Legend of The Last Dragon −第四章(1)−

「それじゃどうも」

「ありがとう、おじさん!」

「世話になったな」

「次はもう少しましな部屋を用意しておけよ」

「はいはい。じゃあお前さんたち、気をつけてな。ラマカサまでは、急げば日暮れまでに着けるはずだ」

宿の親父は四人に向かって大きく手を振った。

ハーディスの心地よい日差しが溢れている。しかし、季節は冬。月光の月に入ってからというもの、頬に当たる風は随分冷たくなっていた。双子は肩の荷物を馬にくくりつけ、自分たちも馬に跨る。もうすっかり慣れたものだ。シキは着ていた外套を脱いで馬の鞍に置く。そしてエイルを抱き上げると、その上に座らせた。

「どうですか、多少は具合がいいかと思いますが」

「うん、そうだな。前よりはいい」

イルバではあれほど遠くに見えた山脈も、今はかなり近くに見える。なだらかではあるが大陸を分断するシンジゴ山脈。その先には見た事もない世界が広がっているのだろう、とクリフは胸を弾ませた。手綱を握る両手に力を込める。山脈を越えた先もまだまだ旅は続くのだが、今は考えないようにした。物事を余り深く考えないのが、クリフの長所である。それは時に、彼の短所にもなり得るのだったが。

明け方早くに宿を出発した四人は、小さな村の中を抜けていった。こぢんまりとした村は数本の通りがあるだけで、すぐに端が見えてくる。そこからはまた、広い街道が南へと続いていた。

緩やかに曲がりくねりながら続く街道は、ほんの僅かずつだが上り坂になっている。イルバ付近ではあたり一面に田園風景が広がっていたが、ここらでは畑の数も少ない。人家も減っていくようだった。今は平らな石が敷き詰められた街道があるからいいものの、馬に乗ったまま山を越えるわけにはいかないだろう。クリフが惜しむように馬の首を叩いていると、後ろからシキの声が届いた。

「すまん、止まってくれ」

クリフとクレオが振り向くと、シキが馬を降り、エイルを抱き下ろしているのが見えた。双子は顔を見合わせ、肩をすくめる。

「またかぁ」

「まだ日も昇りきってないのに。早すぎよね」

言い合いながら馬を戻らせる。エイルが、休憩すると言い出したのだ。こういった、クリフたちにとっては早すぎる休憩は、最早日常茶飯事となっていた。

長時間馬に乗っていると体が痛むのだ、というのがエイルの意見だった。それは確かに正論だったが、問題は「長時間」という感覚が、クリフたちのそれとあまりにも違うことだ。馬を戻らせると、道端に――それもシキの外套を敷いた上に――エイルが座っているのが目に入る。クレオの呆れ顔にもめげず、シキに手渡された水筒から水を飲んでいる様子は、愛らしいと同時に小憎らしくもある。クリフはその風景を見ながら、昨夜よりはましか、と苦笑した。

「もう嫌だ!」

断固とした口調で言い放った一人を除き、その場にいる全員が溜息を吐く。目の前には湯気の立つようなスープに焼きたてのパン、体を温める酒、瑞々(みずみず)しい果物、それに極上の猪肉などが並べられていた。こんなにも豪華な食卓を囲んでいるというのに、誰もがうんざりしたような表情を隠せない。エイルはそれに気づいていないのか、それとも気づかない振りをしているのか、言葉を続けた。

「もう旅立つなんて、私は嫌だ。まだここにいてもいいではないか。そりゃ食事は質素だし、部屋は狭いし、布団は薄いが、それでも私はここにいるんだ。行きたければ、お前たちだけで行けばいいであろう」

宿の親父が目を丸くする。それを見てクレオは、まだ何か言いたげなエイルを制して口を開いた。

「そういうわけにいかないでしょ」

「偉そうに言うな。私は、嫌だと言ったら嫌なんだ! もううんざりだ。馬の背に揺られるのも嫌だし、埃っぽい道を歩くのも嫌だ。食事だって満足に出来ぬではないか。いつまで続くのだ、どこまで行ったら終わるのだ!」

