Legend of The Last Dragon −第四章(2)−

レノアの街道は治安維持もしっかりなされており、危険な事はほとんどないと言っていい。イルバから数ヶ月、出くわした危険と言えば数匹の野犬の群れくらいである。その時もエイルが一人で大仰に騒ぎ立てたが、シキがあっという間に追い払ってしまい、事なきを得たのだった。

「どれだけレノアが安全か、という事だ。この時代でも王国騎士団が機能しているという証拠だな。……いいか、旅をしていくというのは本来、そう簡単なものではないんだぞ」

退屈というのがどんなに幸せなことか、とシキは何度も言って聞かせた。クリフたちは、言われる度に頷きはしたものの、やはり物足りなさは否(いな)めなかった。彼らは何も自ら危険な目に遭いたいわけではなかったが、ほんの少し飽き始めていたのである。サナミィで想像していたような心躍る冒険はこれっぽっちもなく、南への旅は順調に、ただひたすら歩を進めるだけの単調なものだった。クリフは、「もう嫌だ、いつになったら終わるのか」、そう素直に言えるエイルがほんの少し羨ましい気もするのである。

ハーディスが傾き始める頃、クリフたちは本日四度目の休憩を取る事にした。ただし、今度はエイルが言い出したわけではなかった。

丁度分かれ道になっていて、角には目的地までの距離と方角を示す立て札が立っている。四人、正確に言えば三頭の馬が足を止める。立て札を見て、クレオがシキを振り返った。

「これ、なんて書いてあるんですか?」

「西へ行くとタースク、距離はおよそ1400ロッカ。北へ、つまり戻るとレノアへ行く。距離はおよそ1200ロッカ。で、このまま南へ進めばルセール、距離はおよそ2000ロッカというのが書いてある。つまりこれは道しるべだな」

双子は読み書きを習った事がなかった。というのは覚える必要がないからだが、田舎の子供としてはそう珍しいことでもない。レノア国全体の識字率は五割から六割程度である。しかし都会の子供であれば読み書きくらいは習うし、貴族の子供であれば家庭教師がいるのが当然だった。エイルに至っては巨大図書館があるような王宮で、専属の教師が十数人いるような環境で育っていた。双子の言葉は、エイルにしてみれば「飽きれた」としか言いようがないのである。

「字も読めないのか。困ったものだ。まともな教育すら受けていないんだな、庶民というものは」

「しょうがないじゃないか、そんなの」

「ふーんだ、これから覚えればいいのよ。ね、そうですよね」

言いながら、クレオはシキを振り返る。

「俺でよければ読み書きくらい教えられるぞ。そうだな、旅の暇潰しにも丁度良い」

「じゃあこれ、この立て札の字から教えてもらえませんか」

「旅の途中は敬語を使わないようにと言わなかったか?」

「あ、ああそっか」

クリフが恥ずかしそうに鼻の頭をかくのを見て、シキは微笑んだ。シキやエイルの素性を説明出来ない一行は、旅の道中、身分差のない素振りで過ごす事にしていたのである。もちろん、エイルは大層ご立腹だったが。

「じゃあ、やり直し。『シキ、この看板は何て書いてあるの?』」

「わざとらしいぞ」

「ちぇ」

エイルにからかわれ、クリフは唇を尖らせている。四人は馬を降り、休憩を兼ねて文字の勉強を始めた。

毎日街道を辿っていると、旅人に出会う事も少なくない。特に多いのが商人たちの交易隊、いわゆる隊商だった。商人たちは旅の道中、互いの安全を高めるために馬や馬車などを何台も用意する。また彼らは、積み荷と商人の安全を守るために、金を出し合って傭兵を雇う。傭兵がいれば野盗も襲いづらいからだ。そうして大人数で移動する商人の団体を「隊商」と呼ぶのである。

字の勉強をしていたクリフたちの前を通りがかったのも、そういった隊商の一つだった。タースク方面からやってきたその隊商は、どうやらここで二手に分かれるようだ。先頭に立っていた男が傭兵頭のようで、傭兵たちに指示を与えている。商人たちが荷物を積みなおし、馬車が北行きと南行きに分けられる様子を見ていると、暇そうにしていた傭兵たちの一人が近づいてきた。濃い青髪の傭兵は青銅の軽装鎧を身に着け、安そうな剣を腰に差している。

