Legend of The Last Dragon −第四章(11)−

ラマカサは、翌日も晴天だった。白い雲が広い空にのんびりと浮かび、暖かな陽射しが降り注いでいる。広場では鳥たちが羽を休め、子供たちが遊びまわっていた。人々は仕事に精を出し、平和な日常の生活を営んでいる。その広場を抜け、整備された町並みをエイルは珍しくも一人で歩いていた。シキは領事の館に報奨金を受け取りに行っているのである。月光の月にしては暖かく、のどかな一日だが、エイルにとってはそれどころではなかった。

「何たる事だ、何たる! 許しがたい!」

などと文句を言いながら、エイルはつかつかと歩いていた。シキが闘技場で金を稼いでいた事を知って怒っているのである。

「貴族ともあろう者が、闘技場であのような者どもにまみれて戦うなどと! 信じられない! しかも、しかもこの私に内緒で、だとっ! クリフやクレオが知っていて、どうして私には言わないのだ!」

どうやら自分だけ知らされなかったことの方が、エイルにとっては重大なようだ。闘技場で試合を見ている間は口をぽかんと開けていただけだったが、試合後、四人で宿に帰るや否や、彼は怒涛のように文句を言いたてた。そうして、今朝も怒りに任せて宿を飛び出し、ラマカサの街をさまよっているのである。どこへ行くという当てもなしに早足で歩いていたが、気づくと街外れまで来ていた。エイルは小さくため息をつくと、なだらかな丘に腰を下ろす。膝を抱え、もう一度、今度は大きく息を吐いた。

――何故黙っていたのだ。やはり私は……。

ここまでの旅行の中で、エイルは自分が世間知らずであると、身に染みて分かっていた。彼がレノア城の中で想像していたものと、実際に目にした世界とは大きな隔たりがある。人々の暮らしは、王宮でのそれとあまりにも違ったのだ。少しは慣れてきたものの、服や食事、考え方、価値観、何から何までエイルにとっては信じられない事ばかりだった。その違いは肌で感じても、エイルは慣れた感覚を忘れることが出来なかった。

エイルには誇りがある。それは、王族としての尊厳だった。庶民とは慣れ親しむな、人を使うことを覚えろ。王族として、恥ずかしくないように振る舞え。彼はそう言われて育ってきたのである。親兄弟を失い、城を失い、国を失った今でも、エイルは王族である誇りを忘れるわけにはいかないと自分に言い聞かせていた。

この旅を通して、自分が役に立たないことが痛いほど分かった。しかしそれに屈してはいけない。自分は間違っていない。決して間違ってはいない……はずなのだったが。

「はぁ……」

ため息をついて、空を見上げる。と、その透き通った青い目に、何か影のようなものが映った。

「何だあれは? 何かが飛んでいる」

エイルは立ち上がると、黒い影の方へ走り出した。鳥ではない。それよりずっと大きな、禍々(まがまが)しい黒いものが北へ向かって飛んでいく。慌ててあたりを見渡したが、誰もいない。エイルは再び空に目をやると、じっと目を凝らた。物凄い速さで遠ざかっていくそれの姿形を確認した時、エイルは戦慄が走るのを感じた。ほんのしばらくの間、おろおろとしていたが、決心したように身を翻す。街中へ駆け戻ったエイルは、彼にとって最高の速さで領事の館を目指した。

盛大に生けられた花が、花瓶から溢れんばかりに咲き乱れている。領事の館の執務室は、広い空間に机と椅子が一組置かれているだけで、後は多くの本棚が並べられていた。恐ろしく天井の高い部屋に作り付けの本棚は、フォマーの背に合わせて低いものばかりである。執務室の簡素な机には似つかわしくないほどの大きな花瓶に近寄り、フォマーは花の香りを楽しんだ。いつものように背の高い長靴(ちょうか)を履き、更にめいっぱい背伸びをしないと花まで届かないのだが。

「ふむ、いい香りだ。さてシキと言ったな、昨日の戦いは見事であった。誉めてつかわす」

「光栄です」

「早速褒美をとらせよう、これ執事!」

太く短い指で、机の上に置かれている鐘を鳴らした。高価なガラスで出来た鐘は、涼やかな音で屋敷に響く。十を数える暇もなく、執事が現れた。その両手に白い麻袋を捧げ持っている。執事は黙って進み出ると、その袋をシキに手渡した。

「それが闘技場で稼いだ分全てだ。ずっしりと重かろうな、はっはっは。……そこでものは相談だが」

言葉だけで笑ったフォマーは、シキににじり寄った。近くまで来ると、その身長差はひときわはっきりする。シキを見上げる形になったフォマーは、眉を寄せて舌打ちした。シキに背を向け、さっさと執務机に戻ると背の高い特注の椅子に座る。その様子は、まるで子供が高い椅子によじ登っているようだった。

