Legend of The Last Dragon −第五章(11)−

エイルは慌てて自分の布団にもぐりこんだ。寝た振り以外に、何が出来るだろうか。他には何も思いつかない。布団を鼻までひきあげ、唾を飲み込んだ。手の平や背中に、嫌な汗がじわりと浮かぶ。

扉が音もなく、そっと開いた。やはりこの部屋が目的だったのだ。部屋はまっ暗だったが、ずっと目を開けていたエイルの目は、闇に慣れている。足音の主である、二つの影が部屋に入ってきたのが、布団のふちから見えた。高鳴る鼓動が彼らの耳に入るのでは、と思う。息が苦しくなったが、咳払いも、喉を鳴らすことさえ、怖くて出来なかった。

彼らはやはり盗人であるようだった。寝台の足元にある荷袋や脱ぎ捨てた服などを探る気配が感じられる。彼らが一番欲しがるのはやはりこれだろうな、とエイルは手に力を込めた。汗が滲んだ手には、金貨や銀貨が入った袋が握られていた。寝る前に、「大切なものだから、肌身離さず持っていろ」と双子に言われたのを思い出し、布団の中に引っ張り込んだのである。

――まさか私の布団をはいだりはしないだろうな。

残忍な盗賊が布団をはぎ、袋を取り上げて剣を振りかざしているところを想像する。エイルは思わず身震いした。まさかとは思えど、不安は拭いきれない。とにかく最初に客を殺そうとするような輩(やから)でなかったのは幸いだが、一番の目当てがないと分かったらどうするのだろうか。二人の影が、低い声で言い交わし始める。大柄な方が、小柄な方に文句を言っているようだ。

「ないじゃねぇか、どうなってんです?」

「うるさいぞ、よく探せ。第一、こいつらが金貨をたんまり持ってると言ったのはお前だぞ」

「そりゃそうだけど、どこ探してもねえんだから……」

「大きい声を出すんじゃない」

「どうせこいつら起きやしねぇよ、特製スープでぐっすりおねんねだ」

「ああ、俺が作ったんだからそれは確かだ、そうさ、お前の言う通りだよ。だがな、いいか、隣の部屋にだって客はいるんだ。……分かったら静かにしろ」

「ちっ」

――まさか……。

舌打ちをしたのは、シキを部屋へ運んだ下男のアルダだった。もう一人は、察するところメイソンだろう。物音に敏感なシキやクリフが起きないのは、どうやらそれなりの理由があるからのようだった。怪我や疲労も理由の一つなのだろうが、そこには人為的な策略があったようだ。おかしな味がする、とエイルが感じたのは間違いではなかった。味にうるさいエイルの舌は、随分と敏感だったのである。

エイルは、怒りに燃えた。何と非道な、と布団の中で身じろぐ。アルダとメイソンはそれに気づきもせず、荷袋をさぐり続けている。

「ああ、これはどうです? 金貨じゃねえけど、いい剣だぜ」

「どれどれ……ほお、なかなかの品だ。金になるのは間違いないな。よし、これをいただくか」

アルダが見つけたのは、部屋の奥、シキの寝台の横に置いてあった長剣だった。メイソンも近寄り、漏れ入る月の光にそれをかざした。

レノア王エイクスがシキの働きに対して与えた剣は、そんじょそこらで手に入るような品ではない。それは、一介の剣士が持ち歩く剣としては充分すぎるほどに意匠を凝らした、立派な剣だった。飾るための剣ではないゆえにごてごてとした装飾がされているわけではないが、しかしそれでも、宝飾品といって差し支えないほどの美しさである。二人が頷きあってそれを手に取った瞬間、甲高い声が部屋に響いた。

「それを奪うことまかりならん!」

制止の声に、二人の男は凍りついた。しかし慌てて振り返ってみれば、扉の近くの寝台から、一人の少年が立ち上がったところである。青い透明な瞳が、怒りに満ちて二人を睨みつけている。

「その剣はシキの命にも等しいのだ、お前たちになぞ渡すものか!」

二人は呆れたようにエイルを見つめた。その視線でエイルは、自分が何をしているのか、ようやく気づく。武器も何も身につけていない、無防備な少年である自分が、寝台の上で賊に指をつきつけているのだ。あまりの驚きと怒りに立ち上がってしまったが、この先どうすればいいのか全く分からない。賊を睨みつけてはみるものの、二人は全くもってエイルを相手にしていない。

「何でぇ、眠り草で寝てるはずじゃなかったんですかい?」

あきれ返ったような声で、アルダが尋ねている。メイソンは首をすくめて、知らん、と言い捨てた。

「あいつが起きてる理由より、あの大事そうに抱えてる袋に用がある」

「ああそうか。……おい小僧、なぜ起きてるか知らねえが、その袋をこっちへよこしな。いい子だから大人しく、な」

「お前一人じゃ何も出来やしねえ。いいから早くよこせ」

二人はたかが少年一人、と高をくくっているのだろう。手を伸ばして詰め寄った。その顔には馬鹿にしたような薄ら笑いが浮かんでいる。それを見た瞬間、恐怖より腹立たしさがエイルを支配した。

