Legend of The Last Dragon −第八章(4)−

分かれ道を右や左に曲がり、さらに半日ほども歩いただろうか。彼らはアメリ=コルディアの言葉が正しかったと思い知らされた。彼らは簡単に記された暗号のような地図を頼りに道を辿ってきたのである。

「本当に、着いちゃったよ」

驚嘆を隠せないクリフは、クレオと共に通路の奥、行き止まりに現れた扉に駆け寄った。これまで歩いてきた洞窟の壁や床とは明らかに違う、人の手が加えられた石の扉。つたが絡まったような彫刻が施され、色の沈着と汚れとが古い時代のものであることを示している。扉は両開きの門状になっており、中央部分に小さく彫られたくぼみがあった。だがそこには何も置かれていない。

「やっぱり、封印されてるね。このくぼみに何か入れるのかな」

「さっぱり分からないわ」

双子は扉を見上げたり、触ってみたりしたが、何も出来ずに途方に暮れた。エイルは双子の歩く速度についていけず、息を切らして、今ようやく通路の向こうに姿を現したところである。シキはエイルに手を貸してはいけないと自分に言い聞かせ、辛抱強くエイルが追い付くのを待っていた。

「お、お前たち、歩くのが、ちょっとばかり早い、ぞ。……はあ、はあ……ようやく着いたのか。それが、封印されている扉だな」

エイルは膝に両手をついて息を整えると、ゆっくり扉に歩み寄った。

「ふむ……確かに古いものだな。このつた模様は私たちの時代から考えても、相当古いものとされている様式だ。剣が作られた時代のものだから、竜が生きていた時代のものだろうな。ええと、どこかに……」

言いながら、エイルは額をこすり付けんばかりにして門とその周辺を観察した。

「あった。これだ」

「え、なに、何があったの」

「俺たちが見ても何も分からなかったのに」

「調べ方が甘い。見ろ、このつたの下の部分だ」

エイルが指し示す部分をよくよく見ると、何やら文字のようなものが刻まれているのが分かる。だがそれは一見、石が削れただけのように見えるものだった。双子はエイルの観察力に驚き、改めてその文字を読もうとした。が、勉強の成果を確かめることは出来なかった。文字は読めるようになったはずなのに……。

「エイル、これ何て書いてあるの?」

「全然分からないわ」

「見せてみろ。……ああ、これは独特な文字だ。城の図書室で見た本に記述があったのを覚えている。確か……そうだ、ホベック地方で昔から使われていた文字があったはずだ。それかも知れない。ちょっと待てよ……」

エイルは文字の前に座り込み、しばらく考え込んでいた。時折、文字を指でなぞり、また黙って考え込む。シキと双子には打つ手もなく、エイルの知識を頼りにただ待つしかなかった。

「全部は分からないが……」

双子たちが待ちくたびれて座り込んだ頃、ついにエイルが口を開いた。文字を指しながら、ゆっくりと解説する。

「この一節には、どうやら『運命』と書いてあるようだ。この後、何度も出てくる。これもそうだ。これも。それからこれが『歌』……いや『詩』かな。『旋律』という単語もある。ここにもあるな。そしてこれが恐らく『同じ』という意味だ。人間か、あるいは存在という象徴的な意味で使っているんじゃないかな。『同時』? 『同じ声』というのもあるようだが……。この最後のは『離れる』という単語だと思うが、恐らく、封印を解くという意味だろうな」

「すごい……!」

「よく分かるね!」

「もっとよく記憶していれば、すらすらと読めたのだろうが……」

「いや、でもすごいよ」

「素晴らしいですよ、エイル様。……そうか、その『同じ人間』というのが、双子のことなのかも知れませんね」

「そうか、そうだな。ということは……双子が、同じ旋律を、歌う……?」

「歌を?」

「あ!」

「あれか!」

「エイルの子守歌!」

四人は顔を見合わせ、同時に言い放った。

その数日前。アメリ=コルディアの手によって、四人はバラミア山の麓(ふもと)にある町まで、一瞬にして飛ばされたのだった。

「痛い! 腰を打ったぞ、腰を!」

エイルが大きな声で騒ぐ。シキはすぐに駆け寄ったが、エイルはその手を払い、腰を押さえながら立ち上がった。

「いや大丈夫だ、ありがとう」

礼を言うのも慣れてきた、と続けるエイルに、双子とシキが笑う。四人は改めて大陸横断を一瞬で成し遂げた事に驚き、だがまだ実感がないと口々に言い合った。見上げれば目指すバラミア山が間近にそそり立ち、しばらく歩けば鉱山町の入口が見えてくるといった具合だ。ほんの少し前まで、南の国の港街にいたはずなのに、ここは確かにレノアの領域内である。まったくもってそれは信じがたい、だが紛れもない事実だった。

