Legend of The Last Dragon −第一章(2)−

仕事から帰ってくる男たちを村の入り口で迎えるのはサナミィの女たちの習慣だ。彼らはみなで狩りの成功を喜び、広場へと向かった。

村の入り口には杭が二本立っているだけで、そこを過ぎてしばらく行くと、村の広場に出る。そこで台車から獲物を下ろし、村にいる全員で、仕事が上手くいった事を猟の神ベルグに感謝してから獲物を分けるのである。しかし今日の広場はいつもと違って、騒ぎが持ちあがった。もちろん、村外れで倒れていた二人のせいである。

「ちょ、ちょっと何よ、これ」

「いやあ、そこの外れで拾ったんだよ」

「何言ってんだい、こんなもの拾う訳がないだろう」

「だって落ちてたんだぜ。いい獲物だろ?」

狩り人たちは大笑いだが、女たちの方は肩をすくめている。既に、狩りの獲物は台車から下ろされ、各家庭に振り分けられていた。村外れで倒れていた二人は残されて、台車の上に寝かされている。存命である証拠に息はしているが、意識はなく、目を閉じたままだ。

彼らは鎧とマントを身につけていて、着ている服は高価な絹で織られているようだった。その上それらには全て、手の込んだ細工がしてある。その細かな刺繍や、鎧に彫りこまれた模様などは、それらがとても高価なものである事を示していた。

いつの間にか、あたりには人垣が出来ていた。こんな田舎では、誰も貴族と言われるような階級の人間を見た事がなかったので、物珍しそうに覗きこんでは口々に噂(うわさ)しあっている。彼らの意識は主に、二人の容貌に引きつけられているようだった。

寝かされている二人の内一人は少年、もう一人は青年と言えるほどの年齢である。少年は金で縁取られた純白の鎧と水色の房つきマントを身につけ、小さな手には美しい刺繍の施された袋を大事そうに握っている。額には細い金冠をつけていて、柔らかく波打った髪が額にかかっていた。まだ幼い顔つきは愛らしく、目を開ければ皆が魅了されるような笑みを見せるだろう、と誰しもが思うような少年だった。鎧には所々に美しい宝石が埋め込まれ、鎧自身もまた、実に美しく壮麗な品である。その事から、持ち主の少年が身分の高い者である事はすぐに知れたが、何より、鎧の胸の部分に彫りこまれた王家の紋章を知らぬ者はいなかった。

一方の青年は背が高く、立派な体格の持ち主だった。少年と同じく鎧とマントを身につけていたが、黒基調の鎧は少年のそれに比べるとずっと実戦向けで、よく使い込まれていた。彼の凛々しい顔立ちは精悍な青年のそれで、少し癖のある黒髪が乱れて額にかかっていた。若い女たちは彼を見ては、頬を染めてひそひそと言い交わした。男たちはそれを苦々しく眺めていたが、といってこの青年と女性を取り合う気にはなれなかった。もし一人の女を本気で取り合い、決闘したとしても、到底勝てるとは思えなかったからだ。腰に装備している長剣を見て、それを扱えるのは余程鍛えた剣士でなければなるまいと誰もが頷いた。

しばらくして、誰かが呼んできたのか、村の長老が人々をかきわけて現れた。

「こりゃあ……」

長老はそう言ったきり、次にどう続けていいのか言いよどんでいる。周囲の人々の視線が、彼に集まる。長老がようやく口を開きかけた時、青年の方がつと目を開けた。体を起こして苦痛に顔をしかめる。彼は慌ててあたりを見まわし、人垣に驚いたような表情を見せつつも、すぐ横に少年がいるのを見つけて、ほっと息を吐いた。

「失礼ですが……お名前を伺えますか」

長老が、おずおずと声をかける。青年はそれに反応して台車を降りた。

「シキ=ヴェルドーレだ。ここはどこか、教えてくれないか」

「サナミィという小さな村ですが……とにかく私のうちへお越し下さい。私は長老ギフルダーラと申します。家はそう広くもありませんが、台車の上よりはましでしょう」

「すまない」

長老は頷くと、村人たちに向かってそれぞれの家へ帰るように告げた。その声に、人垣はばらばらと散っていく。シキと名乗った青年は、まだ目を覚ましそうにない少年を軽く抱き上げた。

