Legend of The Last Dragon −第八章(2)−

「初めまして、ヴィト=キルヒアと言います。ご来訪いただけて嬉しく思います。あなたがシキさんですね。そちらがクリフくんとクレオさん、ああ本当にそっくりだ。そしてあなたが」

そこで言葉を切り、ヴィトはおもむろに膝をついた。

「エイル殿下、お初にお目にかかります。以後どうぞお見知りおきを」

こういった対応をされたのは本当に久し振りのことで、エイルはむしろ戸惑ったほどだった。だがすぐに姿勢を正し、鷹揚に頷いてみせる。

「丁重な挨拶、痛み入る。どうか皆と同じように接して欲しい」

「光栄です、殿下」

ヴィトはにこりと笑い、立ち上がった。

「皆さんを驚かせてしまって申し訳ない。どうか怒らないでください。両替商の二階のあの部屋は防犯のためにあのようにしてあったんです。部屋の半分は、実は郊外にあるこの塔に空間をつないであります。余計な輩がこの塔へやってこないように配慮したのですが、演出に懲りすぎてしまったようですね。さ、こちらへ」

ヴィトに促され、クリフたちは食卓についた。その顔はどれもまだ現実を完全に受け入れたとは言い難い。

「魔法って……すごいんですね。私、もっと簡単なものしか見たことなくて」

「私も、実際に存在する二つの空間をつなぐなどという事が出来るとは思わなかった」

クレオとエイルが感心しきりといった様子で口々に言う。クリフはまだ呆然としているようだ。口を半開きにしたまま、部屋の内部を見回している。だがシキだけは既に落ち着いているようだった。

「早速で申し訳ないのだが、あなたが予見によって我々を導いてくれたのだろうか」

「いいえ。私は予見能力がそれほど高くありません。精霊使いなもので。予見をしたのは私の師匠です。私もその内容を詳しくは聞いていないのですが、あなた方四人の存在がこの世界の運命を変えると言われました」

「その師匠という方は……」

「『コーウェンの魔女』ですよ。あなた方が探している、大陸一の魔術師でもある。……そう。ここがあなた方の旅の到達点です」

その言葉に、四人は息を呑んだ。ついに辿り着いたのだ。だが、ヴィトはさらに言葉を継いだ。

「予見をした頃から師匠は忙しくしていて、私がこの塔の管理を任されました。ここ最近、師匠は帰ってきません。術法の準備などに追われているようですね。ですから師匠の前に、まずはサーナ皇女を紹介しましょう」

「そうだそうだ、サーナはどうしてる」

リュークが身を乗り出す。

「大丈夫。元気に暮らしているよ。最近では笑顔が出る時もある」

「精神的な痛手が大きすぎて、言葉を失ってしまったと聞きましたが」

「ええ、それはいまだにそうです。師匠の力でも皇女の悲しみは癒せないようですね。彼女はどうも魔術師の要素を持っているようで、師匠は強力な力を感じると言います。サーナもそれに頷きはするのですが、言葉を発することが出来ない状態では何とも言えません」

ヴィトは言いながら指を鳴らした。一羽の小さな鳥が窓から飛び込んで来る。椅子の背もたれに止まり、鳥はその白い羽にくちばしを入れて毛づくろいを始めた。

「すまないが、サーナ皇女を呼んできてくれ」

ヴィトが話しかけると鳥は不思議そうな顔で首を傾げ、しかしすぐにまた窓から出て行った。しばらくすると、部屋の扉が叩かれる。ヴィトが扉を開けると、幼い少女が立っていた。豊かに波打つ赤い髪が、表情のない顔を縁取っている。紅色にも紫色にも見える不思議な光をたたえている大きな瞳。長いまつげは伏せられたままだ。だが、おおむね健康そうな様子に見える。サーナ皇女はヴィトの服にしがみついて部屋に入ろうとしなかったが、ヴィトが優しく誘導すると部屋の中のリュークに気付いて目を見開いた。

「久し振りだな」

リュークの挨拶に応え、サーナは嬉しそうな顔を見せる。リュークは、以前別れた時より元気そうだと安堵した。

「サーナ皇女はマイオセール滅亡の際にリュークに助け出され、その後はここで保護していました。現状では一人で暮らしていく事も出来ませんし、マイオセールにいても何も出来ないでしょうから、しばらくはこのまま……。ルセールの国民にも、まだ知らせない方が良いと思っています。先のことが分からない状況ですしね」

淡々と話すヴィトとリュークに挟まれ、サーナはうつむいている。クリフは自分の前に座っている幼い少女の運命を想い、胸を痛めた。少女は、言葉が出ないという。それも、目の前で最愛の父と兄を殺されたからだ。コーウェンへ来る途中で見た壊滅状態の都市、マイオセール。あの街の城で、この少女は平和に暮らしていたのだ。それがある日突然、何もかもを失った。状況だけなら、エイルとも似ている。だがエイルとは明らかに違う痛みを抱えた少女を、クリフはどうにか助けてやりたいと、強く願った。

「……さてと。これで役者は揃ったわけですが、師匠がいないことには話が進みませんね」

と、ヴィトが言った時。

「お揃いのようだね」

女の声がして、扉が開いた。みなの注目が集まる中、入ってきたのは背の高い女性だった。上品な、裾の長いドレスをまとい、顔には黒いヴェールをかけている。年齢は若くもなく、年寄りでもないということが分かるくらいで、定かではなかった。紫がかった髪を高く結い上げ、美しくまとめている。柔らかそうな白い革手袋をはめていた。ヴィトが席を空ける。

