LL index≫第四章(一気読み) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)
この地に住む全ての人々を守り、慈しむハーディスが頭上高くに輝いている。冬の風が吹きつけ、冷たさを感じはするが、ハーディスのおかげで心地がいい。ぽかぽかとした陽気の中、クレオとシキ、それにエイルは連れ立って闘技場へとやって来た。
「まだエイルには話してないんですか?」
クレオがシキにそっと耳打ちする。
「闘技場で稼いでいる事か? ああまだお伝えしていない。まあ、明日が大会だからな。そうなれば分かってしまうさ」
「……勝てそう?」
「ん? まあ、やってみないと分からないけどな」
「怪我なんか、しないで下さいね。あー、私も回復魔法くらい使えるようになりたいな」
それを聞きつけたエイルが口を挟む。
「なんだ、魔法の一つも使えないのか?」
「そんな簡単に言わないでよ、じゃああんたは使えるって言うの?」
「馬鹿にするなよ。私ほどになるとな、火の魔法だろうが水の魔法だろうがお手の物だ」
「ふーん、すごいんだ。じゃ、やってみてよ」
「これだから本も読めない庶民は困る。お前たちが考えるほどお手軽じゃないのだぞ、魔法というものは。集中力が要るし、簡単な魔法と言えど、何も準備なしに出来るほど甘くはないんだ」
「なーんだ、出来ないんだ」
「違う! 出来ないんじゃない、やらないだけだ! やろうと思えば火をつけるくらい、この場でだって出来る。私にはたいした手間ではない。だがな、なんで私がお前に見せなきゃいけない?」
「何よ、偉そうに。結局エイルはさ……」
「そんな事より、どこの席に座るんだ? よく見える席がいいぞ、私は。シキ、有料席とやらがあるようではないか、切符を手に入れよう」
「かしこまりました」
「もう……」
快晴の空の下、技術認定試験は淡々と進められていく。競技ごとに、毎回二、三十人の挑戦者が出てきては、いくつかの決められた課題をこなしていった。
闘技場で行われるのは、戦闘系の技術認定ばかりである。体力的にも充実した二十代半ばの若者が多く、そのほとんどが鍛えた身体を持っている者たちだった。彼らは何度も挑戦しては、また自らを鍛え直す事を余儀なくされる。毎回の認定試験に合格するのがほんの数人に過ぎないからである。
まだ十六歳に過ぎないクリフは、他の挑戦者たちに比べて体が大きいとも思われない。しかし彼はもうそんなことを気にしてはいなかった。その全身にやる気を漲(みなぎ)らせ、今、クリフは的当ての指定位置に立ったところである。的は遠く、二アルカッソ以上向こうにあった。体の幅ほどしかない的に、十本中何本の矢が当てられるかという競技である。隣の男はクリフより一回り分厚い胸板と、鍛えた筋肉の持ち主だった。が、緊張して唾を飲んでいる。彼はもう三度目の認定試験なのだった。しかしいまだ、この的当てが苦手種目である。ええいままよ、とばかりに矢を放つが、それは敢えなく的の手前の地面に落ちた。
――目を離しちゃ駄目なんだけどな。
見ていたクリフはそう思いながら、自分も弓を構えた。
競技場であろうが、サナミィの森であろうが、彼にとっては同じ事だ。弓を構え、狙いをつけると周りの音がすうっと小さくなる。意識の範疇(はんちゅう)にはあるし、よく聞こえるが、気にならなくなるのだ。クリフは幼い頃から狩りをしていた。子供とはいえ、弓を放つのは、いつだって真剣勝負だったのである。隣の男が「あ、まずい!」と言ったのも、更にその向こうの男が矢を放ったのも、クリフの動作を止める要素にはなり得なかった。凛とした仕草で、彼は矢を放つ。空気を切る矢音が鳴り、小さな競技用の矢は彼が思った以上の威力を持って、二アルカッソ先の的に突き刺さった。観客席から賞賛の拍手が聞こえ、クリフは初めてその顔に笑顔を浮かべた。
クリフは次々と矢を番(つが)え、同じように放った。その内の二本は外したが、結局クリフは八本の矢を的に当てる事に成功したのである。観客からは惜しみない拍手が与えられた。これは、十六歳の少年にしては快挙だったのである。一番驚いているのは、クリフ自身だったかも知れない。自分が思っていた以上に、体は鍛えられていたようだ。弓を支える力も、矢を引く力も、サナミィの森で狩りをしていた頃に比べてずっと強くなっていた。
クレオは、他の挑戦者に紛れることなくクリフを見つけられた。石舞台のどこにいても、クレオにはクリフの姿がすぐに目に止まるのである。しかしエイルは一つの種目が終わってクリフが移動する度に、その姿を見失うようだった。クレオはどこだどこだと探しているエイルに、指で示して教えてやる。
