Legend of The Last Dragon −第二章(8)−

デルファーナの酒場には、戸口がいくつかある。その内の一つ、奥の廊下へ通じる扉には大きな錠前がかけられていた。店の一番奥、主人に合い言葉を言えば、その扉へ案内されるという仕掛けだ。しかし扉の錠前を開けてもらうためにはもう一つの難所があった。リンのいる小部屋である。彼女の許しがなければ扉の内へ入るわけには行かない。「デルファーナの蛇」と呼ばれるリンは、その細い目で客を眺める。「奥」へ入る資格があるかどうか、客の品定めは彼女の仕事だった。

資格ありと認められた人間はようやく扉に手をかける事が許され、地下へと続く廊下に出る事が出来る。廊下には油の燃える臭いが漂い、酒場の喧騒も徐々に小さくなっていく。徐々に下っていく坂道は何度も曲がりくねって客を導く。「一体どれほど歩いたのだろうか」と心配になるほど長い間、客はその静かな廊下を歩いていくのだ。やがて、その目に分厚い金属製の扉が映る。それこそ、選ばれた客のみが辿りつける「市」への入り口だった。

扉に鍵はかかっていない。しかしそれを開けるのは一筋縄ではいかなかった。その厚みと重みが、何よりの障害となるからだ。客を案内してきた護衛兵が渾身の力を込めて扉を引く。すると、人々のざわめきと杯や食器がぶつかり合う音が耳に飛び込んで来、立ち込める煙草と香の煙が鼻をつく。

部屋はさほど広くはない。低い天井は壁から続く煉瓦造りで、ところどころ焦げたような跡がある。丸い部屋を囲んでいる壁にはいくつかの窪みがあって、それらはアルコーブと呼ばれていた。アルコーブの中に部屋の明かりは届かず、机に置かれた小さな蝋燭(ろうそく)が、そこに座る人々の影を壁に映し出していた。部屋中に広がる煙草の煙は、明るいはずの室内を煙らせて視界を遮り、あちこちで焚かれている香の煙が鼻につく。

所狭しと置かれた机や椅子。男たちがその大半を埋めて座っている。彼らは肌の色も、瞳や髪の色もまちまちだったが、共通しているのはその雰囲気だった。昼間の陽光の元ではどんなに正直そうに見える事だろう。しかし夜中のこの場所では、どう親切に見ても、善良な商人には見えなかった。彼らはひそひそと低い声で商談を取り交わし、油断のない目をあたりに配っている。強欲な高利貸し、暴利を貪(むさぼ)る悪徳商人、多くの奴隷を酷使する大地主などなど、まっとうな生活をしている者はここにはいない。身につけているものはどれも高級そうなものばかりで、大抵は横に奴隷をはべらせていた。ひどい者になると、奴隷の首にひもをくくっている者までが平然と座っている。しかし誰もそんな事を気にも留めない。ここは人道という言葉が存在しない地獄だった。

壁のアルコーブに身を沈めている者たちが、更に怪しげな雰囲気を醸し出している。大抵は豪奢な色とりどりの服やマントをその身にまとっている。宝石を縫いつけた仮面で、顔の半分以上を覆っている者も多い。彼らは暗く沈んだ影の奥から目を光らせている。顔を知られてはならない身分の者たち。恐らく各国の貴族たちも混じっているのだろう。側仕えの奴隷がしきりにアルコーブを出入りし、食べ物や酒の注がれた杯を運んでいる。

机や椅子はきちんと整列されているわけではなく、人々は勝手な席に陣取っているようだった。その隙間を縫うように奴隷が忙しく立ち働いている。部屋の奥の方には丸い台が設置されていた。今ちょうど肌の浅黒い、背の高い男が壇上に上がってきたところである。彼が指を鳴らすと、台の奥の通路から二人の女性が現れた。肌もあらわな格好である。彼女たちが台の上で踊りだすと、二人の手で鳴らされる鈴つきの太鼓が派手な音を立てた。客がそれに気づいて台の上に注目すると、それを待っていたかのように踊り子たちはひっこみ、司会の男が台の中央で口上を始めた。

「続いて参りましょう。次の商品でございます。皆様もご存知でしょう、伝説の狂王と名高いレガリアル二世……彼が使っていたとされる金杯でございます」

言い終わると、先ほどの踊り子が赤い布に包まれた商品を捧げて壇上に上がる。わざとらしくもうやうやしい様子で布を取り除くと、客の間からため息と賞賛の声が漏れた。金で作られた杯の表面には大粒の宝石がいくつも埋め込まれ、燦然(さんぜん)と光り輝いている。客の中には壇のそばへ寄ってよく見ようとする者もいたが、大柄な護衛兵に押しとどめられた。

「どうぞ」

司会が言うと同時に部屋のあちこちから檄(げき)が飛んだ。イルバの町で行われる通常の競りとはまったく違う形式の、闇競りと呼ばれる競りが行われているのである。通常、競りというのは静かなものだ。人々は黙って、決められた仕草を示すだけである。しかしここでは、そんな上品な取り決めはない。彼らは口々に金貨の枚数を言い合い、叫びあった。そして段々と声が少なくなってゆき、最後は二人の戦いになるのだ。レガリアル二世の金杯は、右隅の机に座っている男が競り落としたようだ。最後まで粘っていた太りすぎの商人は、舌打ちをして背を向ける。

「商品はどれも、明日の夜のお引き渡しとなっております。必ず仰った額だけの金貨をお持ちになって、ご来店下さいませ。……では引き続いて参りましょう。次は薬でございます。遥か海を越えて伝わりました貴重品。ガゾックの根をすりおろしまして粉末に致しました」

司会の言葉に商人たちはざわめきたった。

「ガゾックの粉か! 熱病ならどんなものでも治すという」

「いやいや、飲みすぎれば猛獣バークーンをも殺すそうではないか」

「扱い方を間違えれば持ち主も危ないと言うな。そのガゾックの粉に、こんなところでお目にかかれるとは」

「これは是が非でも落とさなくてはな。いくらで売れるかと考えただけでも……」

ざわめきが収まるのを待って司会の男が再び口を開く。

「皆様もよくご存知の事と思いますが、ガゾックは非常に高価なものでございます。今回は運良く手に入れる事が出来ましたが、次はいつになるやもわかりません。それを計算に入れた上でお値段をどうぞ」

値段はあっという間に吊り上った。客はみな上限を知らぬほどに熱狂し、高価な薬を競り落とそうとしていた。

レノア金貨が一枚あれば、かなり高額の品が手に入る。馬一頭は、金貨が二枚もあれば買える。それが今や、たった一袋の粉に対して何十枚という単位で上がっていくのである。既に手を引いた末席の商人たちは、口の端を吊り上げ、その様を見ていた。恐ろしい事になってきたと小声で言い交わしながらも、彼らの目は事の成り行きを楽しんでいる。

結局、どこかの貴族がガゾックの粉を競り落とす事に成功した。かなりの代償だったのだろう。同じ席についている女性が慌てた表情を浮かべている。が、彼は満足そうな笑みを見せた。彼がそれをどう使うのか、それは今夜ここに集まった客には興味のない事であった。彼らは既に次の商品に目を向けている。

「さて、いよいよここからが本番でございます。どなた様もご注目下さい。他では手に入らぬ最上級品をご用意致しました!」

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