Legend of The Last Dragon −第二章(6)−

ラグルに案内されて店の奥に入ると、一人の女が小さな机に向かっていた。長く細いパイプを加え、煙をくゆらせている。緑なす黒髪をきつく結い上げ、小さな顔に笑顔を作っている。細い身体にはぴったりとした服をまとい、露出させた足が美しく組まれていた。なかなか魅力的な体つきであったが、その双眸(そうぼう)は獲物を睨む蛇のようにきつい。シキはまとわりつくような視線から逃げるように目をそらした。

「珍しい商品が欲しいって?」

煙の向こうから、なまめかしい声と舐めるような目つきを投げかける。シキはそれを無視して、どうやって抜け出すかだけに考えを巡らせていた。女がにやりと笑う。机に頬杖をつき、煙を吐き出した。細い目が、より細められる。

「ふふ、随分といい男ね。……どんな物がお望み?」

「特に目当てがあるわけじゃない」

「あらそう。じゃあ市場へ来る方がいいわね。……本当は情報料がいるんだけど、あんたならいいわ、教えてあげる。明日の夜、もう一度ここへ、デルファーナの店へ来て」

「ここでやるのか」

「……まあ、そうね。間違っても口外しないでね。もし情報が漏れたら、お尋ね者として、あんたの似顔絵が町中の酒場に貼り出される事になるわ」

「分かっている」

シキの言葉は気にも留めず、女は言葉を続けた。

「素晴らしい商品が世界中から届いてるわよ。今回は子供奴隷も扱うし」

「子供? 取り締まられるだろうに」

「あんたが言わなきゃ大丈夫よ……ふふふ。うちには腕っ節の強いのが多くいるしね」

そう言うと、もう一度白い煙を吐き出し、にぃっと笑う。どうやらラグルや店主より、こちらの方が手に負えなそうだ。

「情報料の代わりと言っちゃ何だけど……ちょっとこっちへ来て」

シキは油断なく一、二歩進み出た。女が立ち上がり、視線をひたとシキに据えたまま、ゆらゆらと煙を流して寄ってくる。その瞬間、逃げ出したくなるような悪寒がシキの背筋に走った。狭い部屋全体に、香の煙が満ちている。その煙と女から立ちのぼる香気で、頭がくらくらするようだ。女はシキの目の前まで来るとパイプを机に置き、青白い指でそっとシキの腕に触れた。そしてゆっくりと指をにじらせる。彼女の細い指は蛇にも似て、シキの逞しい腕にまとわりついた。這い登ってくる指とともに、嫌悪感も伝わってくる。

「よせ」

言葉と同時に女の手を軽く振り払う。女は目を細め、すぐにまた寄りかかるようにしてシキに近づいた。両腕を上げてシキの首に絡みつこうとする。

「そんなに嫌わなくてもいいじゃない? あんた、本当にいい男ね……気に入ったわ」

女の両手がシキの首にかかった瞬間、シキの左腰で小さな硬い音がした。女は凍りついたようにその動きを止める。シキの左手が、剣の柄を握っていた。女は慌てて飛び退り、指を鳴らす。すぐに部屋の扉を開けて大男が入ってきた。

「剣を取り上げな!」

先ほどまでの甘ったるい声とは打って変わった、鋭い口調で男に命じる。それに反応した護衛兵は、即座に飛び掛かった。それを軽い身のこなしでよけると、シキは右腰の後ろから短剣を抜き、相手の懐に飛び込んだ。大柄な相手はその素早い動きについていけず、あごの真下から短剣を突きつけられて身動きできなくなる。いきり立って腕を上げようとしたが、力を入れようとした瞬間、あごに短剣の先が食い込んだ。傷から血が滲み、男の顔から血の気が引く。

「左手一本でも剣は抜ける。……続けるか?」

その言葉に護衛兵は小刻みに首を振った。シキはゆっくりとした動作で短剣を下ろし、身体を引く。左手は油断なく、長剣の柄にかかったままである。女が部屋の隅で悔しそうに唇を噛んでいるのに目もくれず、彼は悠然と部屋を出て行った。

外に出てみれば、夜が明けかかっている。雲が朱に染まり、美しい朝焼けが空に広がっていた。ここからは見る間に明るくなっていくだろう。シキは自然と早足になっていった。もしエイルが目覚めていれば、宿屋であの可愛らしい頬を膨らませているに違いないのだ。

酒場から宿までそれほど遠いとは思っていなかったが、不慣れな道ゆえにシキは迷ってしまったようだった。何とか宿へ続く大通りを見つけた時には、既に夜は明けきっていて、シキは小走りで道を急いでいた。酒場を出た時にはさすがに少なかった人通りも、徐々に増えてきている。大通りには朝市がたてられ、大勢の人が行きかっている。宿屋まで後少しというところまで来た時、角から突然何かが飛び出してきた。

「いってぇ!」

ぶつかって倒れたのは、まだ高い声の少年で、小さなつばの帽子をかぶりなおして立ち上がると、服についた土をはたいた。

「いやぁ、すんませんでした! よく見てなくって……へへ」

うつむいて照れくさそうに言うと、少年はそそくさと立ち去ろうとする。その腕を、シキが素早く掴んだ。

「少年、ぶつかったのは俺も悪い。だが財布は返してもらおうか」

「え、な、何言って……」

うろたえる少年の腕を掴み、シキは真顔で詰め寄った。そのまま何も言わずに、少年がポケットに突っ込んでいる手を引っ張り出そうとする。少年は最初の内こそ抗っていたが、シキの力に敵うはずもなく、しぶしぶ右手を出した。その手には、シキの布財布が握られている。

「巧いもんだな。うっかりしていたら気づかなかったかもしれん。さあ返せ」

「ちぇー……」

舌打ちしつつ、少年は財布を渡そうとした。が、シキのふいをついて身をひるがえし、走り出す。もちろんシキは慌てもせず、すぐに追いついて少年の腕をひねり上げた。少年の小さな身体は軽く、一瞬足が浮く。

「随分と楽しい事をやってくれるじゃないか」

「痛ぇッ! 離せよ、離せってば! いってぇよぉ!」

「離せばまた逃げるだろう」

「もう逃げねぇよ! そ、そうだ、いい事教えてやるよ。今夜、デルファーナの酒場で闇市が、奴隷市があるんだぜ」

「知ってるよ」

「うっ……。じゃ、じゃあさっ、それに同じ顔の子供が二人出るのは知ってるかよ?」

「同じ顔?」

必死で言った言葉は、少年の予想以上にシキの注意をひいた。今まではちょっとからかうような顔つきだったシキの表情が一変したのだ。少年は、その変化を見逃さなかった。重ねて、早口に言い立てる。

「あぁそうさ、同じだったよ。まったく同じ顔だぜ、おいら見たんだから確かだよ! なぁ、離してくれよ、財布も返すし、もういいだろう」

「離してはやるが、もう少し話がある。逃げずに聞くか?」

「聞く、聞くよ」

「次に逃げたら……」

「だから、もう逃げねぇって! ……とにかく離してくれよぉ」

少年は少々泣き声になってきた。シキが腕を離すと、肩を押さえて恨めしげに見上げる。シキは視線にこめられた意図を無視して問いただした。

「どこで見た、何故見たんだ?」

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