Legend of The Last Dragon −第四章(4)−

腹を満たす食事に暖かい部屋。エイルに言わせれば「野宿よりはまし」という程度らしいが、その宿はとても清潔で綺麗だった。クリフやクレオは、久々の人間らしい生活に大満足といったところである。

大抵の宿は、大部屋にみんなで泊まる形式だ。安い宿ともなれば老若男女に関係なく、薄い毛布一枚を渡されて土の床がむき出しの部屋に通される事もある。しかしエイルが探してきたこの宿には、小さいながらも個室があった。老夫婦が、結婚して出て行った息子たちの部屋を貸し出しているのだという。クリフとクレオは本当に久しぶりに、二人の部屋で寝られる事になったのである。

夕食後、幸せそうに布団の上でごろごろとしているクレオに、クリフは外出の旨を告げた。

「あのさ、俺、ちょっと……」

「え? 何、クリフ。こんな時間からどこに行くって言うの? もう外まっくらだよ」

「あの……ちょっと、うん……その、さ」

クリフが慌てていると、隣の部屋にいたはずのシキが部屋の入り口で笑い声を立てた。

「クレオ、クリフにも事情と言うものがあるんだろう。行かせてやればいいじゃないか。なあ、クリフ。大事な用じゃ仕方ないよな?」

「そんな、大した用事じゃないけど……」

クリフはもごもごとくちごもる。

「本人が言いたくないことを無理に聞くのは良くない事だな、クレオ?」

「そりゃそうだけど、でも……だって」

「クレオ、俺さ、そんなに遅くならないと思うし……」

「どこに行くの、って聞いただけじゃない」

「それは、ちょっと、その辺……とにかく、すぐ帰ってくるってば!」

そう言うとクリフはシキの脇をすり抜けて、そそくさと出て行ってしまった。階段をとんとんと降りて行く音が次第に遠ざかり、部屋の中にはシキと、ぶつぶつ言っているクレオだけが残された。

「何よ、クリフってば。今まで私に隠し事なんかしなかったのに……」

「まあ、こういう事もたまにはあるだろう。その内きっと話してくれるさ。あまり気にしすぎない事だ」

シキはしばらくクレオをなだめていたが、エイルのお呼びがかかって隣の部屋へと戻っていった。シキの言葉に少しは落ち着いたものの、クレオはどうも納得がいかない。布団の上で、膝を抱える。今までにない、クリフの表情や言葉に戸惑いが隠せなかった。それでなくても最近、クリフの背が伸びている事に驚いていたのだ。シキと訓練をしているからだろうか、腕や足に筋肉がついてどんどん男らしくなっていくクリフ。自分はといえば、腕やなんかは細いままなのに、胸と腰が丸みを帯びてきている。

「ずっと、一緒だったのにな……」

小さくため息をついたら、突然悲しくなってきた。知らず、頬に一筋涙が伝う。

幼い頃から二人は互いの半身だった。同じ顔で同じ時に生まれてきた子供などどこにもいない。きっと自分たちは一人で生まれるはずだったんだと話し合った。姿も顔も声も同じで、どっちがクレオでどっちがクリフか分からなかった、子供の頃。服を取り替えて親を驚かせた事もあった。クレオは、これから先ずっと二人で生きていくものだと思っていた。誰も自分たちの間には入り込めないし、お互いがお互いの事を一番理解しているはずだったのだ。

「私たちは二人で一人だって言ったじゃない……お兄ちゃんのバカ……」

クレオは普段、クリフを名前で呼ぶ。クリフの方が兄ということになっているが、クレオは「お兄ちゃん」とは滅多に呼ばなかった。しかし今日は、クリフが自分を置いて大人になった気がしていたのだろうか。思わず口をついて出た「兄」という言葉に、彼女自身は気づいていないようだ。

「いいよ、もう! 知らないからっ」

段々いらいらしてきたのか、クレオは布団をかぶると拗ねてしまった。

夜の街はクリフにとって随分と刺激的だ。酒に酔って千鳥足の人々。身奇麗な女が客の袖を引いている薄暗い路地。昼間と同じ道のはずなのに、クリフには全然違う場所に思えた。

自然と顔が笑う。クレオに隠し事をしているという後ろめたさはあったが、それよりも、誰にも知られないでいけない事をしているようなわくわく感が彼の足を弾ませていた。自分一人で酒場へ行くなど、クリフにとってはもちろん初めての経験である。田舎者に思われぬよう背筋を伸ばし、きょろきょろしないようにして歩いていく。