「あそこよ、ほら走ってる。弓の競技なのに走るんだね」
「あ、あっちに張り紙があるぞ、種目が書いてある。ほほぅ、色々やるのだな」
「ちょっと、読んでくれない?」
「何故私が……ああそうか、お前は字が読めないんだっけ。えーと、鋼の弓を引けたら四十点、砂時計の砂が落ちるまでに闘技場を一周出来たら五十点、二アルカッソ先の的に十本中一本当てれば二十点、二本なら三十点……ええいもう面倒くさいな」
「最後まで読んでよ、エイルってば」
二人がそんなやり取りをしている間にも、競技は進む。認定試験は、簡単なものではなかった。どの競技も、挑戦者に要求される事は多い。弓の場合、それは基礎的な体力、力強さ、精確さ、素早さなどだった。クリフは腕力の試験では周りの青年たちに一段劣るものの、足の速さでは誰にも負けなかった。それに矢を射る速さと精確さでも、群を抜いた技術を見せた。出場選手の中でも比較的若い方に類されるクリフだったが、好成績を収めているようである。
クレオにとって、こんなに誇らしいことはなかった。サナミィの田舎から出てきた、世の中の事など何も知らない自分の半身が、観客の声援を受けている。いくら足が速くても、弓を射るのが上手くても、あんな田舎では程度が知れている、とクリフはよく言っていた。世の中には自分より上手い者がいくらでもいる、と。それは嘘ではないだろうが、それでもクリフは今、ここにいる大勢の人々に認められ、誉められるだけの技術を持っている。クレオにはそれが嬉しかった。と同時に、「自分はどうだろう」と思う。体力もなく、字も読めず……。旅をするのに女の身では何かと不都合なんじゃないだろうか。シキは気にするなと言ってくれるが、実は面倒だと思われているのかも知れない。急に息苦しくなった気がして、クレオは胸を押さえた。
全ての競技が終わると、闘技場の片づけが済むまで選手たちは一時休憩となる。観客席のクレオを見つけて戻ってきたクリフを、クレオは精一杯の明るい笑顔で出迎えた。
「すごかったじゃない、クリフ! 私も鼻高々だよ!」
「なかなか見事だったぞ。誉めてやる」
「疲れただろう、よく頑張ったな。発表が終わったら豪勢な夕飯といこう」
エイルとシキも口々にねぎらう言葉をかける。
「あんまり緊張しなかったんだ。他の人が緊張してるの見たら、なんかおかしくてさ」
「そっか、よかったね」
「応援してくれてありがと、クレオ」
「ううんそんな。お兄ちゃんを応援するの、当たり前じゃない」
「クレオの声聞こえたから、嬉しかった。やっぱりクレオがいて良かったなーって」
「そ、そう?」
「それでは、私は必要ないとでも言うつもりか?」
「え、いやそうじゃないよ、エイルの応援も嬉しかったってば」
憤慨するエイルに、焦って言い訳するクリフを見ながら、クレオは思わず笑っていた。応援して良かった、と思う。何もかも同じだったはずの双子の兄が、一人で先へ行ってしまったとしても、自分も一生懸命追いつけばいい。ただそれだけのことだ。立ち止まっていてはどんどん差がついてしまうけれど、自分も歩いていけばいい。必要なら走ればいいんだ。
「弓使いの証、もらえるといいね! クリフならきっと大丈夫だよ!」
クレオは勢いよくクリフの背を叩いた。
闘技場の片づけも終わり、技術認定試験の出場者たちは、石舞台の上で整然と列を成している。その前には領事であるフォマーが台の上でふんぞり返っていた。禿げ上がった頭にハーディスの光が当たって眩しい。フォマーはいかにも偉そうに聞こえる声で次々と名前を読み上げていった。小男がひげを捻りながら眉をぴくぴくとさせている様子を見ると、クリフは吹き出しそうになった。厳粛な様子を装ってうつむき、笑いを堪えていると、周囲の男たちも多かれ少なかれ同じことを考えているようだ。目を合わせては苦笑する。
「……ザーランド、レノア国メンフォン地方ラマカサ出身、二十三歳。クリフ=カース、レノア国マグレア地方サナミィ出身、十六歳。以上の者五人に弓使いの証を与える。えー次……」
フォマーの、妙に甲高い声が言っているのを、クリフはまるで他人事のように聞いていた。しばらくしてようやく顔が上がる。唇を薄く開けたまま、クリフは数回瞬きした。それから顔が緩み、安堵のため息が漏れる。突然、あまりの嬉しさに飛び跳ねて大声を出したい衝動に駆られたが、発表はいまだ続いている。クリフは再びうつむき、ただ右手を強く握り締めた。
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