Legend of The Last Dragon −第七章(2)−

砂漠は、いきなり始まるものではない。線が引いてあって、ここからこっちが生活圏内、ここからあっちは砂漠、となっているわけはない。砂はチェジャの町中にも飛来する。かといって町中を埋め尽くすほどではない。また、町自体にも明確な境界はない。人々は砂と共生しているのだ。

まばらに家が建つあたりを過ぎると、いつしか町を出ていた。暑く乾燥した土地を踏みしめて六頭の駱駝が行く。双子はもう器用に駱駝を操り、エイルもまだ緊張してはいるものの、何とか駱駝をまっすぐ歩かせることに成功していた。もちろん、シキが横から援護している。リュークは一番前を、荷物を載せた駱駝のひもを引きながら、こともなげに進んでいく。さすがに慣れているのだということは、誰の目にも明らかだった。

みな、バージと呼ばれる大きな布をかぶっていた。複雑な形をした布で、上手く巻くと頭からすっぽりと隠すことが出来る。視界を確保するために両目だけを出し、肩から下は体全体を覆い隠す。分厚い布なのでまとった最初は暑いと思うのだが、日射しを避けるので、しばらくするとかぶっていた方がまだましということが分かるのだった。

町を離れてしばらく歩いていると、あたりの景色が徐々に変わっていく。そこらに何本も生えていた低木が減り、家畜や野良犬などの姿も減った。遠くに見えていた砂丘が少しずつ近づき、ふと振り返れば町の家並みは遠く、小さくなっている。そしていつの間にか、ふと気づくと彼らは砂ばかりが続くヤーデの真ん中にいるのだった。前後左右、どちらを向いても砂、砂、砂……。

砂漠には砂しかない、というわけではない。荒涼とした岩石地帯や、山岳地帯、フィーピー割れた大地などが続くと思えば、小さな泉が湧く休息の地もある。だが、大部分はやはり延々と連なる砂丘から成り立っているのだった。

遥か彼方、地平線には水が波打っているように見える。まばゆい日射しの降り注ぐ中、クリフは目を細めてそれを見つめた。ゆらゆらと移動しているようにも見えるが、右へ行っているのか左へ流れているのか、あるいはただそこにたゆたっているだけなのか、定かではない。それより、砂漠というのはどこまでも乾燥した土地だと聞いていたのに、何故あんなところに川があるのだろう。

「リューク、あれは何なの? 川?」

すぐ斜め前を歩いているリュークに問いかける。リュークは駱駝の歩みを緩め、クリフの横に並んだ。

「地平線に見えるやつか。あれは逃げ水ってやつだ。本当の水じゃない。蜃気楼さ」

「どういうこと?」

「さあな。俺もあれが見える理屈は分からない。でもこういう暑いところじゃ時たま見かけるもんだ。つられて行くと道筋を見失うぜ。砂漠にはヤーデって神様がいるそうだが、俺はかなり意地の悪いやつだと思うな。何しろ、砂漠に出る蜃気楼ってやつは人を惑わす。そんでもって惑わされた奴は大抵死んじまうんだ。神様ってのはいい奴もいるようだが、悪い奴もいるもんだな」

「ふぅん……」

ヤーデという名も、砂漠の蜃気楼の話も、北部の森で生まれ育ったクリフにとっては初めて聞くものであり、興味深く思えるものだった。ここまでの旅で、色々な経験をしてきたクリフだったが、自分にはまだまだ知らない世界があるのだと、自分が思い描いていたより世界はさらに広いのだと思った。クリフはなんだかわくわくして、砂漠の暑さもほんの少し和(やわ)らいだ気がした。

実際、出発したころは到底我慢出来るものではないと思った砂漠の暑さも、徐々に薄らいで来ているように感じられる。

セサルは、涼しい時間を選んで距離を稼げと言っていたし、リュークも同様の事を言う。一行は午後の遅い時間に町を出発したのだったが、とにかく最初はひどかった。照りつける日差しが体力を奪い、体中の水分があっという間に蒸発するように思えた。バージをまとっているにもかかわらず、砂漠の熱気と日射しが体を火照(ほて)らせる。息をするのも苦しく、鼻の穴の奥まで焼け付くようだった。まるで、かまどで蒸している鍋の中にいるようだとクレオは思ったのだ。