クレオはあまりの言葉に腹を立て、いつものようにお説教を始めた。が、エイルは目を閉じ腕を組んで、あさっての方角を向いている。苦笑しているクリフには、エイルが文句を言う気持ちも分からないではなかった。もうずっと長い間、彼らは同じ毎日を繰り返しているのだ。

四人がイルバを発ってから既に数ヶ月が経過している。双子は十六になっていた。彼らはただひたすら、南へ向かって進み続けている。シキとエイルを過去の世界へ送り返すだけの魔力を持った魔術師を探しての旅。遥か南のシンジゴ山脈を越えて、更にずっと先にあるという港町コーウェンに、大陸一の魔術師が住むという。イルバの領主ダルケスが話してくれた情報を頼りに南へ向かってはいるが、それはいつ終わるとも知れぬ、果てしなき道程だったのである。

一日数十ロッカも馬に乗っていれば、体中が痛くなるのも道理だった。しかもエイルは馬に乗り慣れていない。元々外出など滅多にしない生活だったのだし、稀に外へ出る時は柔らかな羽毛を敷き詰めた輿に乗るのである。そんな育ちのエイルにしてみれば、ちょくちょく休みたがるのも、ある程度は仕方のない事だろう。街道沿いの村を辿りながら少しずつ進むしか出来ない旅に、少年王子だけでなく、双子も疲れてはいるのだった。クリフは小さく嘆息すると、彼の双子の妹を見やった。そのクレオはエイルに向かって言い聞かせているところである。

「気持ちは分かるけど、わがまま言ってもしょうがないのよ」

「わがままだと!」

「だってそうでしょ。みんな疲れてるのに、文句言ってるの、エイルだけよ」

「貴様、私に向かってなんという……! おい私を誰だと思っているんだ、いいか、私は……」

「そこまでにしておきましょう」

静かな、しかしきっぱりとした声がエイルを止めた。エイルは口を開きかけたところだったが、その声で沈黙した。しかし愛らしいその頬を膨らませている。それにちらと目をやりながら、シキは宿屋の亭主に話しかけた。

「騒がせてすまないな。そうだ、ここから一番近い街は確かラマカサと言ったな。どんな街だ?」

「かなりでかい街だよ。腕に自信のある者が集まるとこだ。あんたぐらいの剣士なら、いいとこ行くんじゃねぇかなあ……。あ、そうだ。あんたたちは南へ行くんだったな? ラマカサから山までは街がないから気をつけたがいいぜ」

「ああ」

「しかしこの子、エイルって言ったっけな。いいとこのぼっちゃんなのかい? 旅慣れてねぇようだなあ。こういう子がいると大変だよな」

「いやその」

「それにこの兄妹も、まあ見れば見るほどよく似てるよ! 気持ちわりぃくらいだな、おい」

「あのな……」

「ま、俺っちにゃ関係ねーけどなぁ!」

宿屋の親父はそう言うと、太った体を揺すって笑った。この男、歯に絹を着せぬ性格と言おうか、どうにも扱いづらい。豪勢な食事を用意してくれたり、エイルの布団を二重敷きにしてくれたり、悪い人間ではないようなのだが。仏頂面のエイルと気まずそうな双子を見ながら、シキは言葉を挟む隙も与えられずにいる。親父はその場の雰囲気など意に介さず、喋り続けていた。

「いやしかし大変だなぁ、この顔ぶれで山脈を越そうとはね。どういう旅か知らねぇが、あんたの苦労は尽きないだろうね、ご苦労な事だ! そうだおい、出発は明日の朝でいいんだったな?」

「あ、ああ。世話になったな」

「いやいやいやいやこっちこそ楽しかった。エイルぼっちゃんにゃなんだかんだと言われたがよ、まああんたらも大変な旅をしてるようだしな、うん。シキさんの苦労が目に浮かぶってもんだよ、はっはっは! あ、そうそう宿代は明日の朝でいいからな」