町の中央広場に入ると、立派な銅像が建てられているのが目を引いた。相当に古いもので、改修はされているという事だったが、あちこちの塗装がはげている。長い髪を束ねた、いかめしい顔つきの老人。像の台座には「名工ヴィーラント」と銘打ってあった。両足を広げ、鍛冶に使う長い金槌を手にして立っている。これが件(くだん)の剣を作った人物であるということは容易に想像がついた。聞けば、この町一番の有名人で、誰もが誇りに思っている人物だということだった。

自らも剣豪であった名工ヴィーラント。彼の生涯最高の剣が、「竜殺しの剣」と呼ばれたそれであった。どんなものでも柔らかいチーズのように切り裂くことが出来、竜の固い鱗ですら突き通せると言われるほどの切れ味だったという。だがその剣があまりにも素晴らしいものだったために、人々はそれを奪い合い、多くの無益な血が流れた。その事を悲しんだヴィーラントは剣を取り戻し、折ろうとした。だが、自らが鍛えた剣を折ることは、自分の子を殺すことにも等しい。悩んだヴィーラントはバラミア山の中腹、洞窟の奥深くに小部屋を作らせ、特別な術を使って剣を封印したと伝えられている。封印を解く方法は直系の子孫にのみ伝えられたそうだが、今となってその血は途絶え、剣の存在は確かに伝えられているものの、誰も封印が解けないまま、伝説の剣となっているのだった。

噂話となった伝説の他にもう一つ、残っているものがあった。「幻の詩」と呼ばれる詩である。

「全文を知っている者はもういない。先ほども言ったように、ヴィーラントの血筋は途絶えてしまったのでな。ヴィーラントの工房に残されていたのが、その詩の一部だと言われている。その中でも、私が覚えているのはほんの少しだけだ」

そう語ってくれたのは、昔話を聞きたいならと紹介してもらった人物である。鉱山町の老人で、年齢は自分でも覚えていないと言った。老人は詩を思い出しながら、くぐもった声でゆっくりと話した。

「最初は確か、『愛しき子よ』で始まるのだ。『ハナスの香りに誘われて』だったかな。それから……ええと、なんだったかな。そうだ『共に過ごすこの時』……で、『眠れ、眠れ』……さあ、この続きが分からん」

老人は残念そうに首を振った。

「『眠れ、眠れ、我が愛する子よ、眠れ、眠れ、安らかに』だ」

「エイル?」

双子が振り返って見たエイルは、何とも言えない表情だった。老人の思い出した詩の足りない部分を補い、最初からつらつらと、全文を暗唱する。

「ちょっとちょっと、何で知ってるのよ、エイル」

「なんでって……子守唄なんだ」

「え?」

「母上が何度も歌ってくれた。それは、私の子守唄だ」

エイルの母親であるマードリッドは王妃であったため、子供の面倒を見る時間はほとんどなかった。だが、時間の取れる日の夜、エイルが眠る前の一時にはエイルの自室を訪れ、しばし話をしていく事もあった。エイルはその時間を何よりも楽しみにしていたものである。そしてエイルが幼いころ、マードリッドはよく子守唄を歌った。それは彼女自身が子供のころに聞いたものだと言う。

「え、じゃあ、じゃあ……エイルのお母さまが、王妃様が、ヴィーラントの子孫だったってこと?」

「本当のところは分からないが……」

ごくりと喉を鳴らし、エイルは興奮した表情で頷いたのだった。

「あれだ、町で聞いたあの詩だよ!」

「間違いないわ!」

クリフとクレオが声を上げる。シキも頷いている。三人の視線を受け、エイルはいきなり荷物袋に手を突っ込んだ。その慌てた様子に、三人は顔を見合わせる。エイルが取り出したのは……小さな箱だった。

「エイル様、それは?」

「あの朝……あの、反乱の朝に持ち出したのだ。慌てていたから何も持ち出せはしなかったが、『大切なものを一つだけ』と言われ、ではせめて、と。……これは、母にもらったのだ」