「お帰りでしたか」

「ヴィト、留守番ご苦労だった」

その声は存外に低く、威圧感を感じさせるものだった。

「予見通り……王子と騎士、それに双生児が揃っている。サーナもいるね。よろしい。で、お前がリュークかい? 長旅をしてもらったね。ご苦労だった」

「いや、まあ……」

彼女の迫力に押されたのか、リュークは曖昧な返事をしただけで、髪をいじっている。相手が女性とはいえ、さすがのリュークもいつもの調子が出ないようだ。

「では、私も自己紹介をしようか。名はアメリ=コルディア。魔術師であり、精霊使いであり、司祭でもある。サーナの事があって予見をし、あなた方の存在を知った。……詳しい話の前に、お茶を用意しようか」

ヴィトの師匠だというくらいだからどんなすごい術法を使ってお茶を淹れるのだろう。期待したエイルたちだったが、アメリ=コルディアはいたって普通に、道具を用意し始めた。ヴィトが手伝っている。だが、やはりどこかが違う。水は僅かな時間で熱湯になり、杯や砂糖、さじなどの道具は音もなく動いて並べられる。彼女が立ってから茶が用意されるまでにかかった時間は、とても短く感じられた。そんなはずはないと思うのだが、実際に感じられたその感覚は不思議としか言いようのないものだった。茶を淹れている動作はごく普通に見えたのに……と、双子は目をしばたいたりこすったりしている。

「さて、本題だが」

食卓についたアメリ=コルディアは、杯から立ち上る湯気をそっと吹いた。湯気はゆらめき、花の形になり、次に鳥を描き、最後は船になって消える。エイルと双子は目を丸くしてそれを見ていた。

「半年と少し前、リュークの経験をヴィトから伝え聞き、竜が現れたことを知った。この時代には存在しないはずの竜だ。三百年前ですら、過去の話として聞いた事があるという程度だろうね」

エイルとシキは黙って頷く。

「世界を揺るがすような、歴史を動かすような事件が起こっている。そう思って、大掛かりな予見をした。そして、過去の世界から来た王子と騎士、それにこの世でたった一組の双子の出現を見た。今、この世界には異変が起きている。放っておくわけにはいかない。そのために四人が必要だということだった。……そこでヴィトにはサーナの面倒を頼み、このリュークに案内を頼んだというわけ」

ゆったりとした口調で説明し、アメリ=コルディアは茶を口に含んだ。

「エイルとシキ、あなた方の望みは分かっている。過去の世界に戻りたいと思って、私に会いに来たのだろう?」

「そうです」

シキが神妙な顔で同意する。

「だがその前に、あなた方が時の流れに逆らってまでこの世界へやって来た意味を考えておくれ」

エイルは、ジルクの言葉を思い出していた。

――世界は、竜によって破滅する。

遥か昔の時代のはずだが、エイルにはついこの間のように思える。

「ジルク……我々の時代のレノア王宮司祭だが、彼もこの事を予見していた。私はレノアを、世界を救うために双生児を探しに行くはずだったのだ」

エイルの言葉に、アメリ=コルディアは興味深げな表情で軽く身を乗り出した。

「三百年以上も前の司祭が? ……いや、有り得るわね。当時の魔法技術は今よりも優れていたという説があるから」

「ジルクは私たちを、双生児がいる場所に送り込んだ。それはずっと未来の世界だったわけだが、ジルクはそのことを知らずに転移の術法を使ったらしい」

「ふむ……その司祭はよほどの力を持っていたわけだ。二人もの人間を時間移動させるなんて、私一人では無理だわ。ヴィトと二人でもどうかというところ。ジルクとやらいうその人に、一度お会いしたいものだ。ともあれ、その司祭も竜と双子の出現を予見していたというわけね」

アメリ=コルディアの言葉に双子が反応した。

「母が……あ、母も司祭なんですが、私たちが双子として生まれたのには何か必ず深い意味があるのだと、いつも言っていました。それと、詳しくは分からなかったようですが、母にも、竜の予見はあったようです」

「ジルクさん、母、そしてあなたの予見が一致するのなら、僕らには何か重要な使命があるという事になるんですね」

「そうだね。ジルクの予見では竜と双子だけだったようだが、私の予見では、それに……」

アメリ=コルディアがシキとエイルを指差す。二人はどきりと身を固くした。

「あなた方二人の姿も見えた。現在の世界においては、双子だけではなく、あなたたち四人すべてが必要とされている」

「我々もか」

アメリ=コルディアはシキに頷いて見せた。

「レノアが竜を、私利私欲の道具として利用しているとするなら……」

エイルの、そしてサーナの表情が変わった。まだ若く、幼いとすら言える彼らだが、一国の王族としての誇りがそうさせたのだろう。二人はそれぞれの国を想い、憂いて、唇を噛んだ。

「私はこの半年という時間を、情報収集と術法の準備に費やしていた。得られた情報をこれから話すから、よく聞いておくれ。まず、レノアの首都が封鎖されていたのは流行病のせいだよ。そしてグリッド王は死んだ」

双子が息を呑む。エイルはデュレーの酒場で聞いた話を思い出し、小さく頷いた。

「王の後継ぎの事や、レノア王宮の内情までは見通せなかった。何者かの手によって、王宮の中の情報が遮断されているね。強力な術者がいるようだ。それから竜だけど、あれはマイオセールの事件以後、レノア城の地下にいるようだね。何が起きているか、はっきりとは分からない。レノアが大陸の覇権を狙って動いているのは確かなようだが、真の目的は他にあるのかも知れない。いずれにせよ、このまま放っておくというわけにはいかないね。これ以上被害を出したくはない。……それともう一つ、分かったことがあるんだよ。竜を滅する剣は今の世界に一本だけ。そしてそれはバラミアにあるようだ」

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