Legend of The Last Dragon −第五章(12)−

「泥棒だ! いや人殺しだ! ここを開けろ、私を助けろ!」

手が痛むのも構わず、エイルは必死で扉を叩いた。しかし、やはり反応はない。素晴らしい思いつきだと思ったのに、夜中であることが災いしているようだった。メイソンとアルダが駆け寄ってくるのが目のふちに映る。恐怖したエイルが再び走り出すのを、メイソンは許さなかった。剣を思い切り振り上げる。エイルは扉に背を押しつけ、ここまでか、と息を呑んだ。しかしメイソンは思った以上に重いその長剣を、片手ではうまく操れないようだった。剣の切っ先がエイルの左肩に振り下ろされる。エイルは目を見開き、死に物狂いで右へ避けた。長剣はエイルの上着と肩先をかすめたに過ぎず、結果、メイソンの怒りは更に高まった。エイルは、衝撃と熱さにも似た痛みが走った左肩を抑えて座り込んでいる。

「アルダ! この小僧を押さえつけろ!」

メイソンは下男に向かって怒鳴ると、再び、今度は両手で剣を振り上げた。と、その時急に宿の扉が開いた。エイルの襟首を掴もうとしていたアルダと、剣を持ち上げたメイソンは、そのままの姿勢で凍りついた。

「随分と物騒ね」

扉を開け、美しい声をこわばらせて言ったのは、背の高い女性だった。豊かな黒髪が波打ち、卵型の美しい顔を縁取っている。意志の強そうな瞳は、宝石のようなきらめきを放つ瑠璃色だ。こんな時間まで起きていたのか、寝巻きではなく、胸の部分をゆったりと大きく開けた上着に、丈の長いスカートをその細身にまとっている。エイルは慌てて彼女の後ろに隠れた。

「ひ、人殺しだ」

エイルが指差しているのはメイソンが手にしている長剣である。メイソンとアルダはそこで初めて、我に返ったようだった。

「ティ、ティレル!」

「あんたたち、いよいよ本性を現したってわけね」

「いやっ、違うんですよ」

メイソンは慌てて剣をアルダに渡し、両手を広げて敵意のないことを示そうとした。いつもの柔和な笑顔に戻ってはいるが、額に汗が浮いている。剣を振り回して少年を殺そうとしていた事実をどう誤魔化そうか、この場をどう言い抜けてくれようか、とメイソンは物凄い勢いで考えていた。アルダも青ざめている。エイルがティレルの後ろから勝ち誇ったように叫んだ。

「そいつらは私を殺そうとしたのだ。しかもその剣は私の連れのものだぞ」

「どうやらそれが真実らしいわね」

「そ、そ、そんな子供の言うことを信じてもらっては困る、何を根拠に……まさかそんな、あるわけがないでしょう、善良な宿の主人が子供を……なんて、そんな、いいですかティレル……」

メイソンが必死で言いかけた時、ティレルがすっと何かを指し示した。アルダとメイソンがつられて振り向くと、そこには人々が集まり始めていた。エイルが大声で叫んだのは無駄にならなかったようだ。近隣の家々には明かりが灯され、寝間着姿の人々が戸口に姿を見せていた。彼らは一様に、不審そうな顔でこちらの様子を伺っている。ティレルの宿の近くには、十人以上の人が集まっていた。ティレルの宿の隣、さっきエイルが呼んだ古道具屋の主人や、その隣の宿の夫婦の顔もその中にある。

「あんたら、そんなもんを振り回して、一体何をやってるんだい?」

「いや、その、これはですね……」

メイソンは焦り、アルダは頭を抱えている。

「メイソンは部屋に忍び込んで、金を奪おうとした。あまつさえ、私を殺そうとしたんだ」

エイルの声に、人々はどよめいた。その肩に血が滲んでいるのを見て、ティレルは眉をひそめている。彼女は「手当てをしなくちゃね」と言うと、宿の中へ姿を消した。

「いや皆さん聞いて下さい、事情があるんですよ」

メイソンが流暢に話し出している。彼は動揺する心中を顔に出さぬようにしようと、必死だった。

「全てはその子の勘違いなんですよ。彼らの一行は私の宿に泊まっているんです。客の持ち物を盗むなんて真似を、私がするわけないじゃないですか。お連れさんが怪我をなさってるんで様子を見に行ったんですよ、私とアルダは。もちろん親切心です。それを何か勘違いされたんでしょうね」