「あー、相談と言うのは他でもない。シキ、わしのために働かんか。お前程の力があれば、立身出世も思いのままだ。当然報酬もそれっぽっちの金貨ではなくなるぞ」

「大変光栄ではありますが……旅の途中ですので」

「断ると言うのか? 自分に損な選択をすると後悔するぞ。わしが取り立ててやれば、いずれレノア城の騎士にだってなれるかもしれないのだぞ」

「はあ……。申し訳ないとは思いますが、やはり辞退させていただきます」

「わしの申し出を、飽くまで断ると言うのだな」

「はい」

「……旅をしていると言ったな。一人か? どこの誰ぞと一緒か」

「知り合いと四人ですが」

「どこへ行く? 何が目的の旅だ」

「言わねばならぬ道理がありますか?」

「貴様、それ以上無礼な口を利くと罪人扱いになるぞ。わしはラマカサの領事であり、判事でもあるのだからな。素直に答えろ、さもないと……」

フォマーがそこまで言いかけた時、大きな扉を叩く音がした。フォマーが荒々しい声で応答すると扉が開き、執事が現れた。

「旦那様、表に何やらお客様が参っておりますが」

「誰とも約束などしておらんぞ」

「そう申し上げたのですが……その、こちらのシキ様のお知り合いかと」

「水色の髪の少年か?」

シキが尋ねると、執事は恐る恐る頷いた。

「どう致しましょう?」

「わしは知らんな。礼儀知らずめ、このシキとやらといい勝負だな。捕らえておけ」

「そんな事は俺が許さん」

シキの表情が一変し、彼はその手を剣の柄にかけた。フォマーは焦った顔を見せたが、すぐに勝ち誇った態度を取り戻した。ふんぞり返って机を叩く。

「何だ? わしに手を出そうと言うのか? やれるものならやってみい、その子供とやらがどうなるか……」

シキはその言葉を最後まで聞く事せずに、くるりと背を向けた。

「おい、どこへ行く。その男を止めろ! 衛兵、衛兵!」

フォマーの慌てた声に、すぐさま衛兵が数人執務室に駆け込んでくる。シキは無言のまま足を止めた。衛兵たちはシキを取り囲むようにして剣を抜く。シキは彼らに向かって、怒りを抑えた声で言った。

「貴様ら、命が惜しいなら剣をしまえ」

「な、何を言うか」

「昨日の武闘大会を見ていた者はいないのか」

シキの低い声に、一人の衛兵がはっと息を呑んだ。自分の前で剣に手をかけているのは、千死将軍、無敗の男とあだ名された男を倒した剣士である。他の衛兵たちも、次々と気づいていった。武闘大会を見に行かなかった者など、誰一人いない。目の前にいるのは初出場で十連勝した男。あのヴァシーリーを倒した男である。彼らの身体に寒気が走った。怒りに満ちた緑の瞳が彼らを射抜く。衛兵たちは萎縮し、知らず後ずさって道を開けた。シキは抜きかけた剣をしまい、屋敷の玄関へと向かってゆっくりと歩き去る。

「お、お前たち、何をやっとるんだ、捕らえろと言うのが分からんのか! 追え、奴を行かせてはならん! 子供と一緒に捕らえて牢へぶち込め! わしを侮辱した罪で捕らえるんだっ!」

フォマーは執務机についたまま、口から唾を飛ばしてわめいた。その声で我に返った衛兵たちは、怯えながらも慌ててシキの後を追う。

「だから、何度言ったら分かるのだ! 私はレノア国の王子だぞ、この様な扱いは心外だ! 許さんぞ、貴様ら!」

「あーもう小うるさいガキだな。今、旦那様にお伺い立ててるんだから少し黙ってろよ」

あまりに騒ぐので後ろ手をひもでくくられているエイルは、それでも黙ることなく騒ぎ立てていた。

「私は流言蜚語など言っているわけではない、本当に竜を見たのだ! だからシキに知らせようとこうしてやって来たのに、話を聞く事もしないとは! 傍若無人だ、ひどい話だ、私を誰だと思っているんだっ!」

「うるせえなぁ……」

と、門番がうんざり顔で耳をかいていた時である。シキが玄関に姿を現した。その後ろから衛兵が追いかけてくる。最も、追いついてどうこうしようという気でもないようだったが。

「シキっ」

「すぐにここを出ましょう」

シキは短く言うと、門番を押しのけてエイルのひもを解き始める。押しやられた門番が抗議しようとその肩に手をかけたが、振り向いたシキの表情に凍りついた。

「いや、お、俺は……その、あの」

エイルが、手首をさすりながら愛らしい顔を歪ませている。それを見やって、シキは門番のむなぐらを掴み上げた。衛兵たちが慌てて剣を構えるのも構わず、両腕に力を込める。

「その面、二度と俺の前に出すな。……と、領事に伝えろ」

「は、はいっ」

「おい、待て! フォマー様のお言いつけだ。そこを、う、動くな!」

衛兵の一人が大声で言った。が、シキはそれを無視して玄関の扉を開ける。

「お、おい貴様!」

衛兵たちも追って外へ出たが、それ以上追うつもりはないようだった。振り返ったシキの目には、たじたじとした彼らの、情けない姿が映っている。

「あんな下らぬ領事に仕えるのはよすんだな。早々に命を落としかねないぞ」

それだけを言い残し、シキはエイルとともに屋敷を後にした。

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