暖かい部屋では暖炉が赤々と燃えている。長老はシキの正面、ゆったりとした椅子に腰をかけ、こわばった表情を見せていた。

「すると、間違いなく反乱だと……」

「ああ、そうだ。以前から良くない噂はあったものの、まさか本当に反乱が起きるとは思ってもみなかったのだ。迂闊(うかつ)にもほどがある……」

「シキ様のせいではありませんよ。とは言え、心中お察し致します。……サナミィは田舎の村、まさかレノア城でそのような事が起きておりますとは、思いもしませなんだ。では、シキ様が連れておられたあの少年はやはり……」

「長老よ。俺は、お前を信用に値する人物だと思っている。しかし確認しておくが、お前は忠実なるレノアの民だな」

「もちろんでございます」

「では、レノア王家に忠義を誓えよ。……俺がお連れしているあの方は、レノア国の第二王子、エイル=ダルク=レノア殿下だ」

「おお! 紋章から王家の方だとは思っていましたが……」

「エイクス王と王妃マードリッド様、そして第一王子のシエル殿下がお亡くなりになった今、エイル王子だけが正当な王位継承者。王子が生きている事が王都の反乱軍に知られたらと思うと……」

両手でこめかみを押さえる。城から無事に転移出来たはいいが、辿り着いたのはレノアの片田舎。城は恐らく反乱軍に乗っ取られ、取り返そうにも王子と自分一人ではどうにもならぬ。とりあえず信用のおける人物に出会う事は出来たようだが、未来は闇に覆い隠されていると言っていい。シキは思考をまとめようと、精一杯努力していた。そのシキに向かって長老が問いかける。

「シキ様、今なんと仰られました? エイクス王……?」

「それが疑問か? たった今忠臣だと言ったその口で、自国の王の名を尋ねるとは……」

 老人は、何とも妙な顔をしている。不思議に思ったシキの眉根が寄った。

「いえその……エイクス王というのは……」

長老が再び質問しかけたその時、奥の部屋へ続く扉が開いて一人の少年が姿を現した。真っ直ぐな姿勢から溢れる気品が、育ちの良さを物語っている。少年がシキに目をとめて歩き出すより早く、シキが少年の元へ駆け寄ってひざまずく。心配そうな瞳で主君を見上げる姿は、忠臣そのものである。

「エイル様、大丈夫ですか! お身体の具合は……」

「うん。平気だ。……それより、ここは?」

「ここはレノアの領地内、マグレア地方のサナミィという村でございます。長老に事情を話しまして……」

「ああ、そうか」

最後まで聞かずに、エイルは椅子に腰掛けた。長老が席を立って、少年の前で腰を折る。

「初めてお目にかかります。サナミィのギフルダーラと申します」

少年はそれに一瞥をくれたが、ふっと視線をそらすと、やおらシキに向かって口を開いた。

「シキ、喉が渇いた。何かないか」

長老の挨拶には目もくれないといった態度。シキはしばし目を閉じて逡巡した。そして静かに、しかしきっぱりとたしなめた。

「王子。まずはギフルダーラ殿にご挨拶を。我々を救ってくれた村の長老です」

「ああ……そうか。ご苦労だった。礼を言うぞ」

ひざまずいたままの長老に軽く声をかけただけで、エイルは再びシキに飲み物をねだり始める。

「すぐに持ってこさせましょう」

長老は気にする様子もなく立ち上がり、小間使いを呼んでいくつか申し付けた。すぐに飲み物と軽食が運んでこられ、少年王子は満足した様子でそれらに手をつけた。皿の上のものを全て片付け終わると、ちょっと不満げな顔で呟く。

