Legend of The Last Dragon −第四章(8)−

そして半月近くが経ち、いよいよ武闘大会も三日後に迫ったある日。フォマーは珍しくも闘技場へ足を運んだ。試合の視察という名目を掲げ、大会の掛け金が集まっているかどうかの確認に、である。

フォマーは常に踵(かかと)の高い靴を履いていた。精一杯背を高く見せようとしているからだが、おかげで彼はいつでもぐらぐらと揺れていて、それが更に人々の失笑を買っているのだった。今日もフォマーは口ひげをひっぱりながら、ぐらつく足を踏ん張っている。背筋を伸ばしてふんぞり返っているが、それでも部下のザッツの方がよっぽど高く見えた。ラマカサ領事館には、フォマーと話す時は誰でも膝を曲げなければならない、そんな暗黙の決まりがある。

「今日も試合に出るのか? その、例の何とか言う奴は」

本人だけが重々しいと思っている口調で、すぐ横に立っているザッツに尋ねる。

「はい、確か第三試合のはずです」

「相手は誰だ」

「イマネムかと思われます」

「イマネムと言うと……おお、半年ほど前に勇者の証を与えた男だな? ふむ、奴であれば間違いはないだろう。で? 調子はどうなんだ、ほら、あの……」

「シキですか」

「そうだ、そやつは何勝くらいしてる?」

「は、三の日から連日戦っていまして、今日は十二の日ですので、その……」

「何だ、はっきり言わんか」

「はっ。ただいま九連勝中であります」

「ぬ、そうか。……なっ、何だと! まさか、あれからずっと勝ちっぱなしなのか!」

「仰る通りです。余程の戦士ですな、毎日戦う者自体、滅多におりません。それが連日、それも毎回圧勝で。三日で剣闘士の証、五日で大会出場権、七日で勇者の証を獲得しております」

「そ、そんな事より、九連勝ということは……」

「今日勝てば十連勝、褒賞の銀貨は千二十四枚、まあ金貨で百二十四枚になりますね。恐らくはこの闘技場始まって以来の快挙かと」

やけに冷静な口調の部下を睨みつけながら、フォマーはわなわなと震えるこぶしを握り締めた。何故それをもっと早くに言わんのだ、と怒鳴りつけてはみたものの気分は収まらない。このままよそ者の男が勝ち進み、お抱えの選手がどんどん負けては町の笑い者である。額に脂汗を浮かべて思案したが、あまりいい考えは浮かばなかったようだ。フォマーは舌打ちをした。

「いいか、十連勝など到底許されん! 次の対戦者はイマネムだったな、ではイマネムに……いや、とにかくその何とかいう奴と対戦する相手に言うんだ、負ければ今までの褒賞は全て取り上げだとな! いいな、分かったか!」

口から泡を飛ばして叫んだフォマーに、ザッツは片眉を上げただけで対応すると、軽く一礼して歩き去った。フォマーは必要以上に大きな声を出したせいか、肩で息をしながら特設の椅子に歩み寄る。転ばぬように細心の注意を払いながらその椅子、闘技場の石舞台がよく見えるように高く作られた椅子に腰かけた。椅子に座ると、フォマーの足は宙に浮いてしまう。両足をぶらぶらとさせながら、彼は突き出た腹の上で短い指を組んだ。それからようやっと落ち着いた表情でひげを引っ張り、闘技場を見渡す。

「まあ見せてもらおうか。そいつがどれほどの腕前か知らんが、イマネムには到底敵わんだろう、うむうむ」

有料席は、試合運びはもちろんの事、選手の表情までが手に取るように見えるほどの距離だった。試合直前、イマネムは余裕の笑いを浮かべている。フォマーは満足げにそれを眺め、再度「うむうむ」と頷いた。

闘技場で使われる剣は刃を研がずに丸くしてあるので、鋭く切れるような事はない。そんな安全な剣とは言え、当たれば激痛が走るのは当然である。陽光が刃にきらめけば、緊張感は弥(いや)が上にも高まっていく。

