説である。それが真実かどうかは分からねど、ヴァシーリーが恐ろしい、情け容赦もない剣士である事は確実だった。彼はこのラマカサの闘技場で戦うようになってから、既に四人を殺しているのである。闘技場での殺生は禁止されていたが、戦闘中の彼を止められる者はいなかった。不幸な対戦者たちは決勝戦で彼に挑んでは、儚くその命を散らしていったのだった。領事フォマーはヴァシーリーのやり方に眉をひそめはしたものの、その凄まじいまでの腕力と戦闘力に魅せられ、彼に広い豪邸を与えたのである。
武闘大会に出れば優勝するのは決まりきっているので、賭けが成立しない。いくらヴァシーリーがお気に入りとはいえ、フォマーにとって毎回それでは困るといったところなのだろう。強き者にしか興味がないというヴァシーリーは、近頃では己の肉体を鍛える事にのみ時間を費やしているという。
――ヴァシーリーが出場するという事になれば、シキだって勝てはすまい。
――さあそれは分からない、シキほどの強者は見た事がないぞ。ヴァシーリーと言えど、あの鋭き剣先を避けきれるものか。
――いやもしかすると他の者が抜けてくるかも知れん。シキとヴァシーリーとが潰し合いをすれば、分からんぞ。
――だが、ヴァシーリーの今までの戦績を考えてみろ。何しろ千死将軍だ、負けるはずがあるまい。
今回の出場者は十六人と少ない。円形闘技場の石舞台を四つに分け、同時に四試合を行う方式だった。一回戦、二回戦は午前中いっぱいかけてやり、三回戦目となる準決勝戦は午後に行われる。シキが勝ち進んでいく間、まさかこんな事になっていると露ほどにも知らなかったエイルは、ただ唖然と口を開けたままで座っていた。エイルは、シキが闘技場などで金を稼いでいるとは、夢にも思わなかったのである。
――やっぱり、事前に言っておいた方がよかったんじゃない?
――シキは黙ってていいって言ってたけど……。
両脇に座ったクリフとクレオは気まずそうに目配せしている。シキに黙っていろと言われたものの、試合が終わった後でエイルが何と言うかと思うと、双子は少々憂鬱になるのだった。
決勝戦は夕方になってから行われることになっていた。領事フォマーの思惑通り、シキ対ヴァシーリーである。人々は石造りの席に詰めあって座り、試合の開始を今か今かと心待ちにしている。その誰もが、どちらが勝つかと興味津々だ。大きな銅鑼(どら)が鳴らされ、観客席から大きな歓声が上がった。石舞台の上には司会の男と二人の選手が上っていたが、身長九サッソのシキと十サッソ近いヴァシーリーに挟まれた司会は、まるで子供のように小さく見える。
「それではこれより、第九回武闘大会決勝戦を始めます。まずは選手紹介を……。こちらがシキ=ヴェルドーレ選手、何と初出場で十連勝を飾った勇者です! ここまでで彼が獲得した報奨金は金貨にして百枚以上。この決勝戦でも勝てば、与えられる金額は計り知れません」
観客席からはシキに対する声援や女性客の黄色い声が上がる。シキの勝利に賭けている男たちは、何が何でもヴァシーリーを破って欲しいと叫び、その精悍な面立ちに魅せられた女たちは賭けなど関係なく、シキの勝利を願って止まなかった。騒ぎが一旦収まるのを待ち、司会が再び口を開く。
「対するは、これまた無敗の男ヴァシーリー! この闘技場に現れてからというもの、千死将軍はまだ一度たりとも敗北を喫しておりません! それでは試合規則をご説明しましょう。えー試合に使われるのは剣一本、時間は無制限です。どちらかが舞台から下りるか、戦闘不能になるか、敗北を宣言したところで勝敗が決まります! さあ、準備はよろしいですか?」
司会がシキとヴァシーリーとに目をやる。シキは気迫のこもった表情で小さく頷き、ヴァシーリーはにやりと笑ってみせた。
「始めっ!」
