Legend of The Last Dragon −第二章(5)−

イルバの傭兵たちが席を立った頃には随分と夜も更けていたが、それでも店内の机の大部分はまだ埋まっていて、あちらこちらで歌や笑い声が湧きあがっていた。酒場の夜はますます佳境、といったところだろうか。シキは観察を続けていたが、情報をもたらしてくれそうな者はあまり見当たらなかった。しかし夜は長い。シキは相変わらず黙ったまま、杯を傾けている。しばらく一人で飲んでいると、肌をあらわにした女が寄ってきた。

「こんな夜に、一人で飲んでるの?」

「まあな」

「随分立派な剣ね。旅の剣士、ってとこかしら」

「……用は何だ」

「あら、決まってるじゃない?」

「そんな暇はないんだが」

丁重に断ったつもりのシキだったが、彼女は汚い言葉を吐き捨てると、シキの座る椅子の足を蹴飛ばして去っていった。

――馬鹿にしたわけじゃなかったんだが……。

独りごちて、杯の中身を空ける。並びの席に、新たな客が増えていた。戦士三人が吟遊詩人を囲むように座り、歌を聴いている。吟遊詩人の中でもセラベルと呼ばれる、歌専門の詩人のようだ。戦士たちの冒険を即興歌にしては誉めそやされている。シキは上の空で聞きながら、「たいした歌でもないな」と考えていた。しかしその歌声に周りの客も寄ってきて、セラベルはいよいよ調子に乗っている。彼らがあまりに騒ぐので、シキはだんだんと追いやられ、気づくと端の方に座る羽目になっていた。泥酔している酔っ払いは、シキが席についた頃と同じ姿勢のままだ。相変わらずいびきをかきながら、机に突っ伏している。ため息をつきながらシキはその隣の椅子に腰掛けた。店主に酒を頼みながら話しかける。

「この街で一番の情報屋といったら誰だい?」

「……」

無言の店主にシキは肩をすくめたが、机に1/10銀貨を数枚置いて言った。

「よかったら紹介してくれないか?」

店主は銀貨を素早く取ると、あごで隣を指し示した。シキが横を見ると、酔っ払っていたはずの男が起きあがり、頭をかいている。

「なんだ兄ちゃん、俺に用かい」

「情報屋だったのか?」

「ラグリアードだ。ラグルでいいぜ。よろしくな兄ちゃん」

ラグルは、今の今まで酔っ払って寝ていたとは到底思えないような口調で話し出した。赤ら顔はそのままだが、酔っているような様子はまるで感じない。シキは驚きを抑えて答えた。

「俺は旅行者なんだが……最近このあたりで何か変わった事はないか」

「はっ、そういうのは吟遊詩人に聞きなよ。ほらちょうどいい、そこで歌ってるじゃねえか」

「誇張された物語が聞きたいわけじゃない。俺が知りたいのは正確な情報だ」

「ふぅん、情報ねえ……」

ラグルはやる気もなさそうに頭をかいていたが、その目が店主に行く。シキは訝(いぶか)しげに目を細めたが、納得して頷いた。

「何かおごろうか」

「そうかい? 悪いね。じゃ、あんたと同じのでいいよ」

「店主、レオニーをラグルに」

「あいよ」

店主がまるで分かっていたかのように、シキのものと同じ、透明な杯を差し出した。ラグルは青く透き通った酒をちょいちょいっとなめる。

「イルバは初めてだと言ってたな、色男。旅をしてるんだって? どこから来たんだ?」

シキと店主が交わした短い会話も聞き逃してはいないらしい。やる気のなさそうな態度だが抜け目のない男のようだ。ぼさぼさの金髪は艶がなく、どうひいき目に見ても清潔ではない。綿の上着もしわだらけのものを着ている。しかしシキを見る目つきには、自分の客を見定めようとする鋭さがあった。

