Legend of The Last Dragon −第六章(3)−

なんだか複雑な気持ちになった、と、クレオは話し終えた。

「そっかぁ。知らなかったなあ、シキがキャラカ好きだったなんて」

「もう、クリフったら。問題はそこじゃないでしょ。なんでティレルが知ってたかって事よ」

「シキに聞いたって言ったんだろ?」

「だから、そうじゃなくて……」

じれったそうな顔と、訳が分からないといった顔がお互いを見合う。

「それにティレルったら、シキの事を『彼』って呼んだのよ」

「え? それが何か」

「もう! クリフの分からず屋! 『彼』なんて、馴れ馴れしいじゃない!」

ついに爆発したクレオは、顔を真っ赤にして大声を出した。すれ違う人が思わず振り向いていく。クリフは思わず、かぶっていた帽子のつばを下げた。

「なあ、パンも野菜も買ったし、宿に戻ろうよ」

クレオはキャラカの麦パンが入った袋を持ち直すと、肩をいからせた。

「果物も買うって言ったでしょ。もうちょっと付き合って」

頬を膨らませ、早足で歩き出しながら、クリフはまったく分かっていない、とクレオは思った。話の流れが分かっていないし、自分の気持ちが通じていない。今までこんなことはなかった。

――どうして分かってくれないのかな。「宿に戻ろう」だなんて、まるで上の空みたい。大体すぐに分かるじゃない。ティレルはまだ知り合って間もないのに、馴れ馴れしいわ。もちろん助けてくれたわけだし、感謝はしているけど……。

クリフに理解されないことに対して怒っていたはずだったが、文句の矛先は段々にティレルへ向かっていくようだ。

ティレルは優しく、友好的である。余計な詮索はしないし、色々と面倒も見てくれる。エイルもすっかり懐いてしまったようだ。クレオも、彼女が嫌いなのではなかった。そう、決して嫌いではない。だが、何故か苛立ちや腹立たしさを隠すことが出来ない。

今朝も、クレオが買い物に行くから自分がシキの様子を見に行くと言っていた。自分が出かけている間、彼女はシキの部屋にいる。看病してくれているわけだし、何も悪いことはない。だが、クレオはそれがどうしても、嫌で仕方ないのだ。

――私、なんでこんなに苛々してるのかな。

ふと、疑問に駆られる。

――優しくしてくれるんだし、いいのに。……でも。ううん、何でかしら。

今朝のやり取りや、シキの部屋にいるティレルを見た時の事を思い出してみると、胸が痛む。なんだか、息苦しいような気がする。

――もしかして……。

クレオの頬が紅く染まる。

――そんな、そんなことないわ、だって……でも……ううん、でも……。

八百屋の前で立ち止まったクリフにも気づかず、クレオは歩みを止めない。クリフは、さっぱり分からないといった顔でクレオを呼び止めた。

「ちょっと、クレオ」

「……え?」

「果物も買うんじゃなかったの?」

親指で店を指し示すクリフに、クレオは慌てて戻ってきた。

「あ、うん、ごめん。考え事してたから……」

果物屋は八百屋と一緒の店が多かったが、ここは果物ばかりを扱う、割と大きな店だった。軒先には緑で不恰好なクナートや、大きくて丸いヤッカなど、色とりどりの果物が山積みになっている。若者が一人で店番をしていたらしく、クレオたちを見て、外へ出てきた。

「いらっしゃい。何かお入用で?」

「ええ、これとこれを……あ、このクナートは食べごろ? あと、シナックも欲しいのだけど」

いくつかの果物を袋に入れてもらってから、クレオは店内へ入っていく。支払いを済ませて出てくると、クリフが空を示した。

「見て。雨雲だ」

「本当だ。でも、こっちはこんなに晴れているのにね」

すっきりと晴れ渡っている空は、まるで雨など知らぬかのような顔で澄ましている。が、北の空には確かに黒い雲が流れていた。

「レーヴェの機嫌が悪いのさ。それに、山の天気は変わりやすいって言うもんな。さ、早く帰ろう。お腹ぺこぺこだよ」

そのクリフの言葉どおり、彼らが急ぎ足で歩き始めてすぐに、小さな滴が落ちてきた。道行く人々の中に、まさか、と顔を上げる者がいる。雨の女神レーヴェは泣き虫なので、すぐに泣き出すという。宿に着く頃には本格的に降り出すだろう。双子は人々の間をすり抜け、宿へと向かって走り出した。

  *

ラマカサの領事であるフォマーは怒りを鎮めることが出来ず、追手にシキを探させていた。デュレーにいるようだ、との報告を受け、やってきたのはザッツだった。フォマーの部下の中では一番有能で、フォマーの右腕を務める男である。

ザッツは宿屋ギルドの長、つまりヘッジにシキたちがどの宿に泊まっているか探すように指示した。ヘッジはすぐに各宿を回り、メイソンの宿へもやってきた。クリフたちが着いてすぐ、食事の後にもうしばらく食堂にいたら、ザッツを連れたヘッジに遭遇したはずである。