約束した店はそう迷わずとも見つけられた。入る時は少し躊躇われたが、思い切って扉を押す。中は人々のざわめきと熱気が渦巻いていた。屈強な傭兵や、吟遊詩人と称される遊び人たちが溢れかえっている。喧騒渦巻くあたり一面、煙草の煙と酒の匂いが充満していた。男どもの間から、時折甲高い笑い声が聞こえる。酒場女たちだ。クリフはその雰囲気に面食らいながら、半ば必死で見覚えのある女性を探した。

彼女は、奥まったところにある席に座っていた。横から二人の男に話しかけられているが、面倒くさそうに手を振って追い払おうとしている様子だ。クリフが来たのに気づくと、笑顔で手招きする。クリフはほっと胸をなでおろした。

「迷わなかった?」

ミコルという酒を注文しながら、彼女は再びクリフに笑いかけた。

「はい、大丈夫でした。あの、実は名前を聞き忘れてて……」

「あ、そうだったっけ? やだ、ごめんね。私はアゼ。アゼミルイーナって長い名前なんだけど、みんなアゼって呼ぶから。あんたは?」

「クリフ」

「そう、じゃあクリフ、二人の出会いに乾杯。なんてね」

出された二つの銅杯には、綺麗な赤い酒が注がれている。「それほど上品な飲み物じゃないから、酔っ払わないように気をつけなよ」と言いながら、アゼは一気に飲み干した。

「強いお酒なんじゃなかったの?」

クリフが指摘すると、声を立てて笑う。

――よく笑う人だなあ。

そう思いながら、クリフもつられて笑ってしまう。筋肉がついてはいるが、戦士という職業についている割には細い腕や足。額に巻いた布は腰紐と同じ柄で合わせてある。赤みがかった前髪が少し額にかかっていて、時折頭を振ってそれを跳ね上げる仕草が印象的だった。朗らかに、声を上げて笑うけれど子供っぽくはなく、年はそう違わないはずなのに大人の余裕を感じさせる。クリフにとって、彼女は何故か眩しく見えた。

再会を祝し、杯を交わす。それからクリフは旅の仲間を紹介し、旅の目的を説明し始めた。四人でコーウェンに行こうとしている事、出会えるか分からないけれど大陸一の魔道士を探している事……。自分たちが旅立ったのは運命だったんだよ、と言ったところで、アゼが大きな声を立てて笑った。クリフはむっとして、自分の母の予見に間違いはないんだと主張した。

「笑って悪かったわ」

アゼは神妙な顔をして謝っている。クリフは慌てて「い、いいんだ」と両手を振った。

「そっかあ、じゃあ国を出て数ヶ月、世間知らずのまんま旅してきたって感じね。職業に関しても知らなかった言うの、頷けるわ」

「サナミィにいた時は、そんなこと考えもしなかったよ。あ、母さんが自分は昔、司祭だったって言ってた」

「すごいじゃない。司祭って特別なのよ。認定されるには技術だけじゃなくて、何か特別な条件が必要らしいって話を聞いたことあるな。詳しくはよく分からないけど」

「そういう職業って誰が決めてるの?」

「ギルドよ。ここラマカサにもあるけど、大きな町なら大概あるわ。大陸共通の試験を受けて、技術認定書ってのをもらうの。戦士とか剣士とか、そういう職につきたいなら闘技場で。魔術師とか僧侶になりたいなら魔法ギルドで。試験は相当難しいけどね。認定されれば、武器とか自分の職業の物が安く買えるようになるよ。それに宿屋にも安く泊まれるし、身分も保証されるし……旅をするなら、何でもいいから職業につく方がいいの。分かった?」

「そうなんだ。全然知らなかったなぁ」

「そりゃしょうがないわよ。でももう分かったんだから大丈夫でしょ。大体、四人とも認定書なしで旅してきたなんて、お金は大丈夫なの?」

「さっき話したけど、シキっていうお兄さんが持ってるんだ。後どれくらいなのかは……俺らは知らないよ。でも、シキは大丈夫って言ってる」

「お金は使ってれば、いつかはなくなるのよ。大丈夫なわけないじゃない。あんたも男なら、そのエイルだとか、妹だとかを守ってあげなくちゃね。闘技場は認定書をもらえるだけじゃなくて、お金も稼げるから、ちょっとはかっこいいとこ見せてあげなよ」

「うん!」

綺麗な目でまっすぐにこちらを見る少年を見て、アゼは満足げに笑った。それを見たクリフも、嬉しそうに笑う。酒場の小さな窓からは、メルィーズが白く輝いているのが見えていた。

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