LL index≫第三章(一気読み) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14)
サナミィの双子と、過去から来た二人が運命に導かれて旅立った。その時から半年。
七八四年収穫の月、ルセール国城下。
太陽神ハーディスは既に沈みかけていた。いびつな円状の城下町と、やはりいびつな円形の王宮。その白い城壁は今日も、夕陽に映えて美しく輝いている。街の周りに延々と広がる広大な領地にも黄金色の光が満ち溢れ、いつもと変わりない平和な日暮れがルセールに訪れていた。上空では、この地方に住む鳥、ヒューゴーが奇麗な声で彼らの歌を歌っている。ハーディスは今日一日の幸福を守った証しに、彼らの羽までも金色に染め上げていた。
ルセールの歴史は浅い。シンジゴ山脈以南の砂漠が長い事、人々の踏破を拒み続けてきたからだ。道などというもののない砂漠である。誰一人として越える事が出来なかったのも当然だった。しかし後に「英雄」と呼ばれる事になる男がその偉業を成し遂げたのである。レノア歴五一六年、マイオスという一人の青年が砂漠にオアシスを発見する。それによってついに人々は、南の広大な土地を目にする事になった。
英雄マイオスは、砂漠のすぐ南にあるジュレイドという小さな部落を足がかりにして、オアシス発見から僅か四年後、ルセール王国を建国するに至る。彼と彼の作った国の業績には目を見張るものがあった。ルセールは建国から二百五十年ほどしか経っていないが、その活躍は目覚ましいものだ。先の大戦では、レノアはルセールを攻め落とす事が、ついに叶わなかったのである。レノアがしぶしぶ引き上げるという形で終わりを告げた大戦で、ルセールの騎馬隊はその力を嫌というほど見せつけたのだった。
大戦が終結した時から、山脈以南でもレノア歴が使われるようになった。それまでは南北に統一された暦がなかったので、これはむしろ良い事だと言えるだろう。南方地方の一年はレノアと違い、乾季と雨季、そして収穫季の三つに分かれているに過ぎないが、一年の長さはレノアとほぼ変わらない。そのおかげでレノア歴が通用するのである。
山脈より南では、北に比べて年間の平均気温が高い。それはルセールを含め、どの地方でも同じ事だ。平野の中心でも、沿岸部でも、一年を通して暑く、乾いているのである。ただルセール地方だけ、他の地方と違う点があった。唯一の違う点、それは英雄マイオスが他の場所ではなく、「その場所」に建国した大きな理由でもあった。――水である。
山脈以南には山がなく、大陸を南下すればするほど水の貴重度は増していく。そして、気温が高いせいで貴重な水もすぐに腐ってしまう。水の保存は、南方開拓における最大の問題だった。
現在の城下町あたりにマイオスたちが辿り着いた時、彼らは水不足で全滅寸前だったという。地面に染み出した地下水が泉を作っていなければ、彼らの生命は枯渇(こかつ)していただろう。その事が、マイオスが建国を決意した決め手になった。マイオスから数えて三十人余り、現在の王シュウスに至るまでマイオセールに水が絶える事はなく、それゆえにこの国も絶える事なく繁栄を続けてこられたのである。
男どもは日暮れになると仕事を終え、酒場へ向かう。出稼ぎに来ている者や芸人、吟遊詩人などの遊戯者、旅の商人や巡礼者、それに運び屋、傭兵、遊女など、ルセール城下には様々な人間がいる。日が暮れると店を閉める者もいれば、夜になってからが本番とばかりに動き出すものもいる。黄昏時は、そんな彼らが入れ替わる時間であり、酒場が一番混む時間でもあった。
王都マイオセールの、少々裏通りに入った所にあるこの酒場も同じだった。既に人いきれでいっぱいになった店の中央には、大きな木の机が幾つも並べられ、大勢の人間が思い思いの席に陣取っている。机や客の間を、前掛けをした女の子たちが立ち働いていた。一日の疲れを癒し、腹を満たすために男どもは酒場へと集まるのだ。大きな声でしゃべり、笑い、酒を飲み、料理を食べてはまた笑う。日に焼けた肌と黒髪の、大柄な男が多いのはルセール地方の特徴だ。英雄マイオスも、黒髪で背の高い男だった。