「渡すものか!」

袋を胸にひしと抱きしめ言い放つと、やおら扉に向かって走り出す。

「ま、待てこら! 逃がすわけにゃいかねえぞ!」

「いい機会だ、この剣で試し切りといこう」

メイソンは残忍な表情で剣を持ち、一足先に部屋を駆け出したアルダを追った。エイルは必死に廊下を駆け抜け、階段に辿り着こうとしていた。先回りしようとするアルダをするりとよけて、階段を転がるように駆け下りる。大柄なアルダは追いかけようとした拍子に、階段の低い天井に頭をこすりつけてうめいた。

「アルダ、そこをどけ!」

言いながら、体の小さなメイソンは階段に飛び込んだ。アルダが後に続く。メイソンは振り向きもせず、階段を降りてくる下男をなじった。

「こんな小僧一人に何を手こずることがあるんだ、馬鹿め、早く来い!」

その顔は善人とは言いがたく、昼間のメイソンとは別人のようである。薄茶の目には狂気じみた光が浮かび、酷薄そうな分厚い唇が歪んでいる。叱責されたアルダは首をすくめ、怖い怖い、と小さく呟いた。

いくつかの灯火があるせいで、食堂は薄明るい。夜半であるからして、当然静まり返っている。しかしエイルが逃げ回るのと、二人がそれを追い回すのとで、椅子や机がうるさい音を立てる。メイソンたちは「騒ぎを聞きつけられては」と、思うように動けない。そのおかげで何とか捕まらずにすんではいたが、このままではどうにもならないことは想像に難くなかった。

「く、来るな!」

ついに二人に詰め寄られ、エイルは怯えて後ずさった。

「そう言われて止める奴がいると思うか」

当然といえば当然の言葉である。メイソンがにやりと笑う。エイルは既に半泣きである。しかしその時、目の端に皿が積み上げられているのが映った。

「うわっ、やめ……!」

メイソンが止める前に、エイルは勢いよく両手を伸ばし、机の上の皿をすべて払い落とした。硬い床に十枚以上の皿が叩きつけられ、物凄い音が響いた。アルダとメイソンが思わず肩をすくめた隙に、エイルは身を翻している。アルダが怒りをあらわにして駆け寄ってくる。メイソンもあからさまな殺意を持ってシキの長剣を抜いた。それを目にして、恐ろしさに身がすくむ。しかし震える足を何とか押さえ、エイルは口早に叫んだ。

「私がお前らなどに負けるものか!」

扉に駆け寄り、開け放つ。怒り狂ったメイソンたちの手があと一歩で届く、というところですり抜け、エイルは裸足のまま、通りへと駆け出した。

「あのくそがきめ、どこ行きやがった!」

アルダが叫び、彼らはエイルを追って大通りへと飛び出した。きょろきょろと見回したが、大通りのどこにも少年の姿はない。

「逃がすわけにはいかないぞ、早く追うんだ!」

「ふざけやがって、あの野郎!」

「アルダ、お前はあっちだ! 俺はこっちへ行く!」

怒り狂った二人の男は、大通りを駆け出した。と、誰もいなくなった宿の入り口で、扉の影からエイルが姿を現す。

「こういうのが……そうだ、灯台下暗しというのだ」

高鳴る動悸を抑えながらも、エイルは小さく笑った。しかし、遅かれ早かれメイソンたちはここへ戻ってくるだろう。その前に何とか手を打つ必要があった。クリフたちは恐らく、目を覚まさない。例え起きたとしても、怪我人のシキを移動させるのは難しい。自分だけで何とかしなくてはならないのである。しかし、何が出来ると言うのだろうか。エイルは、自分の弱さを改めて痛感した。

「くそっ」

思わず、王子にあるまじき言葉を吐き出す。しかしその時、突然いい考えがひらめいた。

「素晴らしい!」

そう言うと、宿の裏手へと走り出す。メイソンの宿の裏手は、やはり宿屋だった。その隣は古道具屋で、更にその隣はまた宿屋である。エイルはその最初の宿屋の扉を、思い切り大きな音を立てて叩き始めた。

「開けろ! 泥棒だ! 扉を開けるんだ!」

思いつくままに叫びながら、エイルは扉を叩き続けた。しかし時刻は真夜中である。反応は返ってこない。焦ったエイルは隣の古道具屋の扉へと走った。そこでも同じように叫びながら扉を叩く。エイルが大声で騒いだからか、中から物音がする。が、それとほぼ同時に通りの向こうからアルダの、そしてメイソンの声が聞こえてきた。

「見つけたぞ小僧! 騒ぎ立てやがって!」

「今ぶっ殺してやるからそこで待っていろ!」

エイルは、当然だが、大人しく待ってはいなかった。メイソンが言い終わる前に、更に隣の宿屋へと走っている。

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