Legend of The Last Dragon −第四章(6)−

闘技場の見物席は、無料席と有料席とに分けられていた。当然、有料席の方が舞台に近く、よく見える。金を無駄に出来ないと思ったクリフは、仕方がなく無料席の最前列近くに何とか席を確保した。四つに分けられたそれぞれの試合場で、白熱した試合が行われている。長剣の試合は、しばらく前に終わったところのようだ。

と、司会の声がすり鉢状の闘技場に響いた。闘技場の客席自体が拡声器のような仕組みになっているせいか、それほど大きな声でもないだろう司会の声も、客席の一番後ろまで届くようになっているのだった。

「長剣部門、次の試合を行います。現在五勝しているラズー! 対するは、初出場のシキ! 両者、位置へ!」

その声に導かれるようにして、闘技場の石扉が開けられる。四つの試合場の一つに、二人の男が上がった。クリフの位置からでは、彼らの表情などは全く見えない。しかし、背の高いシキは、遠くの席からでもそれと分かるほどに目立っていた。

――どうなんだろう、余裕あるようなこと言ってたけど、油断してたら負けちゃうのかも……? 

クリフはまるで自分が試合に出るような気分だった。緊張して、両手の指を組み合わせたり離したりしている。

観客は既に五勝し、大会出場を決めているラズーについているようだ。闘技場では四つの試合場でそれぞれ試合を行うので、長剣部門は勝敗が決まっているとでも言うかのように、人々は他の三つの試合に目をやっている。シキに勝るとも劣らぬ高身長の対戦者ラズーは、それが気に食わないのか、下品な態度で唾を吐き捨てた。

ラズーの目に映っているのは、それなりに身体は鍛えてあるようだが、柔らかそうな黒髪に綺麗な顔つきの男である。観客席の女どもがきゃあきゃあ言うのが癪に障る。ラズーは、有料席の客が顔をしかめるのも気にせず、再び唾を吐いた。目の前で剣の柄に手をかけている黒髪の剣士を睨みつける。

――ちっ、こんな優男に負けてたまるか。

試合開始の声がかかり、そして数十秒後、試合終了の合図がかかった。人々が長剣の試合を見ようと目を凝らした時には、既にシキの剣がラズーの喉元に突きつけられていたのである。

観客席からどよめきが湧き上がる。試合を見逃した客は、目線をどこへ向けるべきかまどって右左と顔を揺らした。クリフは、拳を握り占めている。司会がシキを指差し、大声を張り上げた。

「長剣部門、勝利者シキ! これで一勝! 敗者ラズー!」

人々の間から再び大きなざわめきが起こった。ラズーは既に五勝している強者であり、賭けの対象としても人気の選手だったのである。半分ほど埋まっている観客席からは、シキを称(たた)える声が上がり始めていた。シキは乱れた髪もそのままに、投げ捨てた鞘を拾い上げている。剣を振り上げて勝利を誇示するでもなく、客に向かって手を振るでもなく、彼はさっさと選手控え室に帰っていく。後には、ラズーが冷や汗を浮かべ、呆然と座り込んでいるだけだった。

ラマカサの領事でもあり、賭けの胴元でもあるフォマーが、闘技場での事を聞き逃す訳もなかった。人々を圧倒する強さを持った剣闘士が現れたという話は、その日のうちにフォマーの元へと届けられた。

「ラズーを瞬殺だとっ! な、何を馬鹿なことを言っておる、あやつは大会出場権も獲得しておる強者だぞ」

フォマーは広い執務室に響き渡るような声で怒鳴った。

「しかし、それが真実です。私も見ておりましたが、いやぁ強かった」

フォマーの腹心の部下であるザッツは惚れ惚れとするような表情を浮かべた。フォマーはそれを小馬鹿にしたような目つきで眺め、鼻を鳴らしている。

「ふんっ、まあ良いわ。ラズーも足を滑らせたか何かで、不覚をとったのだろう。で、名前は何と言った?」

「シキ=ヴェルドーレだそうです」

「よそ者だな、聞いた事もない」

「どうやら毎日出場する予定のようです。登録所の男にそう言い残して帰ったそうで」

「所詮は血気にはやった痴(し)れ者であろう。しばらく放っておけ。私は忙しいのだ、そんな些細な事に構ってはおれんよ、はっはっは」

そう言ったフォマーは、実際、数日もするとこの話を忘れてしまった。自分のお抱えの選手たちが負ける訳がないと信じていたからか、それとも賭け試合の金勘定に忙しかったからか、彼の頭からよそ者の剣士の噂は消えてしまったのである。その間、彼の申しつけ通り、シキは放置されている状態だった。

