Legend of The Last Dragon −第六章(7)−

柔らかな冬の日差しが道行く人々を照らしている。通りの両脇には白い布を屋根にした露店が立ち並び、店員が客とやり取りする快活な声が飛び交っていた。餌を求めて町へ出てきた山鳥たちが、道端で何がしかをついばんでいる。

「とまあ、そういう訳だったんだよ」

クリフが興奮気味に両手を広げてみせる。話し相手は茶褐色の瞳を興味深げに輝かせた。

「俺も参加したかったなあ」

「やだ、セサルったら。大変だったのよ」

死ぬかと思ったんだから、と言うクレオに、青年は自信あり気に笑って見せる。砂漠の民が身につける大きな布を頭からかぶり、緑がかった黒髪を短く刈った青年は、メイソンの宿で一緒だったセサルだった。

「早いとこ審議が決着して良かったね」

「そうだね。もうヘッジたちも悪さは出来ないと思うよ」

「当分の間は、でしょうけどね」

クリフの言葉に、クレオが肩をすくめながら付け足す。

「ティレルの怪我はその後どうだい?」

「それほど深い傷じゃなかったんだ。もう歩けるよ」

「でもまだ完全には治っていないわ。私たちが色々手伝ってるけど……」

「そうか、それで買い物に来てたんだな」

「セサルが荷物を持ってくれて助かったよ」

ティレルの宿の扉には、注意書きの札が下がっていた。

――宿をお休みしています

          食事は出来ます――

扉を開けると、木の札が軽い音を立てる。

「いらっしゃ……ああ、お帰り」

事件以来、ナールは少し言葉数が増えた。彼なりに努力しているらしい。若干不自然ながら、笑顔を浮かべている。

「頑張ってる?」

厨房に入ったクレオが笑顔を向けたのは、エイルだった。驚くべきことに、エイルはクレオに料理を習い始めたのである。元々、興味があったからか、簡単な食事くらいならすぐに作れるようになった。クレオに言わせれば「まだまだね」だそうだが、エイルはそれに怒ったりもしない。クレオが今まで作っていた食事がどれだけ工夫したものだったか、費用も時間も調理器具も限られた状況で、彼女がどれだけ一生懸命作ってきたか、エイルは初めて知ったのだ。それに自分がどんなに文句を言ったのか。自分で料理を作ってみて、エイルは初めて本当にクレオに感謝を覚えたのだった。

「やっと帰ったか。遅いぞ!」

ごめんごめん、と謝るクリフに、エイルはにやっと笑って見せた。背が低いために踏み台に乗り、真っ直ぐで奇麗な姿勢を保っている。何かを炒めているようだ。

「お前らが遅すぎるから、もう全員分の昼食を作ってしまったぞ。今日はウィッタ芋の卵包みに挑戦してみた」

「わぁ! すごい、綺麗に出来ているじゃない!」

尊大な態度は相変わらずといったところもあるが、額に汗して客の食事を作っているエイルは、一回りも二回りも成長して見える。

「これにパッソンを飾って出来上がりだ。ふふ、クレオと違って、私は見た目にもこだわるのだ」

「そういう一言がなければ、もう少し褒めてあげてもいいと思うんだけど」

「褒めて欲しいなどと言った覚えはないが」

「可愛くないわね」

「ふん」

舌を出しながら最後の一皿を盛り付ける。と、カウンターの方から声がかかった。

「三人前、食事の追加を頼む」

シキである。怪我も治り、店に立てないティレルの代わりに、ナールと客の相手をしているのだった。人前なので、エイルに敬語を使わないでいるのが不自然ではあるが、白い前掛けは意外にも似合っている。

「分かった。すぐ出来るから」

エイルはシキに応えて火の入ったかまどにパンを放り込み、野菜を煮込んでいる鍋のスープを味見した。

「うむ、素晴らしい」

大仰な仕草で頷き、その愛らしい顔に笑顔を浮かべる。

その後、仕事が一段落したエイルたちは食卓についた。せっかくだから一緒に、と誘われたセサルも加わっている。クリフの前に積まれた山のようなパンがみるみる減っていく。クレオはウィッタ芋の卵包み焼きを口にし、驚いた表情を見せていた。

「意外と美味しいじゃない」

「意外と、とは何だ」

「あらごめんなさい。怒った?」

「私はそんな事で怒るほど子供ではないからな」

「あはは。でも本当に美味しいわよ」

「それは当然……」

言いかけたエイルは、クリフの視線に気づく。シキを見ると、シキも意味ありげな顔でエイルを見ていた。エイルは二人の顔を何度も見比べる。シキとクリフは、エイルに何かを期待しているのだ。

「あ」

「? 何よ、エイル。『あ』って。そんなに口を開けて、変な顔。クリフとシキは何を笑ってるの?」

クレオ一人が、首をかしげている。エイルがもう一度口を開けた。

「あ」

「だから、何だっていうの?」

「……あ、あ、ありがとう」

「は?」

「まっ、間抜けな顔をしているな! そんなに口を開けて、馬鹿面に見えるぞ! 礼を述べたのだ! この私がお前ごときに礼を述べたのだぞ、分かっているのか? 恐縮して恐れ入ったらどうだ! 本当に、私を誰だと思っているのだ、失敬な!」

