LL index≫第一章(一気読み) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)
ルクレリアは暗い表情でうつむいたまま、深い考えに沈んでいた。……自分が生んだ、二人の子供。同じ時に、まったく同じ姿形を持って生まれてきた子供たちには、きっと特別な運命が待っているのだろうと思っていた。でも、それがこんな形で来るとは思いもしなかった。あの子らは、このために生まれてきたのだろうか。夢に見た、世界の破滅を救うために……? 二人に一体、何が出来ると言うのだろう。
一方、チェスターもまた、考え込んでいた。子供たちが村の中で馴染んでいないという事は明白な事実だ。自分やルクレリアすら、陰口を叩かれる事があるのだから、子供たちはどんな思いをしているだろう。クリフもクレオも、このまま大人になり、この村で幸せに暮らしていけるのか……? チェスターの首は、力なく横に揺れるばかりだった。そして彼は、目の前の二人に向かって告げた。
「いいか、村を出るというのはそれほど気楽なものじゃない。いつも俺が言っている事、覚えているなクリフ」
「うん。家を出る時は、二度と帰って来られないかもしれないって……」
「そう、俺はいつもそう思って家を出る。クリフとクレオも、狩りに行くのではないが、帰って来られない可能性がないとは限らん」
「大丈夫よ、だってレノアに行って帰ってくるだけ……」
「いや。もし行くと言うなら、二度と私たちに会えないかもしれないと思って行け」
「お父さん……」
「チェスターはね、そのぐらいの覚悟がいるんだって言っているのよ。いい? あなたたちの運命は、クタールに握られているわ。予見でも、何も見えなかったでしょう? 運命の神クタールが隠しているのよ。チェスターも私も心配で仕方ないわ。でも……あなたたちは行かなくてはならない。そんな気がするの」
「ルクレリアが言うんだ、きっとお前たちは旅立つ運命にあったのだと思う。同じ日に同じ顔で生まれた事も、シキ様たちがこの村へ来た事も、きっと全てクタールの仕業なんだろう。……さあ、支度をしてきなさい」
クリフとクレオは真面目な顔で頷くと、準備をするために階段を駆け上がっていった。チェスターがため息をつく。
「……本当に、これでよかったのかしら」
世の中の両親がおしなべてそうであるように、この二人も親として、我が子が心配でならないのだ。ルクレリアは夫の顔を潤んだ瞳で見つめる。チェスターは黙ってその身体を抱き寄せた。
「大丈夫だ。きっと、レノアへ着いたらすぐに帰ってくる」
「そう、きっとそうね……」
そう言いながら、彼らは子供たちが二度と帰ってこないかもしれないと思っていた。何故かは分からずともそんな予感がして……そしてその不安はどうしても消す事が出来なかったのである。ルクレリアは声を立てずに涙した。支えるチェスターの手に、力がこもる。
そして旅立ちの朝――。
両親と違い、子供たちはすっかり浮かれていた。一度も村を出た事のないクリフとクレオにとっては、色々な事を見聞きし、経験する初めての機会である。その興奮のために昨夜はあまり寝られなかった。夜遅くまで暖かな布団の中でなんのかんのと話していたのだ。……どんな事があると思う? 夜はどこで寝るのかしら? ご飯もあんまり食べられないかもよ。でもきっと楽しいよ……話は汲めど尽きせぬ泉のように、次から次へと湧いて出た。不安ももちろんあったが、期待がそれを超えていた。レノアで反乱が起きているかどうかや、世界の崩壊や竜の存在といった話は、彼らにとって現実味のない夢物語に過ぎない。いまだにどこか別の国での話のような気がするのだ。それより彼らにとっては、王都レノアへ行ける、何よりこの小さな村を出られる事が嬉しくてならなかった。どんな冒険も危険も、自分の半身がいればきっと大丈夫、切りぬけられる。双子の胸は希望に膨らむばかりだった。