そして半月近くが経ち、いよいよ武闘大会も三日後に迫ったある日。フォマーは珍しくも闘技場へ足を運んだ。試合の視察という名目を掲げ、大会の掛け金が集まっているかどうかの確認に、である。

フォマーは常に踵(かかと)の高い靴を履いていた。精一杯背を高く見せようとしているからだが、おかげで彼はいつでもぐらぐらと揺れていて、それが更に人々の失笑を買っているのだった。今日もフォマーは口ひげをひっぱりながら、ぐらつく足を踏ん張っている。背筋を伸ばしてふんぞり返っているが、それでも部下のザッツの方がよっぽど高く見えた。ラマカサ領事館には、フォマーと話す時は誰でも膝を曲げなければならない、そんな暗黙の決まりがある。

「今日も試合に出るのか? その、例の何とか言う奴は」

本人だけが重々しいと思っている口調で、すぐ横に立っているザッツに尋ねる。

「はい、確か第三試合のはずです」

「相手は誰だ」

「イマネムかと思われます」

「イマネムと言うと……おお、半年ほど前に勇者の証を与えた男だな? ふむ、奴であれば間違いはないだろう。で? 調子はどうなんだ、ほら、あの……」

「シキ=ヴェルドーレですか」

「そうだ、そやつは何勝くらいしてる?」

「は、三の日から連日戦っていまして、今日は十二の日ですので……」

「何だ、はっきり言わんか」

「ただいま九連勝中です」

「ぬ、そうか。……なっ、何だと! まさか、あれからずっと勝ちっぱなしなのか!」

「仰る通りです。余程の戦士ですな。毎日戦う者自体、滅多におりません。それが連日、それも毎回圧勝で。三日で剣闘士の証、五日で大会出場権、七日で勇者の証を獲得しております」

「そ、そんな事より、九連勝ということは……」

「今日勝てば十連勝、褒賞の銀貨は千二十四枚、まあ金貨で百二十四枚になりますね。恐らくはこの闘技場始まって以来の快挙かと」

やけに冷静な口調の部下を睨みつけながら、フォマーはわなわなと震えるこぶしを握り締めた。何故それをもっと早くに言わんのだ、と怒鳴りつけてはみたものの気分は収まらない。このままよそ者の男が勝ち進み、お抱えの選手がどんどん負けては町の笑い者である。額に脂汗を浮かべて思案したが、あまり良い考えは浮かばなかったようだ。フォマーは舌打ちをした。

「いいか、十連勝など到底許されん! 次の対戦者はイマネムだったな、ではイマネムに……いや、とにかくその何とかいう奴と対戦する相手に言うんだ、負ければ今までの褒賞は全て取り上げだとな! いいな、分かったか!」

口から泡を飛ばして叫んだフォマーに、ザッツは片眉を上げただけで対応すると、軽く一礼して歩き去った。フォマーは必要以上に大きな声を出したせいか、肩で息をしながら特設の椅子に歩み寄る。転ばぬように細心の注意を払いながらその椅子、闘技場の石舞台がよく見えるように高く作られた椅子に腰かけた。椅子に座ると、フォマーの足は宙に浮いてしまう。両足をぶらぶらとさせながら、彼は突き出た腹の上で短い指を組んだ。それからようやっと落ち着いた表情でひげを引っ張り、闘技場を見渡す。

