Legend of The Last Dragon −第四章(7)−

「毎度どうも! 試合、頑張って下さいよ!」

若い店員の元気な声に送られ、シキとクリフは武器屋を出た。闘技場までは歩いてすぐの距離である。二人は、小一時間ほど前に歩いた道を引き返していった。きちんと等間隔に植えられている街路樹は、その葉の多くが散りかかっている。色づいた葉が、二人の足元で風に踊っていた。立ち並ぶ家々の概観はみな様々だが、屋根は統一して煉瓦作りだ。落ち着いた茶褐色の屋根が、高くなり低くなりして連なっている。

ラマカサは東側が貴族の住居区、西側が平民地区という区分けになっている。その境がこの広い中央通りだった。突き当たりに闘技場がそびえ立つこの通りは、ラマカサで一番人通りの激しい場所でもある。クリフとシキは、中央通りを縁取る秋色の街路樹を眺めながら歩いていった。

「今日が三の日だから……大会まで、あと十二日か」

「いや、確か大会前日が技術認定の試験日になっているはずだ」

「そうだっけ? じゃあ十一日かぁ。シキなら楽勝なの?」

「さあな、やってみなければ分からん。何とか大会には出たいものだな」

「よっし、俺は認定試験に向けて猛特訓しよう! うん、頑張るぞっ!」

クリフは言葉とともに、握り締めた右手を勢いよく突き出した。そのこぶしが、通りすがりの男の腕に当たる。

「あっ」

「いってぇなぁ!」

腕を押さえ、大袈裟な素振りで振り返った男は、一見して町のごろつきといった風体だった。短い上着に腰布をだらしなく巻きつけ、腰には安そうな剣を下げている。髪は濃い青で、目はひどいやぶにらみ。男は斜に構え、シキの顔に見入っていた。クリフの事など、まるで眼中にないようだ。

「おぉ、あんたはこないだの!」

男は突然指を鳴らすと、にやついた笑いを浮かべて近寄ってくる。クリフはようやく、ラマカサに来る前の分かれ道で出会った傭兵だと気づいた。シキはあからさまに不快そうな様子である。

「闘技場へ行くんだな、ええおい。やっぱしな、来ると思ってたんだよ。俺も今、受付済ませたとこさ」

「……」

「相変わらず無愛想だなあんた。そう冷たくすんなよ、え? お互い、めいっぱい稼ごうじゃねぇか! ひゃはははは! ……そうだ、あんた、ラマカサの闘技場じゃ見かけたことねぇな」

「初出場なのでな」

「あぁん、初めてだぁ? なんでぇ、名のある剣士かと思ったのによ……そういや見ねぇ面だしなぁ。なぁおいあんた、大会出場とか狙ってんのか? ええ、そうだろ、なっ! でもよ、そう簡単にゃぁいかないぜ」

「そうか?」

「おいおい、あと十日で五勝だぞ? ラマカサは強い奴らが集まってっからよぉ、剣闘士の証を取るのも一苦労なんだよ! まあ、せいぜい頑張るこったなぁ。あんたなら結構いけるかも知れねぇよ。ま、俺は二十日間で七勝した勇者だ、俺にはまず勝てねぇだろうけどな、ひゃーっはっはっは!」

青髪の傭兵は言うだけ言うと腹を抱え、下品な声を立ててひとしきり笑った。しかし、その目にふっと強い光が宿る。やぶにらみを余計細めて、値踏みするような目つきで男はシキを眺めた。

「そうだな……俺の見たとこ、あんた三連勝くらいはするんじゃねぇかと思うぜ、正直な話だ」

「三連勝か」

「一回も負けずに三回勝てば、剣闘士の証と銀貨八枚の褒賞だぜ、へへへへ、勝てば勝つほど金が入るってな! ひゃーっはっはっは! たまんねぇなぁ、おい! まっ、そう上手くいくとは限らねぇけどよ。世間を舐めてると、痛い目に遭うぜぇ。俺様が遭わせてやるってなぁ! ひゃははははっ」

「名前くらい聞いておこうか」

「へっ、偉そうに言うじゃねぇか。そっちが名乗らねぇ内にこっちの名を聞こうってのかよ」

「……シキだ」

「シキ、ね。あんまり強そうな名じゃねぇな。俺の名はイマネム。へへ、試合場で会えんのを楽しみにしてるぜぇ」

そう言うと、イマネムは野卑な笑いを浮かべたまま、肩を揺らして去っていった。一部始終を黙って見ていたクリフが、息を大きく吐き出して緊張を解く。

「あー怖かった。変な人だけど……やっぱり強そうだよね」

もう一度ため息をついているクリフを眺めやり、シキは爽やかな笑顔を見せた。

「まあ見ていろ」

闘技場の見物席は、無料席と有料席とに分けられていた。当然、有料席の方が舞台に近く、よく見える。金を無駄に出来ないと思ったクリフは、仕方がなく無料席の最前列近くに何とか席を確保した。四つに分けられたそれぞれの試合場で、白熱した試合が行われている。長剣の試合は、しばらく前に終わったところのようだ。