しばらく待っていると、騎士と王子が広場の反対方向から歩いてきた。サナミィへ現れた時とは違い、二人とも鎧は身に着けていなかった。恐らく長老が用意したのだろう、ごく普通の村人が着るような服を着ている。傍目から見る分には、一般的な青年と少年にしか見えない。ただ、シキがその腰に着けている長剣だけは、少々不釣合いにも見えた。
「おはようございます」
クリフが丁寧に頭を下げる。クレオは長いスカートを持って膝を折った。王侯貴族様は、こういう挨拶の仕方をするものだというのを、ルクレリアに聞いたことがあったのだ。シキは爽やかな笑顔でそれに答え、気取ったお辞儀をしてみせた。それから真剣な顔で言い聞かせる。
「さてこれからの事についてだが、いくつか言っておかねばならん事がある」
「はい」
「まずエイル殿下は身分を隠してのお忍びだ。俺にしても、王宮騎士という身分は隠しておかねばならん。鎧など身分の分かりやすいものは長老に預けたが……」
「特に王子の鎧は分かりやすいですものね、すぐばれちゃうわ」
「ええい、うるさいな。そんな事くらい誰でも分かる」
クレオとエイルはどうも反りが合わないようだ。つんとそっぽを向く双子の片割れに、エイルは舌を出して見せる。
「殿下、お行儀が悪いですよ。……えーと、それで心得ておいてもらいたい事だが、エイル殿下を王子と呼ばぬよう……」
「私が王子でなくてなんだと言うんだ! いいか、シキは知っていて当然だが、お前たちにも言っておくぞ!」
言いかけたシキの言葉尻を捕らえてエイルがくってかかる。重いものなど持った事もなさそうな細い指を振って、双子に対して早口に言い始めた。
「運命の神クタールの名に掛けて、私はレノア王国の正当なる王子、エイル=ダルク=レノアだぞ。無礼な口をきく事はもちろん、本当なら同じ高さでなど話さぬのだからな! 知恵の神にしてレノアの代々の守護神であるバダッフの名に掛けて、私はレノアの王子であると主張するぞ!」
一気にまくし立てた最後の方は、シキに向かっての言葉だ。シキはため息をついて頭を抱えた。
「殿下、よろしいですか、もし殿下のご身分が知れたら大変な事になります。この間も申し上げましたが、それを避けるためにご身分は決して明かされぬように……」
「そのくらいは分かっている!」
「では……」
「うるさい、分かった。もういい」
腕を組んで後ろを向いてしまう。双子はそのやり取りに、顔を見合わせて肩をすくめた。シキはこれから先の事を思いやると、その精悍な顔を少々曇らせざるを得なかった。
「まあ普段は気にする事もございませんが、人のいるところなどでは極力目立ちたくありませぬ。どうか、ご理解下さい殿下。ご気分を損ねた事は、このシキ、心より謝罪致しますゆえ」
シキがそう言うと、エイルの肩が反応した事を示して少し揺れた。少年はマントをひるがえして振り返ると、極上の笑みをたたえて言い放った。
「では、許してやろう」
クレオはその尊大な態度に呆れて声も出ない。駄々をこねてシキを困らせているのはエイルだ。どう見ても悪いのはエイルの方でしょ、と言いかけようとして、双子の兄に止められる。何で止めるの、といった顔で兄を睨む。クリフの「こないだも同じ事やったろ」という言葉は、口には出さなかったが、すぐに通じたようだ。クレオは大きく息を吸い込んで、自分を抑えている。クリフはその様子を見て笑う。シキもつられて微笑んだ。
「そろそろ行くとしようか」
こうして彼らは長い長い旅の、その初めの一歩を、踏み出したのである。
この出会いが後世に長く語り継がれる事になる『運命の出会い』である事を四人が知る術はまったくない。大陸全土を巻き込み、全ての運命が激変していく事に気づいている者もまた、世界中のどこにも存在していなかった。それはただ、自分の手の平に運命の四人を乗せたばかりの、運命の神クタールのみが知り得る事だったのである。
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