メイソンは黙っていた。怪我をしたシキを含めた四人が自分の宿に泊まっている事も、金品をこっそり盗むために彼らの食事に眠り草を混ぜた事も。メイソンはヘッジが嫌いだった。幼馴染のヘッジがギルド長にのし上がるのを、メイソンは指をくわえて見ていた。自分の能力不足とは思いたくない。

その夜、眠っていたはずのエイルに騒がれ、メイソンは大恥をかいた。宿屋ギルドの裁判にかけられ、想像以上の大金を払う事になったメイソンを見て、ヘッジはせせら笑った。何しろメイソンに課せられた罰金はすべてギルド、つまりはヘッジの懐に入るのである。

「残念だったなあ、メイソン。お前とは長い付き合いだが、こんな事になるとは思わなかった」

嬉しそうな顔でメイソンをいたぶる。メイソンは唇を噛むばかりだ。ヘッジが悦に入っていると、ザッツが姿を現した。メイソンの宿に泊まっていたのである。

「騒がしいぞ」

「あ、ザッツさん。すみません。いやあ困ったもんだなあ、と。メイソンの宿にあいつらがいたとは、私も知らなかったんですよ」

ザッツはうんざりした様子で嘆息した。

「こいつはね、もう本当に頭が悪くて、私が何度言っても……」

「そいつの頭の悪さなど知ったことではない」

その冷淡な声にヘッジもメイソンも思わず黙る。

「奴らはティレルという女がやっている宿に移動したんだな」

「仰る通りで。どう致しましょうか?」

「……しばらく考える。静かにしてろ。俺が動くまで、勝手な事をするな」

ザッツは溜息と共に吐き出し、席を立った。

――手はずを整えなければ。

簡単に済むはずだった仕事だが、思った以上に時間がかかってしまうかも知れない。小さく舌打ちをし、ザッツはフォマーへの報告書を書くために再び部屋へと戻った。

  *

最近、不思議に思う事がある。ティレルが、部屋に長居しないのだ。怪我の様子を見たり、食事を運んだり、部屋へ来る回数は多かったが、目を合わせまいとしているような気がする。今日も食事を持ってきてくれたが、空気の入れ替えをすると、そそくさと出て行ってしまった。宿に来た当初は食事が終わるまでいたものだが、とシキは訝(いぶか)しんだ。

――エイル様のことで、何か気にしているのだろうか。

この間エイルの素姓の話をして以来のような気がしてそう思ったが、どうやらそういうことでもないらしい。聞くと、「何でもないのよ。忙しいから」と、はぐらかすような口調である。ティレルとの会話が減ることは、想像以上にシキを悩ませていた。

「食事は終わった?」

声と共に扉が開く。ティレルかと思ったのだが、クレオだった。

「やあクレオか」

そういえばクレオとしゃべるのも久し振りかも知れない。シキが微笑むと、クレオはまるで硬直したようになった。口を半開きにしたままこちらを凝視している。シキはきょとんとし、それに気づいたクレオは慌てて、首を横に振った。

「あ、いえ、ちょっと……ううん、何でもない。気にしないで。食事が終わったんだったら、お皿を下げてもいい?」

「あ、ああ」

クレオが皿を片付けているのを眺めながら、シキは優しく声をかけた。

「美味かったとティレルに伝えてくれ」

気持ちをほぐそうと笑顔で言ったのだが、クレオの顔は再び引きつった。

「クレオ? 俺の顔に何かついてでもいるのか?」

「いいえ、そうじゃなくて……。あの、伝えておきます」

そう言い残し、クレオは皿類をすべて持つと、そそくさと立ち上がった。一度、素早く振り返ったが、シキはそれに気づかず、考えに耽っている。クレオは静かに扉を閉めた。

皿を台所に運ぶと、ひとまずする事がないと見て取り、自室に戻る。クリフとエイルの姿は見えない。一人になりたかったクレオはほっとし、寝台に腰掛けて大きく息を吐いた。

――「美味しかった」って? 「ティレルに」だって……? 

忙しそうに立ち働くティレルに一声もかけられぬまま、クレオは背を向けてしまった。台所を出る時、ティレルの弟ナールとすれ違い、唇をかんでいるのを見られた。頭をぽんと優しく叩かれたが、ナールはいつもの通り何も言わなかった。部屋に戻り、今こうして座るまで、呼吸もしなかったような気がする。

――シキ……。

頭の中で、シキの笑顔がぐるぐると回る。息苦しくて、もう一度大きく深呼吸をしたが、胸の痛みは治まらなかった。怪我をしているシキ。寝台に横たわっているシキ。食事をしているシキ。「上半身だけでも鈍らないように」と、剣を振って鍛えているシキ。思い浮かぶのはシキばかりである。どうすればいいのだろうか。どうすれば、苦しくなくなるだろうか。

――シキの怪我が早く治りますように……。

怪我が治ればこの宿を出られる。いや、私たちは旅人だ。いずれはここを旅立つ。優しいティレルとナール。デュレーを離れれば、この気持ちのいい姉弟とは二度と会わないだろう。そう思うのは、何とも言えず淋しかった。だが、そうなればシキとティレルも、もう二度と会わない……。

膝を抱え、斜め天井を見上げる。

――何を考えているんだろう、私。

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