LL index≫第二章(一気読み) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14)
「あたしがこのお兄さんを脱がせようったって無理な話だろう、坊や? 無茶言うんじゃないよ。第一、男の服なんて脱がせられるもんかね!」
「私だって男だ!」
「あーっはっはぁ、こりゃあいいね! ……まったく、あんたはまだ子供だろ。さあさあ、とっとと上に行って濡れた荷物を乾かしてきな。二階の一番奥の部屋だよ」
まったく相手にしてもらえないので、エイルにしてみれば憤慨の極みである。シキはといえば、やはり笑いを必死でかみ殺している。顔を背け、口に手をあてて堪えている様子に、エイルは尚更腹を立てた。頬を膨らませ、唇を噛んで、階段を駆け上がっていく。それを見ていたおかみさんは、笑い疲れた様子でシキに話しかけた。
「随分とこまっしゃくれた坊やだねぇ」
「ちょっとな、育ちのいい家の子なんだ」
「なるほどね。どんな事情があんのか知らないけど、あれじゃ世の中渡っていけないよ。世間知らずってな、あの子のためにあるような言葉だねえ」
しみじみとした言葉に、シキは苦笑するしかなかった。夕食も頼むと言って、階段を上がっていく。その後姿を眺めながら、おかみさんはにんまりと笑う。
「脱がせられるもんなら、脱がしてみたかったね」
それから慌てて首を振り、自分で自分を笑い飛ばすとスープを作りにかかった。
その夜、シキは早速街の探索に出た。エイルは不安なのか、夕食を食べた後もずっとシキにくっついて離れなかったのだが、疲れが溜まっていた証拠に、シキがふと気づくと椅子に座ったまま眠っていた。それを起こさぬようにそっと寝かせ、シキはようよう宿を抜け出してきたのである。
普通の町なら日が沈んでしまえば静かになる。人々は「ハーディスとメルィーズが司る時間」を生きているからだ。日の出とともに起き、月の出とともに寝る。それが当然の生活であった。また、夜は火を灯さねば活動出来ないので手間暇がかかる。それも、夜の町が静かな理由の一つだ。
「魔術師」と呼ばれる人々は大抵の町で、便利屋として働いている。彼らの術法は、ちょっとした労働の手間を省く。例えば、薪を使って火を焚くのも彼らに頼めばずっと早いし、雨水から不純物を取り除く事も、彼らにとっては何でもない事だ。彼らはそういう日常の雑事を引き受ける事で生活していた。当然、簡単な事であれば安価だし、難しい事には高額の謝礼を支払う。
何もない状態で火を灯し続けるというのは非常に高度な術法であるらしい。魔術師たちに火を灯し続けてもらうのには高い金を払わねばならないし、もちろん、一晩中自分たちで油を燃やし続けるのにも、大金がかかってしまう。となると、高い金を払ってまで夜中起きているのは余程の金持ちだけである。大抵の町の人々にとっては、「日が沈んだら寝る」というのが常識なのだった。
しかし、旅人の交通が激しいイルバの街は、いつまでもたっても騒がしい。火を灯すのに高い金を払っても、客がより多い金を落としていくのだから、夜の間も店を開ける方がいい。仕事を求める人々が街に溢れているのだから、人手が足りないという事もない。イルバは毎晩のように盛況だ。もちろん今夜も、イルバの人通りが絶える事はなかった。いくつも並んだ店の窓から明かりと人々の声が漏れている。市場もそのいくつかは夜通し開かれていて、人々の出入りも十分にある。酒場などの人が集まる場所も、そのほとんどが朝まで営業しているのだった。
やたらと多い酒場の内、シキは特に大きな一つを選んだ。「デルファーナの店」と書いてある看板の下、大きな板扉を開けて中へ入っていく。店は半分地下に埋まっているような、妙な作りになっていたが、その理由はすぐに分かった。天井がやたらに高いのである。石造りの建物は、外から見る分には周りとさして違いはなさそうに見えたのだが、中に入ると、床が低く作られている分だけ天井が高く感じられるのだった。
既に夜半過ぎだというのに、この店も他の店と同じく満員御礼といったところだ。そこここで人々が杯を交わしている。シキはその中をかき分け、店の奥へ向かった。店主は一目でそれと分かる、恰幅のいい中年だ。ひげを生やした仏頂面で杯を磨いている。シキが銅貨を数枚置くと、低い声で「よう」と言った。
「レオニー」
シキも短く酒を注文する。店主は、細長いガラスの杯に青く澄んだ酒を注いだ。シキは透明な杯など見た事もなかったので戸惑ったが、どうやら店主のご自慢のようである。
「綺麗なもんだろう。そう手に入るもんじゃねぇ。……あんた、見ねえ顔だな。イルバは初めてかい?」
「ああ、旅をしてるんだ。ここらは不慣れなので、色々話を聞こうと思っているんだが」
「ふん」
あまり愛想の良くない店主だな……だがしかし初めての客だ、こんなものだろう。シキは肩をすくめると、少し背の高い木の椅子に腰掛けて店を見まわした。店内には多くの人が溢れていたが、一段高くなっているこのあたりはそれほどでもない。置いてある背の高い椅子の内、半分程度が埋まっているに過ぎなかった。一番端はどう見ても酔っ払って寝ているとしか思えないような男で、椅子にも座っているのか寄りかかっているのか、はっきりしない。すっかり泥酔しているようで、真っ赤な顔に無造作な金髪が散らばっていた。まくった袖から見える腕は太く、古い傷痕がいくつもある。時折唸るような声を上げているところを見ると、いびきをかいて寝ているのだろう。
そばに座っている二人組は傭兵だ。身なりからそれとすぐ分かる。身につけた革の鎧にイルバの紋章が入っているから、領主ダルケスの私兵なのだろう。腰に挿しているのは飾り気のない、よく使い込まれた護身用の剣だ。鍛えられた体躯は若く、力が溢れているように見える。彼らはいかにもいい気分といった雰囲気で、大きな声を上げて笑ったりするかと思えば、また低い声で語り合ったりもしている。仲のいい戦友といったところだろう。長い黒髪の方はどちらかというと無口で、短い金髪が一人でしゃべっているといった感じだった。
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