ようやく試合開始の声がかかり、シキとイマネムは剣を抜いた。むき出しの筋肉に力が漲(みなぎ)る。有料席の観客達は、身を乗り出すようにして試合に見入った。

相手を軽んじていたイマネムは、試合開始後すぐに、その甘い考えを打ち消した。相手の力量が分からぬほどの男は、闘技場で勝ち進むことは出来ない。イマネムは、ラズーが一瞬で負けたのはデマじゃなかったのか、と舌打ちした。口の端に浮かんでいた、人を馬鹿にしたような笑いは消え、鈍い光が両眼に宿っている。二人は互いに隙を見せぬよう、ゆっくりと間合いを取った。そしてそのまま、動きを止める。無料席にいるクリフの喉が、そして多くの観客の喉が、ごくりとなった。

ようやく二人が動いて剣を交え、剣と剣が固い金属音を立てる。その音ごとに、フォマーの満足げな表情が間の抜けたものに変わっていった。余裕の表情は消え失せ、口がぽかんと開き、両目は瞬きもせずに石舞台を見つめている。口ひげと両手のこぶしがわなわなと震えていた。

ついにシキの剣がひらめき、イマネムの顔前で剣がかみ合った、と思うと、イマネムの剣は弾かれ、その胴に剣がめり込む。二つに折れ曲がった体を何とか立て直し、剣を構えようとしたイマネムの手に、再び剣が打ち下ろされた。イマネムは剣を取り落とし、体勢を崩したその首元には、いつの間にかシキの長剣が突きつけられている。

観客席から闘技場全体を揺るがすような歓声が上がった。興奮した司会が張り上げる大声も、観客の歓声にかき消されそうな勢いである。

「敗者イマネム、勝者シキ! シキは破竹の勢いで十連勝、なんと十連勝です! 明日は認定試験、武闘大会は明後日です。賭けるならお早めに!」

舞台上にいるイマネムは濃い青髪を乱し、石舞台に膝をついて息を切らしている。イマネムは、その唇を噛み切らんばかりにシキを睨みつけていた。

「ば、馬鹿な……イマネムは三大会連続で入賞した男だぞ! あの男、何者だ!」

フォマーはそう叫ぶと、息も荒く、乗り出した体を椅子に深く沈める。目の前で繰り広げられた光景を、よく見れば何かの見間違いだったとでも思っているのか、何度も目をこすってみる。が、青髪の傭兵が膝をつき、黒髪の剣士が堂々と剣を鞘に収めているのが目に入るばかりだ。フォマーはしばらくの間、信じられないというように首を振っていたが、やがて力なく息を吐き出した。

「……」

放心したような表情が、徐々に元に戻っていく。フォマーは、悪巧みをするときの癖で、口ひげをせわしなく引っ張り始めた。その両眼が怪しく光っている。

「……よし、こうなればヴァシーリーを出す。強い相手がいないとほざいておったからな。思う存分戦わせてやろうじゃないか。……おい」

短い指を弾き、ザッツを呼び寄せる。ザッツは、そんな格好つけた事をせずともすぐ横にいるのに、と肩をすくめた。

「ヴァシーリーに使いをやって大会に出場するように言え。出る気がないなどと言うだろうが、強者が現れたと言うんだ。十連勝したとな!」

「はい」

「それともう一つ。大会の組み合わせに手を入れろ。どうあってもヴァシーリーとシキで決勝戦をやらせるんだ」

「分かりました」

命令している間も、フォマーは何かを考え込んでいるような表情で石舞台を見つめている。ザッツが去ると、フォマーはその唇を歪めて、にやりと笑った。

目を覚ました時、クレオは何かが始まろうとしているような、そんな予感がした。飛び起きるようにして、勢いよく窓を開ける。途端に、ひんやりした空気が部屋に流れ込んできた。小さな窓からは、ラマカサの町が見渡せる。ちょうど、時計塔から澄んだ朝の鐘が聞こえてきたところだ。青く広がる空に白い雲が浮かび、肌が引き締まるような朝の空気が心地いい。

