Legend of The Last Dragon −第一章(3)−

クリフたちが向かった長老の家は、村で一番立派な屋敷だった。二階建てで、真っ白な壁に赤茶の屋根がよく映える。庭も広く、全体的に丁寧な手入れがされていた。クリフが大きな一枚板の扉を叩くと、先ほど彼らを呼びに来た少年が中へと招き入れ、長老が待っている客間に双子を案内した。暖かい部屋に入ると、赤々と燃える暖炉がすぐに目につく。暖炉の前にはゆったりとした長椅子があり、長老と青年が腰掛けていた。

「朝も早くからすまないな。ささ、そこへかけてくれ」

二人は長老が促すままに、向かいの長椅子に身を沈めた。

「こちらの方をご紹介しよう。シキ様だ」

その言葉に、長老の横の青年が軽く頷く。

「レノア王国騎士団、緑旗隊副隊長のシキ=ヴェルドーレという。以後よろしく頼む」

「クリフです」

「クレオです」

二人はさすがに緊張していたが、それを押し隠して名乗った。青年はクリフとクレオを順に見つめたが、特に顔色を変える事もなく、それと対称に、双子の顔に少々驚いたような表情が浮かんだ。初めて会った人に驚かれないのはこれが初めてだった。

小間使いが部屋に入ってきて、暖かいお茶の控えめな香りが部屋に広がる。

「シキ様には色々とご事情がおありでな。お話を聞いたのだが、どうやらとんでもない事になっておるようじゃ。……実は、レノアのお城で反乱が起きたらしい」

「残念ながら、本当の事だ」

シキが今までの事情を説明した。話を聞いて、クリフが納得したように頷く。

「それで僕らが呼ばれたんですね」

「同じ顔の子供たちなんて、私たちくらいのものですもんね」

自分たちが見た、世界が破滅するという夢は嘘じゃなかったのか……暗い表情のクリフとは逆に、クレオはむしろ得意気だ。目の前の青年騎士は真剣な眼差しである。

「正直に言おう。お前たちがいたとして、それで何がどうなるのか、俺にも分からないのだ。とにもかくにもジルク殿に引き合わせねばならないが、城が、レノアがどうなっているのかすら分からない。ともかく、レノア城下の様子を見に戻ってみようと思っているが……」

「シキ様」

ずっと黙っていた長老が思い出したように口を挟んだ。

「昨日お話を伺った時から思っていたのです。大変失礼とは思いますが、どうか真剣に答えていただきたい」

「なんだ?」

「私はレノアの忠実な民です。田舎者とはいえ、国王の名を知らないはずもありません。昨夜、シキ様はエイクス王が亡くなられ、第二王子のエイル殿下をお連れだと仰いましたが……私の知っているレノア王の名は、グリッド王です。グリッド様は名だたる賢王としてその名を馳せています。そして、王には……まだ世継ぎの王子がいらっしゃらないはずです」

「何を馬鹿な事を! グリッド王など、聞いたこともない。俺を謀(たばか)ろうと言うのか」

「め、滅相もない。そのような……。私に何の得もありません。シキ様、どうかお教え下さい。エイクス王はレノアの何代めの王であらせられるのかを」

「下らぬことを。エイクス=ヨハネ=シュレイス=レノア様は第十三代レノア王だ」

「……グリッド王は、第三十七代レノア王」

クリフが呟き、その場の空気が凍りつく。その沈黙を破り、長老が静かに続けた。

「そう、レノアの民であれば子供でも知っています。……信じられないとは思いますが、やはり、反乱は起きていないのでしょう。そして、シキ様たちは……」

「いや! 反乱は確かに起きた。俺にはあの時の驚愕と、戦った感覚がまだ残っているのだ」

「レノアに行けばいいじゃないか」

突然、木の扉から声が聞こえてきた。そしてその可愛らしい声の持ち主は、微笑を浮かべて扉の向こうから現れた。言わずもがな、エイル王子である。無邪気な笑顔のまま、少年は繰り返した。

「レノアに行けばいい。行ってみれば分かるだろう、反乱が起きているかどうか」

「元より、私は行くつもりでおりました。しかしエイル様をお連れする訳には参りません」

シキが決然として答える。彼は反乱が起きたと信じている。確かに反乱が起きたのであれば、今や、残された正統な血筋は唯一エイル王子のみ。反乱軍が城を乗っ取っているとすれば、この人ほど命を狙われる存在はない。そんな危険な場所に大切なご主君を連れて行けようか。が、もしや……。別の考えが頭をよぎる。もし、万が一にも長老の言う事が正しいのだとしたら……。

「では、こうなさいませ。エイル殿下は一時この村でお預かり致します。レノア城下までは片道十日と少し、シキ様が様子を見て帰ってこられては……?」

長老の提案である。しかしエイルはつまらなそうに唇を尖らせた。

「嫌だ。シキが行くなら私も行く」

「殿下、それはなりません。輿も馬もなく、従者もおらず、きちんとした準備も出来ぬというのに、王子が旅をするなど……」

「私は行く」

「いや、ですから……」

「こんなところに残るなんて嫌だ!」

――こんなところとは何よ。

クレオは心の中で呟いた。王子様って言うからどんなに格好いいのかと思ったら、単なるわがままな子供じゃないの、偉そうに……。クリフはそんな妹を横目で見ている。クレオが何を考えているか、双子の兄にはよく分かる。苦笑を洩らす。シキは何とか説得しようとなだめすかしていたが、結局は折れることになった。エイルは得意満面で頷き、シキに向かって人差し指を立てた。

