「不躾(ぶしつけ)なる態度はこの際お許し願いたい。大変な事態になりましてございます。私めは先ほど占いをと思い……ええ、コジュマール様の軍は王の広間にて足止めを食らっているとの事、まずはエイル殿下の逃げ場を確保せねばと思い、占いを始めたのです。非常に遺憾ではございますが王も、世継ぎのシエル殿下も亡き今、エイル様だけが頼みの綱、そう思いましてレノア国の存亡も含めまして占いをと……」
そこまで言ったところで、ジルクはむせ、再び激しく咳き込んだ。あまりに多くの言葉を早くしゃべろうとするので言葉に詰まり、次いで息がつまるのだった。胸を叩き、深呼吸をしているジルクに、シキが小さく舌打ちする。
「……ああもう、何だっていうんだ!」
気持ちの焦りから、シキはいらいらとした様子を隠しもしない。ジルク老はその様子を見て取り、まずは自分の部屋へと促した。老司祭は塔の最上階の近くに自室と仕事部屋を与えられている。
「とにかく行って説明いたしますゆえ……。反乱軍は我が軍の精鋭たちが取り押さえてくれるでありましょう、まずは、我が部屋へ殿下をご案内いたしましょうぞ」
「分かりました。私は戦況を見てまいりますゆえ、ジルク殿は殿下をお部屋へお連れしてください。私もすぐに追いかけます」
言いながらエイルに目をやると、王子は純白の鎧を着ようと四苦八苦していた。いつもならば当然、侍女がその身にまとわせるべきであるのだが、既に逃げてしまったのか、呼んでも一向に現れる気配がない。エイルは鎧を上半身だけなんとか身に着けた、といったところだ。
「シキ……」
細く柔らかい水色の前髪の下で涙の雫が光っていたが、シキを見ると、少年王子は気丈にもその潤んだ瞳を拭った。励ますようにその肩を叩き、シキは長剣を腰に挿して部屋から駆け出していく。これから先の事を考えると、その心中には暗澹(あんたん)たる思いが溢れんばかりである。
エイルはなんとか鎧を身に着けると、美しい模様が刺繍されている布袋に金貨を詰め込んだ。幼い頃に母から貰った美しい小箱も袋へ入れ、他に何を持っていけばいいかな、と部屋を見まわす。もしかしたらここにはもう戻って来られないかもしれない……などという考えは、彼の頭には微塵(みじん)も浮かんでいないようだ。ジルクは王子を急かすようにして部屋を出た。
ジルクの部屋は狭くなかったが、様々なものが所狭しと置かれていて、奥へ入るにはそれらをかき分けて進まなければならないほどだった。壁はそのほとんどが作りつけの本棚で、一番上はどうやって取るのだろうと思うほどの高さまで本でいっぱいになっている。奇書魔法書の類は机や引出の上にまでうず高く積まれ、液体の入ったびんや何に使うのか分からないような道具がその隙間に埋まっている。見た事もないような動物の剥製まで、床に転がされていた。また文様のついた壷や木製の樽が床に並んでおり、それぞれ異臭のする液体、丸めた地図や古紙など、様々なもので満たされていた。本棚のない壁には魔法陣が描かれた壁掛けや、エイルには読めない文字がびっしりと書きこまれた羊皮紙がいくつも留められている。ろうそくが灯してあるとは言え、窓のないこの部屋は薄暗く、エイルはいつも好きになれないと思っていた。
先ほどまで聞こえていた大きな騒音や人々の喚声は、ここまでは届いてこない。若干落ち着きを取り戻してはいたが、エイルの顔は晴れなかった。父王や母の事を思うと、小さな胸が潰れそうになる。エイルには反乱という言葉が持つ本来の意味など、まるで理解出来ていなかった。
――何故、突然こんな事になるのだ。もう二度と両親や兄に会えないというのは、本当に、本当なんだろうか……。
漠然とした不安と、深い悲しみだけが頭を満たしている。何もかもが一時(いちどき)に起こり、冷静に分析する事など出来なかった。エイルは大きく頭を振って、何とかその事を考えないように務めた。見れば部屋の一番奥、丸い台座の設置されているあたりからジルクが手招きしている。
「殿下、こちらでございます。ご説明致しますので……」
エイルは足に当たった植物の標本のようなものを、気にも留めずに踏みつけながらジルクの元へと向かった。
「占いはどんな結果になったんだ?」
小首をかしげて尋ねると、老司祭は何かを決心したように話し出した。
「殿下、よろしいですかな。この世を統べているのは『人間』でございますな」
「そのくらい、分かっている。占いはどうした」
「いえいえ、まずはこのジルクの話をお聞き下さい。……殿下は、竜、というものをご存知ですかな」
「伝説上の生き物だろう? 本で読んだ事がある。その昔、この大陸で人間の治めていた場所は半分以下で、大陸のどこかに竜の王国があって、竜族がそこを治めていたんだ。でも竜は凶暴で、そこへ行く人間を片っ端から殺しちゃって、すごく危険だったんだ。だから人間と竜が戦争をして、竜の王国はなくなって、竜も絶滅したんだって、そういう風に書いてあったと思うけど」
身振り手振りを交えながら説明する少年王子に、ジルクは頷きながら同意した。
「そうでございます、殿下はよく勉強しておられますな。そのおかげで今の世は平和になったのだと伝えられております。ですから、今は竜など一頭も存在いたしません。シンジゴ山脈より南は未開の地ですゆえ、事実上、北の大国であるこのレノア国が世界を統治しているといっても過言ではありますまい。……しかし、王弟コジュマール公による反乱が起きましてございます」
「……」
エイルは下唇を噛んで目の前の老人を睨んだ。ジルクは目を閉じて何度も頷いている。
「お気持ち、お察しいたしますぞ。……この先レノアがどうなっていくのか、私の心も痛んでおります。私が先ほど占っておりましたのはレノアの、この国の行く末でございます」
「うん。それで、結果は……?」
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