「王宮の食事と随分違うんだな。まあ、仕方ないか」

「エイル様。ジルク殿は、詳しい事は王子に伺ってくれと言っておりました。これから先の事も相談しなくてはなりません、お話し下さいますか」

「……ああ、うん」

そういって重たそうに開いたエイルの口から、王宮の老司祭から聞いた話がぽつぽつと零れ落ちる。反乱の起きた朝、ジルク老がレノアの行く末を占った事……。絶滅したはずの竜によって世界が破滅させられるという結果……。それを防ぐために『同じ顔の子供が二人』必要だという事……。話し終わった時、部屋には不自然なほどに重い沈黙が満ちていた。長老が緊張した顔で告げる。

「……同じ顔の子供なら、サナミィにおります」

「え?」

「本当か、長老!」

エイルとシキが同時に反応する。長老はそれに答えて頷いて、立ちあがった。

「ええ、すぐにでも呼びましょう」

「いや、殿下もお疲れでいらっしゃるでしょうから、明日にでも……」

気づけば、すっかり夜も更けている。シキは王子の身体を気遣ってそう言うと、一晩の宿を長老に願い出た。長老はそれを快く受け入れ、明朝にでも使いの者をやると約束した。

チェスターの家では、ルクレリアが久々に本格的な予見をしようとしていた。夢で見た事が本当に起きる事なのか、司祭として調べようという訳である。しかしいざ始めようというところへ、長老からの使いがやってきたのだった。

「そういう訳ですので、朝早くからすみませんが、お子さんを長老の家によこして下さい」

「分かりました。用意をしたらすぐに伺わせます」

使者が帰るとルクレリアは子供たちを呼び、身支度を整えさせた。チェスターとルクレリアは、王侯貴族に会う事など滅多にない、と緊張していたが、子供たちはどちらかというとわくわくしている様子だ。

「遊びに行くんじゃないのよ。きちんとご挨拶しなきゃいけないし……」

「分かってるよ、母さん」

「大丈夫よ」

明るく言う二人を見ていると、どうも不安が拭い切れないルクレリアである。「本当に大丈夫かしら」と言いながら、二人に上着と帽子を手渡した。

村は、運びこまれた少年と青年の噂でもちきりだった。広場を横切って長老の家に向かう双子に、人々の視線が集まる。クリフとクレオはなんだかいい気分になった。自分たちが選ばれた、特別な存在であるような気がしたのだ。

クリフとクレオが生まれた時、村には驚嘆の声が上がった。二人の子供が、一人の母から同時に生まれる事など、今まで絶対にあり得なかったからである。縁起が悪いからどちらかは殺した方がいいという意見すらあった。しかしルクレリアとチェスターの心は決まっていて、人々の声にも意思を変える事はなかった。これが運命なら、この子たちには何かしらの使命があるのだろう。それがルクレリアの言葉だった。

二人が育っていくと、騒ぎは更に広がった。子供たちの顔があまりにも似ていたからだ。似ているというより、まったく同じと言うべきだった。顔や瞳の色形、髪質、手足の形に至るまで、二人は写し取ったようにそっくりだった。村人たちは、双子は自分たちと違う異端の存在であるとして、ある者は恐れ、またある者は邪な好奇心を持って彼らと接した。

子供たちを遠くの町の学校へやる者は少ない。子供たちは友達を村の中で作るほかなかった。しかしクリフとクレオには、いまだに友達と呼べるような者がいない。村の子供たちはクリフたちの事をからかったり、気持ち悪がったりするので、クリフもクレオも彼らと行動を共にする事もなかった。また子供たちだけでなく、その親も、チェスター一家とはあまり付き合おうとしなかったのである。

しかし、二人が自分たちを孤独だと思っている訳ではなかった。いつでも相手が隣にいるからである。彼らは生まれた時からずっと一緒で、お互いがお互いを補い合って育ってきた。クリフにとってはクレオが、クレオにとってはクリフが、誰より大切な兄弟であり、友達であり、自分の半身だった。彼らは、自分たちの事を二人で一組だと思っていたし、お互いがいればそれで満足だった。そしてこの絆は、彼らが成長するごとに深まったのである。

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