エイルは箱の裏にある小さなぜんまいを巻く。エイルが手を離すと、箱から小さな音で音楽が流れ出た。

「すごい……!」

「何これ、どうなってるの?」

「貴重なものだから、知らなくても無理はないかも知れん。この箱の中には、仕掛けがあるんだ。ごく小さな歯車が組み合わさっていて、このぜんまいを巻くと音が出る。まあ仕組みは分からなくても良いが、とにかく、この箱はあの子守唄を奏でるんだ」

「あの窪みに置いてみたら?」

「試してみるか」

緊張する双子の前を通り過ぎ、エイルは小箱を窪みにそっと置いた。小さな音で鳴っていた箱は、突如として大きく、美しい響きを演奏し始める。驚いた顔の双子にエイルが説明する。

「固い所に置くと、反響するんだ。……で? どうなるというのか」

「エイル、『同じ声』だよ。俺たちが、双子が歌うんだ!」

「そうよ、そうだわ! エイル、もう一度歌詞を教えて」

しばらく後、曲と歌詞とを覚え、練習した二人は、声を揃えて歌いだした。小箱は門の中央に備え付けられ、ぜんまいを巻き直され、美しい旋律を奏でている。

双子が歌う。クリフとクレオは両手を合わせ、目を閉じ、エイルの子守歌を歌い続けた。今まで、こんなに一生懸命歌った事はない。精一杯、力をこめて、心をこめて、二人は歌い続ける。声がかすれ、喉が痛みだしても、二人は歌った。だが……。

「何も、起きない、か」

ついに、シキが嘆息した。エイルも曖昧な笑みを浮かべ、首を振った。双子の歌声が力を失って小さくなる。クリフもクレオも落胆と諦めを隠せなかった。

その時。

エイルの目が小箱に、いや正確には小箱のすぐ上の部分に吸い寄せられた。

「やめるな」

「えっ?」

「続けて歌え、歌うんだ!」

エイルは小箱に飛びついてぜんまいを巻き直し、双子は曲に合わせて再び歌い出した。不思議そうな顔だが、歌っているので質問も出来ない。だが、やがてシキの顔にも真剣な表情が浮かび、双子の目も門に釘付けになった。

小箱から流れ出る旋律と二人の歌声。それに合わせ、扉の文様が歪み、かすかに動き出したのである。ひびが入るように、甲高く軋む音が洞窟内に響く。石が彫りこまれているようにしか見えなかった模様。植物のつたが描かれたそれが、今、本当にゆっくりと、だが確実にうごめいている。

「もっと、もっと大きな声で歌ってみろ」

エイルが門をまじまじと見つめたまま、双子に指示した。いつもなら食ってかかるだろうクレオも、もちろんクリフも、門とその模様を凝視したまま歌い続けている。二人の声量が上がると、文様は僅かに光を帯びたようだ。エイルは興奮して、「もっと、もっと」と二人を焚きつける。石造りのつた模様は徐々に左右に分かれ、門を離れ始めた。双子は疲れを感じ始めていたが、止めることは出来ない。大きな声でエイルの子守歌を歌い続けた。

どれだけの時間が過ぎただろうか。エイルとシキは数え切れぬほど、小箱のねじを巻き直した。双子の声はもう限界である。

そうしてついに、つたは完全に門を離れたのである。つたは両側の岩壁に貼りついて、もう動かなかった。触ってみても、もはや針の先ほども動かせるものではない。最初からここに彫られていたのだ、とでもいうように違和感がない。だが、残された扉には、先ほどまでつたの模様があったことを示す、斑(まだら)模様が残っていた。中央の窪みにはエイルの小箱がぽつりと取り残されている。

「ねえ、いつか……ナールが、言ってたわね」

クレオが息を整えながら言う。

「歌には、力がある、って……」

「ああ、そうだね。その通りだ。あの時は、まさか俺たちの歌とは思わなかったけど、でも……」

クリフも息が荒い。

「これで開くのだろうか」

エイルが扉に手をかけた。軽く押してみる。それから強く。もう一度。体重をかけて押す。引いてもみたが、びくともしない。

「……開かないな」

落ち込む双子を横目で見ながら、シキが歩み寄る。

「私がやってみましょう」

シキが渾身の力を込めて押すと、扉が奥へと動いた。

「動いた!」

「単に私の力不足か」

エイルは苦虫を噛み潰したような顔で言い、ゆっくりと開いていく扉を見つめた。

石の扉は分厚く、全開させるにはかなりの力が必要だった。シキが両手で、何とか押し開ける。

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