「そんなわけないだろう! 夜中にこっそり忍び込んで、金が見つからないって言ってたくせに」

「嫌ですね、人聞きの悪い。そんなことを言うわけがない」

「シキの剣を盗んだじゃないか!」

エイルは怒りのあまり興奮して叫んだ。人々の視線がメイソンとエイルを行ったり来たりしている。メイソンは冷静を装ったまま、丁寧な口調で言った。

「私がこの剣を盗んだ? そんな証拠がどこに?」

一部始終を見ていたエイルはあまりの言葉にあきれ返った。が、しかし証拠と言われれば自分の目しかない。言葉が喉につまる。シキの長剣は、エイルの父エイクスがシキに与えた物だ。しかしそれを証明する事は、エイルには出来なかった。レノア王家の刻印は入っているが、そういう剣は他にもある。素晴らしい品で、アルダやメイソンのような階級の者が持っているようなものでないのは確かだが、絶対に持っていないとは言い切れない。エイルは唇を噛んだ。

「それはあんたのものじゃない、シキって人のものだよ」

張りのある声がし、人々はその声の主を振り返った。

「セサル!」

「今朝、その剣を見たよ。彼らの部屋で見た。確かに、その剣だった」

エイルは驚きと喜びの入り混じった顔でセサルを見つめている。セサルは茶褐色の目を片方だけつぶってみせた。エイルの肩を清潔な布で覆うように結んでいたティレルが、ため息とともに言う。

「私が出た時、あんたは剣を振り上げてたわね。この子に向かって振り下ろそうとしてた」

「そ、それは、いやその……」

一旦は何とか逃れられるかと思っただけに、メイソンの慌て振りはひどいものがある。状況はメイソンに有利になるどころか、ますます深みにはまっていくようだった。額の汗を拭きながら、メイソンは何とか言い訳しようと口を開け閉めした。近所の宿の主人が、隣の宿の夫婦と話している。

「メイソンとこは、客が金を持ってないからって身ぐるみはいで追い出すっていう噂だな」

「ああ。だが噂じゃなかったようだね。それだけだって十分あくどいが、追ことい出された客が本当に金を持ってなかったか……怪しいもんだ」

「夜中に客の金品を盗んでおいて、それで翌朝、金がなきゃ荷物を置いて出て行けっていうわけね」

「もしそれが本当なら、ひどい話だ」

「嘘です、嘘に決まってます、そんなのは単なる噂話! 子供の言う事を信じるなんて、あんたらはどうかしてるんじゃないですか? え? 子供の戯言(たわごと)を信じるなんて……」

メイソンは両腕を振り上げて抗議したが、最早それに耳を貸す者はいなかった。古道具屋の老人がしわがれ声を張り上げる。

「おいメイソン! あんたがどんな商売をやろうと、私にゃあ関係ない。だがな、子供を傷つけるなんて事は許さんぞ」

「そうだ! それに、盗みは重大な罪だぞ!」

人々の中からメイソンを非難する声が次々と上がり、メイソンとアルダはのどを詰まらせたように黙り、目を白黒させた。

「そうだ。許される事じゃない」

再び人々の間から声が上がる。集まっていた人々は、ひときわ大きな声を上げたその男を振り返った。男は小柄だが肉付きのいい体格で、頭は見事なまでに禿げ上がっている。後ろ手に両手を組んだ男は、人々をかき分けて進み出た。その堂々たる様子に、人々は彼が話すのを待って、静まり返っている。

「お前のやっていた事は、罪だ。そうだろう?」

男は繰り返すと、首を傾けてメイソンを見た。

「これはデュレー全体の宿にも影響する事件だ。メイソン、お前は宿屋ギルドの裁判にかけられるだろう。恐らくは有罪だな、確証はないが……」

「ま、待ってくれ、ヘッジ」

「メイソン」

「い、いやヘッジさん! ちょっと待って下さいよ、第一そんな馬鹿な話があるものですか、私は善良な……」

「親愛なるメイソン、お前とは長い付き合いだ。これまで、お互い上手くやってきた。お前が少々あくどい商売をやろうとも、私たちの関係にひびは入らないと思ってたんだ。しかし私は甘かったようだな。友人として忠告すべきだった。きちんと罰は受けるんだ。罪は罪だよ、メイソン」

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