「いいか。もう私を置いて行くなどと言うなよ」

「かしこまりました。では、くれぐれも言っておきますが、決してご身分を明かされないよう」

「分かった分かった」

エイルは片手をひらひらと振る。シキは諦めたように天を振り仰いた。一転して真剣な顔つきで、双子を振り返る。

「お前たちもついてきてくれないか」

「えっ」

なんとなく予想していたとは言え、その言葉を実際に聞くと衝撃が走る。二人の子供たちは、お互いの顔を探るように見つめあった。しばらくの間、気まずい沈黙が流れたが、クリフは決心して口を開いた。

「僕、行きます」

「そうか。聞けば一度も村を出た事がないそうだな。……危険な事もあるかも知れないが」

「僕らが、なんの役に立つのかは分かりません。でも、世界の破滅を救えるかもしれないんでしょう? ……それに、お城に行って帰ってくるだけかもしれないし」

「クリフが行くなら私も行きます」

クレオもきっぱりと言った。その唇がちょっと震えているのを目ざとく見つけたエイルが、意地悪くからかい出す。

「怖がっているのではないか、お前」

「何言ってんのよ、怖くなんかないわよ」

「何だと、無礼な口を利くな、田舎娘! 私を誰だと思っているんだ」

「田舎娘って何よ! あんたこそ今は王子じゃないかもしれないのに……!」

そこまで言って、はっと口を抑える。エイルの大きな目がより見開き、口元とこぶしがわなないていた。

「……無礼者め!」

勢いよくあがったエイルの手が、大きな手につかまれて止められる。

「離せ!」

「今のはエイル様にも非がおありですよ。……しかし、クレオも言い過ぎだな。王族に対する口の利き方ではない」

「ごめんなさい……そんなつもりじゃなかったんだけど」

エイルは何か言いかけたが、そのままシキの手を振り払うと奥の部屋に駆け込んだ。残されたのは気まずい沈黙だけだった。

ルクレリアは暗い表情でうつむいたまま、深い考えに沈んでいた。自分が生んだ二人の子供。同じ時に、まったく同じ姿形を持って生まれてきた子供たちには、きっと特別な運命が待っているのだろうと思っていた。でも、それがこんな形で来るとは。あの子らは何のために生まれてきたのだろうか。夢に見た「世界の破滅」を救うために……? 二人に一体、何が出来ると言うのだろう。

一方、双子の父であるチェスターもまた、考え込んでいた。子供たちが村の中で馴染んでいないという事は明白な事実だ。自分やルクレリアすら、陰口を叩かれる事があるのだから、子供たちはどんな思いをしているだろう。クリフもクレオも、このまま大人になり、この村で幸せに暮らしていけるのか……? チェスターの首は、力なく横に揺れるばかりだった。そして彼は、目の前の二人に向かって告げた。

「いいか、村を出るというのはそれほど気楽なものじゃない。いつも俺が言っている事、覚えているなクリフ」

「うん。家を出る時は、二度と帰って来られないかもしれないって……」

「そう、俺はいつもそう思って家を出る。クリフとクレオも、狩りに行くのではないが、帰って来られない可能性がないとは限らん」

「大丈夫よ、だってレノアに行って帰ってくるだけ……」

「いや。もし行くと言うなら、二度と私たちに会えないかもしれないと思って行け」

「お父さん……」

「チェスターはね、そのぐらいの覚悟がいるんだって言っているのよ。いい? あなたたちの運命は、クタールに握られているわ。予見でも、何も見えなかったでしょう? 運命の神クタールが隠しているのよ。チェスターも私も心配で仕方ないわ。でも……あなたたちは行かなくてはならない。そんな気がするの」

「ルクレリアが言うんだ、きっとお前たちは旅立つ運命にあったのだと思う。同じ日に同じ顔で生まれた事も、シキ様たちがこの村へ来た事も、きっと全てクタールの仕業なんだろう。……さあ、支度をしてきなさい」

クリフとクレオは真面目な顔で頷くと、準備をするために階段を駆け上がっていった。チェスターが大きく息を吐く。

「……本当に、これで良かったのか」

世の中の両親がおしなべてそうであるように、この二人も親として、我が子が心配でならなかった。ルクレリアは夫の顔を潤んだ瞳で見つめる。チェスターは黙ってその身体を抱き寄せた。

「大丈夫だ。きっと、レノアへ着いたらすぐに帰ってくる」

「そう、きっとそうね……」

そう言いながら、彼らは子供たちが二度と帰ってこないかもしれないと思っていた。何故かは分からずともそんな予感がして……そしてその不安はどうしても消す事が出来なかったのである。ルクレリアは声を立てずに涙した。支えるチェスターの手に、力がこもる。

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