「レノアからだが……事情があってな。人探しをしてるんだ」

「なんだ、欲しい情報ってのぁその事かよ。名前は? どこにいるのかとか見当はついてんのか」

「いやそういう情報はまったくない。優秀な魔術師を探しているというだけだ」

「なんだなんだおい、随分漠然としてやがんな」

「まぁ、そうだな。何の当てもない旅だ。イルバなら色々な噂が聞けるだろうと思って来たんだ。大陸一の魔術師と言ったらラグルは誰だと思う?」

「さあなぁ……。一番ってのを、誰が決めるのかによるな。……どうでもいいが、その『大陸一の魔術師』なんかに何の用なんだ」

「まあ、ちょっとな」

「ふん。強力な魔術を使える魔術師となると、そう簡単にはな……」

口ごもりながら杯を傾けるラグルの様子は、何か隠しているようにも思える。求める情報がそう簡単に手に入るとは思えなかったが、別の事を聞けるかもしれない。何しろ旅には出たが、行く当てはないのだ。どんな些細な事でも、尋ねてみる価値はあるだろう。シキは言い方を変え、いくつかの事を聞いたが、そのどれに対しても明瞭な答えは返ってこなかった。お互いに探り合う状態がしばらく続く。他愛もない話やくだらない噂話を繰り返している内に、シキにはある事が分かってきた。ラグルに何を聞いても、うまく答えをはぐらかしながら、時折店主に目配せをしているのである。よく観察していると、その度に店主が頷いたりひげを触ったりする。どうやら何かの合図のようだ。

「こう聞いていると、イルバには何でもあるようだ。手に入らないものはない、というのは本当なんだな」

シキが感心しきったような顔でそう言うと、ラグルはにやりと笑う。

「ま、金さえ出しゃな」

――なるほど、そういう事か。俺が鈍かったのだな。

ラグルは暗に、金を出さねば何も話せない、とほのめかしているのだ。シキは小さく頷くと、相手の調子に合わせて低く囁いた。

「どうせ手に入れるならとびきりのものがいい。他では手に入らないような、一級品だ。そうだろう?」

「そういう奴もいるだろうな」

ラグルの目がかすかに光った。彼はまたも頭をぼりぼりとやっている。店主は別の客の相手をしながら、あごひげを引っ張っている。隅の席で起きている事など、素知らぬ顔だ。

「どうしても必要なんだ」

探るような目つきで睨むラグルに、駄目押しとばかりに硬貨を何枚か握らせる。それを素早く受け取り、ラグルは杯を空けた。そしてにやりと笑う。

「イルバで手に入らねぇ物はねえよ」

それとなく店主がこちらへやって来る。ラグルと視線を交わすと、店主は低い声で言った。

「奥に行きな」

「案内するぜ、こっちだ」

ラグルが席を立つ。さっきまでどう見ても泥酔しているようだったのに、その足取りはまったくそれを感じさせなかった。酔っ払った人々の間を素早くすり抜けながら、音も立てずに歩いていく。

――しまった、闇市の情報屋だったか。

シキは自分の予想が半分当たり、半分外れた事を確信した。当たった半分は、イルバでは金を出しさえすれば何でも手に入るという事。外れた半分は、手に入るのが欲しい情報ではなく、恐らく闇市の情報である事。情報を得ようと銀貨を握らせたのが裏目に出たのか、闇市の情報を欲しがる上客と判断されたのだ。

イルバで一日に行われている市の数は数え切れないほどだ。中には闇市と呼ばれる違法の市も多く行われている。連れて行かれる先には、商品や市場の詳しい情報を売る商人がいるのだろう。

欲しいものが得られない事を知って、シキはため息をついた。ここでは魔術者に関する情報を手に入れる事は出来ないだろう。余計な金を使ってしまっただけであった。ラグルについて行きながら、密かに呟く。

――途中で気づいた時に手を引けばよかったかも知れないな……面倒な事にならなければいいが。

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