LL index≫第一章(一気読み) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)
レノアでいうところの青葉の月は、非常に過ごしやすい季節である。雨の降る花の香月あたりから、レノアはどんどん暖かくなっていく。青葉の月と呼ぶのは、木々が青い葉を茂らせる季節だからだ。これから雨の月までしばらくの間、レノアでは穏やかで気候的にもあまり変化のない日々が続く。
サナミィはレノアの中でも北の方に位置するマグレア地方の村である。マグレア地方は丘陵地帯が多く、海抜も平野よりはやや高い。なだらかな丘や森が多く、畑を耕す人々もいれば、狩りなどで生計を立てる者もいる。森に囲まれたサナミィでは、多くの人々が狩り人、つまり猟師として生活していた。
午後遅く、日暮れも近くなってから、狩り人たちの幾人かが獲物を持って森から帰って来た。大きな鳥や獣を滑車のついた木の台に積んでいる。村の外れあたりまで来た時、その中の一人が何かを見つけたのか、目を細めるようにして言った。
「おい、あそこに倒れてるの、人じゃないか?」
その声で、他の狩り人たちも手をかざしたり首を伸ばしたりして、前の方をうかがう。どうやら道の中ほどに人間が二人、折り重なるようにして倒れているようだ。狩り人たちは台車を置き、慌てて駆け寄った。
「なんだなんだ、死んでんのか?」
「いや、死んじゃいないみたいだ。それより見ろよ、この鎧!」
「こりゃ貴族様に違いねーな」
「なんでこんな辺鄙(へんぴ)なとこに貴族様が来るんだ?」
「俺に聞くなよ」
「とりあえず転がしとく訳にもいかねぇやな。村に運ぼう」
「台車に乗せちまうか」
「あっはっは! そりゃいい、今日は大物を獲ってきたって訳だ」
命に別状はなさそうだと安心したのか、狩り人たちは腹を抱えて笑い出した。それから二人を台車に乗せて、村への道を再び歩き出す。
彼らが村へ帰ると、女たちが出迎えた。仕事から帰ってくる男たちを村の入り口で迎えるのはサナミィの女たちの習慣だ。村人たちはその日の収穫を、それぞれの家へ帰る前に分け合うのだった。村の入り口には杭が二本立っているだけで、そこを過ぎてしばらく行くと、村の広場に出る。そこで台車から獲物を下ろし、村にいる全員で、仕事が上手くいった事を猟の神ベルグに感謝してから獲物を分ける。しかし今日の広場はいつもと違って、騒ぎが持ちあがった。もちろん、村外れで倒れていた二人のせいである。
「ちょ、ちょっと何よ、これ」
「いやあ、そこの外れで拾ったんだよ」
「何言ってんだい、こんなもの拾う訳がないだろう」
「だって落ちてたんだぜ。いい獲物だろう?」
あっはっは、と狩り人たちは大笑いだが、女たちの方は肩をすくめている。既に、狩りの獲物は台車から下ろされ、各家庭に振り分けられていた。村外れで倒れていた二人は残されて、台車の上に寝かされている。存命である証拠に息はしているが、ぐったりと目を閉じたままだ。
彼らは鎧とマントを身につけていて、着ている服は高価な絹で織られているようだった。その上それらには全て、手の込んだ細工がしてある。その細かな刺繍や、鎧に彫りこまれた模様などは、それらがとても高価なものである事を示していた。
いつの間にか、あたりには人垣が出来ていた。こんな田舎では、誰も貴族と言われるような階級の人間を見た事がなかったので、物珍しそうに覗きこんでは口々に噂(うわさ)しあっている。彼らの意識は主に、二人の容貌に引きつけられているようだった。
寝かされている二人の内一人は少年、もう一人は青年と言えるほどの年齢である。少年は金で縁取られた純白の鎧と水色の房つきマントを身につけ、小さな手には美しい刺繍の施された袋を大事そうに握っている。額には細い金冠をつけていて、柔らかく波打った髪が額にかかっていた。まだ幼い顔つきは愛らしく、目を開ければきっと可愛い表情を見せるだろう、と誰しもが思うような少年である。鎧には所々に美しい宝石が埋め込まれ、鎧自身もまた、実に美しく壮麗な品である。その事から、持ち主の少年が身分の高い者である事はすぐに知れたが、何より、鎧の胸の部分に彫りこまれた王家の紋章を知らぬ者はいなかった。
一方の青年は背が高く、立派な体格の持ち主だった。少年と同じく鎧とマントを身につけていたが、黒基調の鎧は少年のそれに比べるとずっと実戦向けで、よく使い込まれていた。彼の凛々しい顔立ちは精悍な青年のそれで、少し癖のある黒髪は丁寧に整えられている。若い女たちは彼を見ては、ほほを染めてひそひそと言い交わした。男たちはそれを苦々しく眺めていたが、といってこの青年と女性を取り合う気にはなれなかった。もし一人の女を本気で取り合い、決闘したとしても、到底勝てるとは思えなかったからだ。腰に装備している長剣を見て、それを扱えるのは余程鍛えた剣士でなければなるまいと誰もが頷いた。
しばらくして、誰かが呼んできたのか、村の長老が人々をかきわけて現れた。
「こりゃあ……」
長老はそう言ったきり、次にどう続けていいのか言いよどんでいる。周囲の人々の視線が、彼に集まる。長老がようやく口を開きかけた時、青年の方がつと目を開けた。体を起こして苦痛に顔をしかめる。彼は慌ててあたりを見まわし、人垣に驚いたような表情を見せつつも、すぐ横に少年がいるのを見つけて、ほっと息を吐いた。
「失礼ですが……お名前を伺えますか」
長老が、おずおずと声をかける。青年はそれに反応して台車を降りた。
「シキ=ヴェルドーレという。ここはどこか、教えてくれないか」
「サナミィという小さな村ですが……とにかく私のうちへお越し下さい。狭いところですが、台車の上よりはましでしょう」
「すまない」
長老は頷くと、村人たちに向かってそれぞれの家へ帰るように告げた。その声に、人垣はばらばらと散っていく。シキと名乗った青年は、まだ目を覚ましそうにない少年を軽く抱き上げた。
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