「ほら、起きなさいよクリフ! 今日もこんなにいいお天気だよ」

「うーん、寒いってばクレオ……窓、閉めてよ……」

「何言ってんの、もう朝だもの、起きなくちゃ」

そう言いながら振り返ると、薄暗い部屋の奥で毛布のかたまりがもぞもぞと動いているのが目に入る。クレオは両手を腰に当てると、鼻を鳴らした。つかつかと歩み寄り、勢いよく布団を取り上げる。

「おっはよ!」

「むー……」

ようやく起き上がったクリフはぼさぼさ頭のまま、寝ぼけ眼をこすっている。クレオはさっさと服を着替え、髪に櫛を通し始めた。いつも通りの朝の光景である。ラマカサに着いてからというもの、クリフは訓練に余念がなかった。夜遅くまで起きているので、朝はなかなか起きられない。肩をすくめるクレオを横目に、クリフは両腕を伸ばして大きな欠伸をしている。

「あーお腹空いた」

「もう、昨夜あんなに食べたくせに。最近クリフってばちょっと食べすぎじゃない?」

「なんだかさ、食べても食べても腹が減るんだよ」

「育ちざかりって奴?」

「うん、シキが言ってたよ。体が急に大きくなってるんだってさ。……あ、今日ってもしかして十四日だっけ?」

「そうよ、何で?」

「うわ、どうしよう! 試験始まっちゃうよ!」

クリフは突然慌てだし、身体に絡まった布団から抜け出そうともがいている。

「どうしたの? 試験って何?」

「闘技場で認定試験があるんだ。俺、弓使いの試験を受けたいんだよ。受付は朝の内だけだから、早く行かないと……あっ」

ズボンに片足を突っ込んだところで、クリフは勢いよく寝台から転げ落ちた。布団とズボンとに絡まれながらもがくクリフを見て、クレオは呆れ顔である。

「そんなんで大丈夫なの? クリフったら……」

何とか着替えを済ませたクリフだったが、ボタンを掛け違えたまま、今度は靴が片方見つからないと大騒ぎをしている。クレオと一緒になって探した靴は、布団のかたまりの中からようやく発見された。クリフは急いで足を突っ込む。クレオが肩をすくめていると、シキとエイルが部屋の入り口に顔を出した。

「おはよう」

「あ、おはよう!」

「おはよう。クリフが闘技場で試験受けに行くって言ってるの。エイルやシキも、応援に行く?」

「弓の認定試験か。そうだな、応援に行こう。エイル様も行かれますか?」

「私の応援があればこそ、試験にも受かるというものだろう」

「何それ」

「あはは、そうだね、エイルの応援があればきっと受かるよね」

呆れたような顔のクレオに対して、笑顔のクリフである。その様子を見て、シキは優しく微笑んだ。

「あまり緊張はしていないようだな。その調子で、力を抜いてやるといい」

「う、うん。頑張る」

シキの助言を聞き、緊張した面持ちで頷く。クリフは目を閉じて深呼吸をすると、真剣な表情でもう一度、力強く頷いた。

「じゃ、行って来るよ!」

ハーディスの光が、宿から走り出したクリフを眩しく照らす。清々しい朝の空気と、活気に溢れたラマカサの町の匂いがクリフを包む。体のどこか奥の方から、ぞくぞくするような何かが湧き上がってきて、クリフは震えた。

――これは武者震いって奴だ。

すらりと伸びた両足が力強く石畳を蹴る。旅立った頃には肩までの長さだったはしばみ色の髪は、今はもう風になびく程になっている。背中に背負った矢筒が小さく鳴る音を聞きながら、クリフは弓を握る手に力を込めた。

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