それが、今は多少過ごしやすいと思えるようになってきた。それは彼らが環境に慣れたせいもあるのかも知れない。だが温度が低くなっているのも確かだった。日はまだ沈んでいないが、先ほどまでのあの強い日射しはもうない。

それでも、エイルは休憩したいと騒ぐ元気すらないようで、駱駝が歩くに任せてうなだれている。そんな彼の辛そうな様子を思いやったというわけでもなさそうだったが、リュークがようやく休憩を宣言した。シキがあたりを見回している。近くにはいくつか大きな岩があった。

「これくらいでは道しるべにならんと思うのだが、どうやって目標を見定めているのだ?」

「安心しろよ、俺は慣れているからな」

答えになっていないリュークの言葉に、シキは不満そうな顔を見せた。リュークは駱駝に水をやりながら鼻歌を歌っている。シキは心配そうに重ねて尋ねたが、リュークは水を入れた布袋に手をかけているクレオに話しかけた。

「水は生命線だからな、飲んでもいいがほんの少しずつにしろよ。ごくごく飲んでも、またすぐに喉が乾くから意味がない。ちょっとずつ、乾いた喉をちょっと潤すだけにするんだ。あとは駱駝の影に入ってゆっくり休んでな」

「少しずつ、ね。いっぱい飲んだら足りなくなっちゃうしね……分かった」

残念そうな顔で頷くクレオ。リュークはクリフやエイルにも同じようにしろと仕草で示してから、シキに向き直った。

「あんたはまだ体力ありそうだな。夕食を取りにいくから付き合えよ」

リュークはこのあたりで一般的に扱われる、先の曲がった短剣を投げてよこし、扱えるかと聞いた。

「初めて使う剣だが」

シキはそう言いながらそれを手の中で回したり、ひねってみたりしている。だがしばらくして、「大体分かった」と言った。

「さすが剣士さまだねえ、もう極めちまったか」

リュークの言葉に軽く手を振って否定の意を示したが、冗談めかしたリュークに対してシキは何も言いはなかった。二人は他の三人を残して歩き出す。

「砂漠では、何を食事とするんだ?」

干し肉やパンなど、保存に適している食料をいくらか買い込んではきたものの、毎食栄養たっぷりの食事が出来るというほどの量ではない。恐らく砂漠で何か手に入れるのだろうとは思っていたが、それが何か、シキには分からなかった。

「運よく見つかればの話だが、大きな砂漠蜥蜴(とかげ)がいるんだ。焼いて食うと肉汁がたっぷりで美味いぜ」

「なるほど」

「なんだ、驚かないな? 蜥蜴を焼いて食う料理なんて、貴族さまは見たことも聞いたこともないと思ったけどな」

「……お前に詳しく語るつもりもないが、俺は貴族の生まれじゃない。昔は各地を回る旅団の一員だった。食い物がなくて困った時は、何でも食べたんだ。蜥蜴くらいで驚きはしないさ」

「へえ、見た目は完全に立派な貴族さまなのにな。割と複雑な過去がありそうじゃねえか。面白いな、もっと聞かせろよ」

「詳しく語るつもりはないと言った」

「つまんねえ奴だなあ。旅は道連れ、世は情けって言うだろ。せっかく縁あって知りあったんだ、もうちょっと仲良くしようぜ」

「……ではお前は?」

「あん?」

「最初に会ったとき、本名はリュークだ、通り名がグレイだと言ったな。何故に偽名を使う? 後ろめたいことがあるのではないのか」

「ちぇっ、細かいことを覚えてやがる。小さいことを言う男はもてないぜ?」

「話したくないのだろう。別に俺も無理に聞こうとは思わないが。それと同じことだ。多かれ少なかれ、誰しも語りたくない過去くらいある。無理にそれをこじ開けようとしないでくれ」