と、司会の声がすり鉢状の闘技場に響いた。闘技場の客席自体が拡声器のような仕組みになっているせいか、それほど大きな声でもないだろう司会の声も、客席の一番後ろまで届くようになっているのだった。

「長剣部門、次の試合を行います。現在五勝しているラズー! 対するは、初出場のシキ! 両者、位置へ!」

その声に導かれるようにして、闘技場の石扉が開けられる。四つの試合場の一つに、二人の男が上がった。クリフの位置からでは、彼らの表情などは全く見えない。しかし、背の高いシキは、遠くの席からでもそれと分かるほどに目立っていた。

――どうなんだろう、余裕あるようなこと言ってたけど、油断してたら負けちゃうのかも……?

クリフはまるで自分が試合に出るような気分だった。緊張して、両手の指を組み合わせたり離したりしている。

観客は既に五勝し、大会出場を決めているラズーについているようだ。闘技場では四つの試合場でそれぞれ試合を行うので、長剣部門は勝敗が決まっているとでも言うかのように、人々は他の三つの試合に目をやっている。シキに勝るとも劣らぬ高身長の対戦者ラズーは、それが気に食わないのか唾を吐き捨てた。

ラズーの目に映っているのは、それなりに身体は鍛えてあるようだが、さらさらの黒髪に綺麗な顔つきの男である。観客席の女どもがきゃあきゃあ言うのが癪に障る。ラズーは、有料席の客が顔をしかめるのも気にせず、再び唾を吐いた。目の前で剣の柄に手をかけている黒髪の剣士を睨みつける。

――ちっ、こんな優男に負けてたまるか。

試合終了の合図がかかったのは、試合開始の声がかかってから数秒後の出来事だった。人々が長剣の試合を見ようと目を凝らした時には、既にシキの剣がラズーの喉元に突きつけられていたのである。

観客席からどよめきが湧き上がる。試合を見逃した客は、顔をきょろきょろとさせた。クリフは、拳を握り占めている。司会がシキを指差し、大声を張り上げた。

「長剣部門、勝利者シキ! これで一勝! 敗者ラズー!」

人々の間から再び大きなざわめきが起こった。ラズーは既に五勝している強者であり、賭けの対象としても人気の選手だったのである。半分ほど埋まっている観客席からは、シキを称(たた)える声が上がり始めていた。シキは乱れた髪もそのままに、投げ捨てた鞘を拾い上げている。剣を振り上げて勝利を誇示するでもなく、客に向かって手を振るでもなく、彼はさっさと選手控え室に帰っていく。後には、ラズーが冷や汗を浮かべ、呆然と座り込んでいるだけだった。

ラマカサの領事でもあり、賭けの胴元でもあるフォマーが闘技場での事を聞き逃す訳もなかった。人々を圧倒する強さを持った剣闘士が現れたという話は、その日のうちにフォマーの元へと届けられたのである。フォマーは広い執務室に響き渡るような声で怒鳴った。

「ラズーを瞬殺だとっ! な、何を馬鹿なことを言っておる、あやつは大会出場権も獲得しておる強者だぞ」

「しかし、それが真実なのです、フォマー様。私も見ておりましたが、いやぁ強かった」

フォマーの腹心の部下であるザッツは惚れ惚れとするような表情を浮かべた。フォマーはそれを小馬鹿にしたような目つきで眺め、鼻を鳴らしている。

「ふんっ、まあよいわ。ラズーも足を滑らせたか何かで、不覚をとったのだろう。で、名前は何と言った?」

「シキ=ヴェルドーレだそうです」

「よそ者だな、聞いた事もない」

「どうやら毎日出場する予定のようです。登録所の男にそう言い残して帰ったそうで」

「所詮は血気にはやった痴(し)れ者であろう。しばらく放っておけ。私は忙しいのだ、そんな些細な事に構ってはおれんよ、はっはっは」

そう言ったフォマーは、実際、数日もするとこの話を忘れてしまった。自分のお抱えの選手たちが負ける訳がないと信じていたからか、それとも賭け試合の金勘定に忙しかったからか、彼の頭からよそ者の剣士の噂は消えてしまったのである。その間、彼の申しつけ通り、シキは放置されている状態だった。

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