「よう、あんたらどっちへ行くんだ」

その粗野なしゃべり方は、四人にいい印象を与えたとは言えなかった。素早く立ち上がっていたシキが、さりげなくエイルを後ろにかばう。どんな人物とも知れぬ相手を主君に近づけさせまいとするのは、シキの習性になっていた。今では無意識にやってのける行動である。

「俺たちは南へ行く」

「じゃあ俺と一緒だな、おい。え、どこまで行くんだよ」

「答える義務はないと思うが」

「あぁん? 随分と冷てぇなあ。別にいいじゃねぇか。なぁおい、何もついてこうってんじゃねぇんだしよ」

「とりあえずは、ラマカサまで行くつもりだ」

「へーぇ、今からじゃ急がねぇと日が暮れちまうぜ、ひゃはは」

シキと傭兵は向かい合うように立っていた。双子はフードを深く下ろして顔を隠しながら、事の成り行きを見守っている。ふと、傭兵は真剣な眼差しになり、腕を組んでじろじろとシキを眺め回した。

「ははぁ、あんた剣士か。いい体つきしてんなぁ。それにその剣、すげぇ値打ちもんだろ、いや俺には分かるぜ。そんな長いの振り回せるってんなら、よっぽどの腕だね……ラマカサ行くっつったなぁ? んじゃ、また闘技場で会うかも知れねぇな。そんときゃ、よろしく頼むぜぇ」

そう言ってにやりと笑う。後ろから傭兵頭の声がかかり、傭兵はお呼びだとばかりに身を翻して去って行った。商人たちに合わせて、傭兵たちも二手に分かれるとそれぞれ馬に跨(またが)る。四人の目の前を、隊商が通り過ぎていった。がらがらという馬車の音が遠ざかっていく。

「さあ俺たちもそろそろ出発しよう」

この調子では、日が暮れる前にラマカサへは到底着けないだろう。しかしシキとしては、出来る限り歩を進めておきたいところだった。再び退屈な道のりを辿り始めた彼らの中で、クリフとクレオが首を捻っている。

「どうした」

「いえその……」

「さっきの人が言ってた、闘技場って何なのかなって」

サナミィのような田舎の村には大きな施設が全くと言っていい程なかった。一番大きい建物と言えば、二階建ての村長の屋敷である。イルバのような大きな街には闘技場がある場合が多いのだが、生憎(あいにく)クリフたちはいまだに見たことがなかった。田舎育ちの双子にとって、闘技場などというのは聞いたこともない単語だったのだ。素朴な疑問に、シキが優しく答える。

「何というか……まあ簡単に言えば金稼ぎが出来るところだ。一人対一人で闘い、勝った者に賞金が与えられる。地方によっては賭けが行われるところもあるらしいな。勝ち進めばいくらでも儲かるわけだが、無論それだけの強さがなくてはな」

「それじゃシキ様……じゃなかった、シキが出れば絶対勝つんじゃない? 私たち、お金持ちになれるかな」

クレオが興奮気味に言うと、今まで黙っていたエイルが馬鹿にしたようにクレオを睨んだ。

「貴族が出るわけないだろう。あんなのは一般階級市民がやるものだ。まあ、見世物としては面白いけどな」

「何よ、えっらそーに。どうせあんたなんか出たって一回も勝てないから」

「なんだと、貴様!」

「ま、まあまあ」

馬上で睨み合う二人に、シキが仲裁に入る。

「貴族が出てはならんという決まりはないが、出たがる者はまずいない。騎士には王宮での正式な儀式や祭典がある。腕試しはそっちでやればいいのだからな」

「そっか。……うーん、想像も出来ないなあ。今はこうして並んでるけど、シキもエイルも本当はお城にいてさ、俺たちなんか口も利けなくてさ……って、こういうのも話さない方がいいのかな」

「今はいいが、人のいるところではやめておいた方が無難だろうな」

シキはそう言って笑う。このところ、シキがよく笑うようになった気がする、とクレオは思った。レノアの城下町やイルバで再会した頃は、シキはいつも考え込んでいて辛そうだった。しかし近頃は、こうして声を上げて笑うことが心なしか増えたような気がするのだった。クレオは心の中でそっと呟く。

――笑ってる方が、いいな。やっぱり、私……。

「シキ、疲れた」

と、クレオの思考に割り入った声の主は当然エイルである。体を捻ってシキに馬を止めるよう指示している。クレオは空を振り仰いだ。吐き出した息が、広々とした冬空に吸い込まれていく。

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