まくしたてたエイルの頬が赤く染まっている。クレオはまだ目をぱちぱちさせながら呆気に取られていた。クリフたちは声を殺して笑っている。

「ふんっ!」

言いたいだけ言うと、もうその話題は終わりとばかりにエイルはセサルに向き直った。

「セサルは、いつまでデュレーにいるのだ?」

「ああ、いや実はもうそろそろと思っていたのさ。少し長居しすぎたよ。その代わり、面白いものを見せてもらったけどね」

セサルはにやっと笑って、片目をつぶる。

「そうだな、明日にでも出発するよ。山を越えて、北へ行く。俺も、もっと色々な事を経験しなくちゃ。……ところで、君たちはどうするつもり? 確か、魔術師を探しているんじゃなかったっけ」

「そうなのだ。コーウェンという町にいるという噂だが、実際のところは分からんしな。もちろん名前も知らないし、本当に困っているのだ」

「うーん、俺はあんまり詳しくないからなぁ。役に立てなくてごめん」

「まあ気にするな。旅の途中で知っている者に出会うかも知れないしな」

「コーウェンはリューイー地方だよな。って事は南へ、砂漠を超えるってわけだ」

「ええ……やっぱり、大変よね?」

クレオが不安げな顔を見せる。セサルは大きくうなずいた。

「そりゃそうさ。砂漠には一度も行ったことがないんだろ? じゃあものすごく大変だ。案内を頼まないと。絶対、道に迷うよ。間違いない。昼間は死ぬほど暑いから、厚手の布を頭からかぶってじっとしていなくちゃ駄目だ。動くのは夜がいい。凍えるように寒いけど、晴れてさえいれば距離が稼げる。後はそうだな……時々、竜巻がくるんだ。布を顔に巻かないと息が出来なくなるから気をつけて」

セサルの助言はこの他にもたくさんあり、全て、よく頭に叩き込むようにと何度も言った。

「君らが無事に砂漠を越えること、心から祈ってる。それじゃ、俺はそろそろ行くよ」

そう言って、食事の代価を机において立ち上がる。

「明日の朝は早くに出発するつもりだから、君らともここでお別れだな。……そうだ」

首に下げていた金属の飾りを外し、セサルはそれをクリフに渡した。

「これを持っていきなよ。砂漠の神ヤーデの首飾り。きっと君らを守ってくれる」

「ありがとう、セサル」

「もしケイズリーという部落に立ち寄ったら、それを見せてやって。外の人は警戒されるけど、俺の知り合いだって分かれば歓迎してもらえると思う。それから……レザという女性に会ったら、セサルは元気でやってるって伝えてくれないか?」

クリフが笑顔で答える。

「きっと伝えるよ。友達?」

「いいやその、婚約者というのかな。儀式が終わって部落へ帰ったら、結婚するつもりなんだ」

日に焼けた顔で、セサルは照れくさそうに笑った。

「それじゃあ、元気で」

「セサルもね」

「夜にならぬうちに山を下りろよ。クルイークに出会わぬようにな」

「ああ、ありがとう。気をつけるよ」

シキたちはそれぞれに別れの言葉を口にし、宿から出て行くセサルを見送った。

「さて……俺たちはどうする?」

クリフが、誰にともなく問うた。エイルが即答する。

「ティレルの怪我が治ったら出発する。それしかないだろう」

「今のところ手がかりは一つです。やはりコーウェンという町に行ってみるしかないでしょうね」

他に客の姿はない。シキはエイルに対して自然と敬語に戻っている。

「道のりは遥か、というところね」

クレオが呟く。彼女の心の痛手は癒えていないようだが、ようやくシキと会話を交わせるまでにはなった。努めて明るく振舞っている。クレオから話を聞いたクリフは、妹が心配で仕方なかった。シキはクレオの様子に気づいていないようだ。いやそれとも……。シキはクレオをどう思っているんだろう、と、横目で見る。その表情からは何も読み取ることは出来なかった。

外でばたばたと足音がし、宿の扉が勢いよく開いた。駆け込んできたのは、恰幅のいい中年の男である。息を切らしたまま、彼らに問いかけた。

「すっ、すまないが、ここに財布が落ちていなかったかね」

「え?」

「買い物をしていたんだが、気づいたら財布がないんだ。さっきここで食事をした時はちゃんと支払いをしたから、ここに忘れたと思って……」

クリフとクレオがお互いの顔を見て、「あった?」「いいや」と目線で会話している。シキが尋ね返す。

「どんな財布ですか?」

「緑の布製で、こう、茶色いひもでくくってある……」

男は手で財布の形と大きさを示したが、宿の面々は「思い当たらない」と首を横に振った。

「詰め所へ行って、届けを出したら?」

「やっぱりその方がいいですかねぇ」

「場所、分かりますか?」

「いや……」

案内します、と、クレオが立ち上がり、しょぼくれた男と一緒に出て行った。

「さっきの話はまた後、だね」

クリフが言い、彼らはうなずきあって二階へと姿を消した。

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