「……ああ」

シキはもう何も言うまいと愛想笑いを浮かべたが、親父の言葉尻に内心落ち込んでいた。懐具合を思えばやむを得ない。宿代を払えばほぼ無一文といった状態なのである。旅の途中、立ち寄った村などで雑用を請け負ったりはしていたが、その稼ぎだけでは四人分の路銀に到底足りなかった。本来ならば毎晩の宿は夜空の下、全て野宿で済ませるべきなのだが、王子と一緒ではそうもいかない。更に、エイルはいつでも清潔な格好でいたがる。服を毎日変えるというのは育ちのいいエイルにとって当たり前だったが、一般庶民には、それも旅人としてはとてつもない贅沢だった。とは言え、エイルの申し出をシキに断れるわけもない。食事や宿泊、服などにはシキが思った以上の支出が強いられていたのである。

――ラマカサにはしばらく滞在し、どうにかして金を稼がねばならんな。

双子や、まして王子に金の心配などさせるわけにはいかない。シキは気取られぬよう、小さく嘆息した。

レノアの街道は治安維持もしっかりなされており、危険な事はほとんどないと言っていい。イルバから数ヶ月、出くわした危険と言えば数匹の野犬の群れくらいである。その時もエイルが一人で騒ぎ立てたが、シキがあっという間に追い払ってしまい、事なきを得たのだった。

「どれだけレノアが安全か、という事だ。この時代でも王国騎士団が機能しているという証拠だな。……いいか、旅をしていくというのは本来、そう簡単なものではないんだぞ」

退屈というのがどんなに幸せなことか、と、シキは何度も言って聞かせた。クリフたちは、言われる度に頷きはしたものの、やはり物足りなさは否(いな)めなかった。彼らは何も自ら危険な目に遭いたいわけではなかったが、ほんの少し飽き始めていたのである。サナミィで想像していたような心躍る冒険はこれっぽっちもなく、南への旅は順調に、ただひたすら歩を進めるだけの単調なものだった。クリフは、「もう嫌だ、いつになったら終わるのか」、そう素直に言えるエイルがほんの少し羨ましい気もするのである。

ハーディスが傾き始める頃、クリフたちは本日四度目の休憩を取る事にした。ただし、今度はエイルが言い出したわけではなかった。

丁度分かれ道になっていて、角には目的地までの距離と方角を示す立て札が立っている。四人、正確に言えば三頭の馬が足を止める。立て札を見て、クレオがシキを振り返った。

「これ、なんて書いてあるんですか?」

「西へ行くとタースク、距離はおよそ千四百ロッカ。北へ、つまり戻るとレノアへ行く。距離はおよそ千二百ロッカ。で、このまま南へ進めばルセール、距離はおよそ二千ロッカというのが書いてある。つまりこれは道しるべだな」

双子は読み書きを習った事がない。それは覚える必要がないからで、田舎の子供としてはそう珍しいことでもない。レノア国全体の識字率は五割から六割程度である。都会の子供であれば読み書きくらいは習うし、貴族の子供であれば家庭教師がいるのが当然だった。エイルに至っては巨大図書館があるような王宮で、専属の教師が十数人いるような環境で育ってきた。双子の言葉は、エイルにしてみれば「飽きれた」としか言いようがない。

「字も読めないのか。困ったものだ。まともな教育すら受けていないんだな、庶民というものは」

「しょうがないじゃないか、そんなの」

「ふーんだ、これから覚えればいいのよ。ね、そうですよね」

言いながら、クレオはシキを振り返る。

「俺でよければ読み書きくらい教えられるぞ。そうだな、旅の暇潰しにも丁度良い」

「じゃあこれ、この立て札の字から教えてもらえませんか」

「それは良いが、二人とも、旅の途中は敬語を使わないようにと言わなかったか?」

「あ、ああそっか」

クリフが恥ずかしそうに鼻の頭をかくのを見て、シキは微笑んだ。シキやエイルの素性を説明出来ない一行は、旅の道中、身分差のない素振りで過ごす事にしていた。もちろん、エイルは大層ご立腹だったが。

「じゃあ、やり直し。えと……シキ、この看板は何て書いてあるの?」

「わざとらしいな」

「ちぇ」

エイルにからかわれ、クリフは唇を尖らせている。四人は馬を降り、休憩を兼ねて文字の勉強を始めた。

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