Legend of The Last Dragon −第四章(12)−

「お帰り、クリフ。ねえねえ弓、買えた?」

「うん、ほらこれ。本当に弓使いの証があると、随分安いんだよ。俺びっくりしちゃった」

「うわあ、大きいんだね。重ーい。こんなの使えるの?」

「もちろん! 店で試し引きさせてもらったしね。強弓(ごうきゅう)だもん、遠くまで力強く飛ぶよ」

「すごいなぁ、クリフ。なんか、クリフばっかり大人になっちゃう感じだね……」

「そ、そんな事ないよ。クレオだってエイルに字を教えてもらってるんだろ? すぐに本も読めるようになって、きっと回復魔法とか使えるようになっちゃうんじゃない? そしたらすごいよね、俺は読み書きなんてすっかり諦めたもんな」

「……ありがと、クリフ」

「へへ」

と、階下で何やら話し声が聞こえ、二人は顔を見合わせた。宿屋の老夫婦だろうか、かなり慌てた声のやり取りである。

「何だろうね」

「さあ……」

すぐに階段を上がってくる軽い足音がし、二人の部屋の扉を開けて宿屋のおばあさんが入ってきた。顔色が悪い。双子は再びお互いの顔を見合わせ、眉をひそめた。普段ならはきはきと元気のいい人がおろおろしているのだ。何か悪い事が起きたに違いない。

「あんたたちね、早いとこ荷物を作ってお逃げなさい」

「え?」

「領事がシキさんとエイル君を追っているってお触れが回ってるよ」

「そんな」「馬鹿な!」

「そうとも、あの人たちが悪事なんか働くもんかね。あたしは信じてるよ。でもね、あのフォマーって男はそういう事をしてもおかしくない奴なんだ。それにね、旅の連れも探せって事らしいよ。ここにいたらあんたたちも捕まっちまう。さ、早く荷物をお作り」

二人は慌てて動き出した。クレオは急いで荷物を袋に詰め始め、クリフは隣の部屋へと走っていく。おばあさんはクレオの荷造りを手伝いながら、心配そうに言って聞かせた。

「ともかく町を出るんだよ。南へ行くって言ったね? じゃあ南門から行くしかないよ。けど……今から町を出ると、山越えは夜になってしまう。気をつけてお行き。山には野盗も出るって言うし、それより怖いクルイークがいるからね」

「クルイークって?」

「ここらで一番恐れられてる獣だよ。大きな大きな狼みたいなもんでね。あたしゃ見た事もないけど、今まで多くの人間が山越えの途中に食われてるんだ。奴らは夜行性だからね、旅人はみな昼の間に山を越えようとするんだけど……」

「そ、そうなの?」

「ああ、でもクルイークだって獣だからね、火を絶やさなけりゃ近づきっこない。火種をあげるから、しっかりと消さないように持っていきな」

「おばあさん……ありがとう」

「いいんだよ。短い間だったけど、孫が出来たようで嬉しかった。いつか、また寄っておくれね」

「クレオ! こっちは荷物出来たよ!」

「あ、クリフ。こっちももう大丈夫。……じゃあ」

乱暴に木の扉を叩く音が、階下から響いてきた。三人は一瞬凍りつき、それからあたふたと荷物を抱える。階下へ降りると、声を荒げた兵士と、おじいさんのやり取りが間近に聞こえた。

「ですから、彼らはもう居りませんので……」

「嘘をつくな! 弓屋の主人がたった今ここへ向かったと言ってたんだ!」

「いえですから……」

老亭主の声を聞きながら廊下を通り過ぎ、三人はそっと台所へと向かう。台所には小さな勝手口があり、裏通りへ抜けられるようになっていた。宿屋の入り口が込んでいる時などに、おばあさんが出入りしているのだという。そこまで来ると、クリフとクレオはおばあさんに向かって頭を深く下げた。

「本当にありがとうございました」

「シキさんとエイル君にもよろしく伝えておくれ」

「はい」

「さ、早くお行き」

双子は同時に頷くと、もう一度頭を下げてから扉を抜け、裏通りへと走り出した。が、すぐに兵士が歩いてくるのが目に入り、慌てて物陰に隠れる。クレオが不安げに言った。

「どうしよう、このままじゃその内見つかっちゃうよ……」

「大丈夫だよ、ほらあれ見て」

クリフが指差したのは、干草を山のように積んだ荷車だった。持ち主だろう男は近くの壁に寄りかかって一服しているようだ。兵士がいなくなったのを見計らうと、クリフとクレオは急いで駆け寄った。男は少し戸惑ったようだったが、二人の話を聞くと親身になって頷いた。

「ああ、お触れなら俺も聞いたよ。全く、今までに無実の罪で捕まった人がどれだけいることか……ひでぇ話だよ。シキさんが悪事なんかするもんか」

「そうですよね!」

「ああそうともさ。大体な、フォマーの奴はいっつも好き勝手ばかりやってやがるのよ」

「それであの、俺たち南門まで行きたいんです」

「そこで待ってれば、二人とも来ると思うんです」

「よっしゃ、そういう事なら俺が南門まで運んでやらぁ。ほれ後ろに荷物と一緒に乗り込め」

ほっと胸をなでおろし、クリフとクレオは干草の間に紛れ込んだ。四人分の荷物も、上から干草をかければすぐに見えなくなる。ごとごとと揺れる荷車に乗って、双子は安堵のため息をついた。途中、忙しそうに走っている兵士たちとすれ違ったが、彼らが咎めだてされる事は一度もなかった。荷車はゆっくりと歩を進め、そうして南門にかなり近づいた頃。

「あ! ごめんなさい、ちょっと止めて下さい」

懸命に荷車を引いていた男はクリフの声に足を止め、シキの姿を確認すると彼に呼びかけた。

「シキさんじゃねぇか! 無事だったんだなっ」

「何者だ」

「いや俺は怪しいもんじゃねぇ。そうだな、善意の運び屋ってとこだ」

男は胸を張って親指を立てた。荷車の後ろ、干草の間から双子が姿を現して、シキはそういうことかと頷く。エイルはと言えばようやくシキに追いついて、膝に両手をつき、肩を揺らしている。こんなに走ったのは生まれて初めてだったのだ。シキは男に礼を言うと、双子に近づいた。

「よかった、心配していたんだ。……すまん、こんな事になってしまって」

「何だか分かんないけど、大丈夫だよ」

「それより早くラマカサを出ないと!」

双子の頼もしい言葉に、シキは笑顔を見せた。

「俺っちの荷車じゃ、四人は積めねぇなあ、残念だが……」

「ああ。ここまで双子を連れてきてくれて助かった。感謝するよ」

「え、いやぁ、シキさんのお役に立てて何よりで……。あの、握手してくれますかね?」

「は? あ、ああ構わんが」

男は、昨日のシキの戦いぶりにめっきり惚れ込んでいるようだった。重ねて礼を言うシキに、図体に似合わずもじもじと照れている。

「フォマーなんてちんけな小男ですよ。気にしやしません。シキさんを助けたって言ったら、俺ぁ町の英雄になれますよ、へへ」

得意げに言う男に見送られ、シキとエイル、そして双子の兄妹はラマカサの南門をくぐる。より多くの追っ手がかけられている彼らは、一刻も早く山を越えなければならなかった。数人の衛兵ならばシキの相手ではないだろう。しかしフォマーは数十人の兵士を組織していたのである。シンジゴ山脈へ向かう足取りを緩めるわけにはいかなかった。既に、ハーディスは傾き始めている。目指す山脈はすぐ間近まで、その長い影を伸ばしていた。

第四章 完

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