ヴァシーリーは、対峙した瞬間にその強さが分かるほどの男である。戦闘経験も浅い未熟者ならまだしも、幾度となく強者と剣を交えた事のあるシキには、その強靭さが恐怖すら伴って伝わってくるのだった。そびえ立つような肉体や鋼のような筋肉だけではない。隙のない動きや眼光の鋭さが、獣にも似た野生の強さを感じさせていた。捕まってはならぬと、シキは間合いを取った。油断なく相手を見据え、じりじりと移動する。ヴァシーリーは不適な笑みを唇に浮かべたまま、構えた剣をゆらゆらと動かしている。緊張感が高まっていく。観客たちはみな息を呑んでその様子を見守っている。ただ、時間だけが刻々と過ぎていった。
動いたのはヴァシーリーとシキ、ほとんど同時だった。掛け声と互いの剣がかち合う音が響き渡り、数瞬の内に観客たちが目で追えない程の動きが繰り広げられる。位置を変え、再び剣を構えたままで二人の男は睨み合った。
「こりゃぁ倒し甲斐があるぜぇ……」
灰色の目に嬉しそうな光を揺らして、ヴァシーリーが呟く。シキは視線を動かす事なく、喉を鳴らした。その次の瞬間、ヴァシーリーが一気に動き、獲物を捕らえようと突っ込んできたのである。シキはそれを紙一重で避け、脇腹に剣の柄をめりこませる。そんな攻撃は利かないとばかりに再び剣を振り上げるヴァシーリーと、それをかわすシキ。それからしばらくの間、そんなやり取りが続けられた。観客の間から、興奮した声が幾つも上がる。
「なんだなんだ、逃げるなよ!」
「ほらそこだ! 刺しちまえ!」
「逃げてばっかじゃ勝てねぇぞ!」
――好き勝手な事を言ってくれる。
巨人の太い腕から繰り出される剣戟(けんげき)を必死でかわしながら、シキは舞台上を舞うように動き回る。ヴァシーリーは真正面から突っ込んでくるだけの男ではなかった。力もさる事ながら頭も切れるようである。ついにシキは舞台の端に追い詰められてしまった。かみ合わせた剣と剣がぎりぎりと音を立てて震えている。
――このまま力比べをしていては、立ち位置からして俺の方が不利か。
シキは額に汗を浮かせながら、状況を冷静に判断した。腹に力を込め、より一層の力を持ってヴァシーリーの剣を押し返そうと試みる。ごく間近まで迫ったヴァシーリーの顔を、シキはきつく睨み返した。
このまま押せば勝てる、殺せないまでも舞台から突き落とせば俺の勝ちだ。そう判断したヴァシーリーの目が光る。シキはその瞬間、一気に力を抜いた。勢い余って倒れ掛かるヴァシーリーの大きな身体を素早く避けて回り込むと、ヴァシーリーの方が逆に舞台を背にして落ちそうな形になった。が、ヴァシーリーはこれを踏ん張って耐え、怒りの形相をあらわにして再び剣を振り上げた。
この時、既に形成は逆転していたのである。シキの迅速な動きが、怒って己を忘れたヴァシーリーに勝利したとも言えるだろう。これまで敗北した事のなかった男は、剣の柄で突き落とされて、舞台から足を踏み外したのだった。観客席からひときわ大きな歓声が上がる。人々は興奮の渦に巻き込まれていった。
しかし、ヴァシーリーの最後の足掻きがシキを強襲した。舞台から落ちる瞬間に、彼は手にしていた剣を、渾身の力を込めてシキの足元に投げつけたのである。クリフが身を乗り出し、クレオが顔をふさいだと同時に、観客席の女たちが悲鳴を上げた。司会がシキに駆け寄る。司会の男はその足を確認し、大きく頷いた。
「勝者、シキ!」
ヴァシーリーの剣はシキの膝をかすったに過ぎなかった。滲む血を押さえていたシキはすっくと立ち上がり、司会の声に応えるかのように高々と剣を上げる。ハーディスの光が剣にきらめき、また勇者の姿をくっきりと浮かび上がらせている。観客は口々にシキを褒め称え、幾度も歓声を上げた。
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