「まあ見せてもらおうか。そいつがどれほどの腕前か知らんが、イマネムには到底敵わんだろう、うむうむ」

有料席は、試合運びはもちろんの事、選手の表情までが手に取るように見えるほどの距離だった。試合直前、イマネムは余裕の笑いを浮かべている。フォマーは満足げにそれを眺め、再度「うむうむ」と頷いた。

闘技場で使われる剣は刃を研がずに丸くしてあるので、鋭く切れるような事はない。そんな安全な剣とは言え、当たれば激痛が走るのは当然である。陽光が刃にきらめけば、緊張感は弥(いや)が上にも高まっていく。

ようやく試合開始の声がかかり、シキとイマネムは剣を抜いた。むき出しの筋肉に力が漲(みなぎ)る。有料席の観客達は、身を乗り出すようにして試合に見入った。

相手を軽んじていたイマネムは、試合開始後すぐに、その甘い考えを打ち消した。相手の力量が分からぬほどの男は、闘技場で勝ち進むことは出来ない。イマネムは、ラズーが一瞬で負けたのはデマじゃなかったのか、と舌打ちした。口の端に浮かんでいた、人を馬鹿にしたような笑いは消え、鈍い光が両眼に宿っている。二人は互いに隙を見せぬよう、ゆっくりと間合いを取った。そしてそのまま、動きを止める。無料席にいるクリフの喉が、そして多くの観客の喉が、ごくりとなった。

ようやく二人が動いて剣を交え、剣と剣が固い金属音を立てる。その音ごとに、フォマーの満足げな表情が間の抜けたものに変わっていった。余裕の表情は消え失せ、口がぽかんと開き、両目は瞬きもせずに石舞台を見つめている。口ひげと両手のこぶしがわなわなと震えていた。

ついにシキの剣がひらめき、イマネムの顔前で剣がかみ合った、と思うと、イマネムの剣は弾かれ、その胴に剣がめり込む。二つに折れ曲がった体を何とか立て直し、剣を構えようとしたイマネムの手に、再び剣が打ち下ろされた。イマネムは剣を取り落とし、体勢を崩したその首元には、いつの間にかシキの長剣が突きつけられている。

観客席から闘技場全体を揺るがすような歓声が上がった。興奮した司会が張り上げる大声も、観客の歓声にかき消されそうな勢いである。

「敗者イマネム、勝者シキ! シキは破竹の勢いで十連勝、なんと十連勝です! 明日は認定試験、武闘大会は明後日です。賭けるならお早めに!」

舞台上にいるイマネムは濃い青髪を乱し、石舞台に膝をついて息を切らしている。イマネムは、その唇を噛み切らんばかりにシキを睨みつけていた。

「ば、馬鹿な……イマネムは三大会連続で入賞した男だぞ! あの男、何者だ!」

フォマーはそう叫ぶと、息も荒く、乗り出した体を椅子に深く沈める。目の前で繰り広げられた光景を、よく見れば何かの見間違いだったとでも思っているのか、何度も目をこすってみる。が、青髪の傭兵が膝をつき、黒髪の剣士が堂々と剣を鞘に収めているのが目に入るばかりだ。フォマーはしばらくの間、信じられないというように首を振っていたが、やがて力なく息を吐き出した。

「……」

放心したような表情が、徐々に元に戻っていく。フォマーは、悪巧みをするときの癖で、口ひげをせわしなく引っ張り始めた。その両眼が怪しく光っている。

「……よし、こうなればヴァシーリーを出す。強い相手がいないとほざいておったからな。思う存分戦わせてやろうじゃないか。……おい」

短い指を弾き、ザッツを呼び寄せる。ザッツは、そんな格好つけた事をせずともすぐ横にいるのに、と肩をすくめた。

「ヴァシーリーに使いをやって大会に出場するように言え。出る気がないなどと言うだろうが、強者が現れたと言うんだ。十連勝したとな!」

「はい」

「それともう一つ。大会の組み合わせに手を入れろ。どうあってもヴァシーリーとシキで決勝戦をやらせるんだ」

「分かりました」

命令している間も、フォマーは何かを考え込んでいるような表情で石舞台を見つめている。ザッツが去ると、フォマーはその唇を歪めて、にやりと笑った。

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