「そうか……そうだな。悪かった」

意外と素直に謝るリュークに、シキは唇の端をかすかに上げた。

「まあ、せっかく旅の道連れになったのだから、いがみ合う必要はない」

「先はまだ長いしな」

二人は視線を合わせて頷きあった。

フルカという、砂漠特有の植物がある。色はさまざまだが主に緑で、物によっては黒く見えるものもある。珍しいのはその形状で、丸みは帯びているものの平らな面が四つある、つまり四角い植物なのである。枝葉はほとんどなく、棒状に突っ立っているだけという奇妙な植物だ。細いものは人の腕ほど、太いものでも両腕で抱えられるほどの太さにしかならず、背もそれほど高くはない。あまり大きくないフルカだが、群生していれば砂漠の中でも見つけやすい。

「これだこれだ。ようやく見つかったぜ!」

嬉々とした声でリュークが指し示したのは、五本ほどが集まって生えているフルカだった。シキは初めて見る植物に触れ、その皮の固さに驚いた。リュークはさもありなんといった顔である。

「剣で傷つけてみな。あんただったら少しは傷がつけられるかも知れない」

「それほどか」

「やってみなよ」

シキは短剣を鞘から抜き、皮を切り取ろうと試みた。一度目はまったく歯が立たず。二度目はかなり力を入れたが、表面にかすかな跡が残っただけで、切れはしなかった。少々むきになったのか、シキは腰の長剣を抜いた。

「お、本気を出すか? 手がしびれるぞ〜」

からかうような口調のリュークに一瞥(いちべつ)をくれ、シキは腰を入れて剣を叩き付けた。重く鈍い音がし、剣はフルカにしっかりと刺さった。が、切れはしない。それでもリュークは驚きを隠さなかった。

「おお、すげえ……さすがだな!」

シキは剣を取り去ることが出来ずに四苦八苦している。リュークが笑いながら手を貸し、何とか二人がかりで剣をフルカから外すことに成功した。シキは感嘆してフルカを眺めている。

「いやこれは本当に固い」

「だろ。そんでほらここ、傷のついたとこを見てみな」

シキが触ってみると、刀跡がついたところからじゅくじゅくと樹液が染み出している。それはどんどんと増えていき、しばらくするとシキの手をしっとりと濡らすほどになった。

「これが砂漠での貴重な水分になるんだ。栄養もあるんだぜ。だけど、試して分かったろ? そう簡単には手に入らない。で、さっき言った砂漠蜥蜴さ。あいつらはものすごく丈夫な歯を持ってて、フルカを傷つけて樹液を吸うんだ。それであいつらは丸々と太ってやがるのさ」

「このフルカがあるところに蜥蜴もいるというわけだな」

「そうそう、そういうこと。奴らがかじった跡から染み出す樹液もしっかりもらう。つまり、フルカと蜥蜴を見つければ素敵な食事が楽しめるってわけ」

「なるほどな」

「よし、じゃあ蜥蜴が来るまでちょいと待つか」

気温は確実に下がっていく。二人はそれを感じながら動かずに待った。しばらくして、二匹の蜥蜴が砂の中から姿を現した。

「来た。あれだ」

リュークが囁き、あごの動きで指し示す。

「普段は砂に潜ってるんだ。何しろ暑いからな。……いいか、フルカに食いつくまで待ってろよ。やる時は首の後ろを一突きに」

「分かった」

二匹の蜥蜴はあたりを警戒しながらフルカに近づいてくる。シキとリュークは自らを岩のように見せかけ、バージに包(くる)まって待った。蜥蜴たちはなかなかフルカに噛み付かない。滴る汗を拭うこともせず、二人は息を殺し、辛抱強く待ち続ける。そしてついに蜥蜴がフルカに食いつき、樹液を吸い始めた。

「今だ」

リュークの合図に、シキが無言で動き、素早い動作で剣を叩きつける。一匹の蜥蜴は瞬時にその命を失い、もう一匹は突然の事に驚いてフルカを離し、その太く短い足でよたよたと逃げ始めた。が、リュークの短剣がその首に刺さり、やはりすぐに絶命した。

「思ったより簡単にいったな」

「ああ」

一抱えほどもある蜥蜴二匹を腕に抱き、二人は豪華な夕食が手に入った事を喜んだ。

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