店の隅にも小さめの机が並べられていて、その壁際の席は少し静かに食事や会話を楽しみたいという客のためのものだった。その中の一つに、青灰色の髪の男が座っている。待ち合わせの相手がなかなか現れないのだ。ざわめきと熱気の渦の中、彼は一人で依頼人を待っていた。
「まったく……遅いぜ。頼みがあるってったのは、そっちじゃねぇのかよ」
と、独りごちて前髪をかきあげたのは、二十歳を過ぎたばかりといった風貌の青年である。なかなかに整った顔立ち。痩身なので背は本来より高く見える。細身のズボンと丈の短い上着は洒落ているが、すらっとした足は行儀悪く投げ出されたままだ。青みがかった黒い瞳が、忙(せわ)しなげに動いている。長い前髪を残して束ねた髪は、気障(きざ)な見た目に良く似合っていた。髪に通した右手の薬指には、まるであつらえたような銀の指輪が光っている。
彼は自分の魅力をよく理解しているようで、店に入ってきた時から酒や料理を運ぶ店の女の子に笑いかけては、愛敬を振りまいていた。女の子たちもその優しげな笑顔に、ついつい足を止めて会話を交わす。どうやら、話し上手でもあるようだ。しかししばらく経つとそれにも飽きたのか、彼はその細い指で机を叩き始めた。いらいらしているのが手に取るように分かる。形のよい眉を寄せ、時折ため息をついている。
店の入り口近くで扉の開く音がして、店に一人の男が入ってきた。やはりルセール地方特有の浅黒い顔にがっしりとした体躯。簡単な布の服をまとい、頭には白い布を巻いている。一見して、下働きの下男といった風だ。男は店内を見回し、先程の青年に目を留めると、のそのそとやってきた。不躾(ぶしつけ)に青年の肩を掴む。
「おい、あんたがリュークだな」
「いや違う。ほら見えるだろ? 俺はグレイさ」
からかうように言う青年を無視して、下男風の男は続けた。
「俺はガライ。あんたリュークだろ。ヴィトの紹介で来たんだ。ヴィトは青灰色の髪の男だと言っていた。この酒場で青灰色の髪の男はお前だけだ」
「……あんたか、ヴィトの言ってた依頼人てのは。まあったく、遅いぜ! このリューク様を待たせるなんざ、百年早いってんだ」
リュークは、ため息とともに言った。ガライはあまり気にしている風でもない。気がはやっているのか、椅子にもつかずに口を開く。日に焼けた、太い両腕を机に置いて大きな声で喋り始めた。
「悪かった悪かった。で、あんたどんな物でも盗めるんだって? 何でも、通称が『疾風のリューク』とかって言うらしいじゃないか。あんたの盗みはそんなに早業なのかい? それなら頼みがいがあるってもんだが。実はな……」
「おいおい大きな声出すなよ。……言うほどの事じゃないさ。『狙いは正確に、且つ迅速に』ってな。それだけの事だ。それより座んなよ」
ガライは促され向かいの席についたが、今いち目の前の男を信用できないでいる様子だ。リュークの方はそんな事には全く構わず、カウンターに向かって、このあたりの地酒であるキームーシュを注文している。
「さてと。もう一度名前を聞いておこうか。一応間違いがないようにな」
「ガライ=ファーンだ。マルティン……トーラス=マルティンさんの屋敷で働いてる。あんたの事は、情報屋のヴィトって男に聞いた。腕の立つ盗賊なんだってな」
「まあな」
リュークは得意げに、青灰色の前髪をかきあげた。その仕草は嫌味というほどではない。だが、やはり気障だと言わざるを得ないだろう。彼の風貌は若い女には喜ばれそうだったが、腕の立つ盗賊にはあまり見えなかった。猫のような目をきょろきょろとあたりに配っては、目の合った女に片っ端から笑顔を見せている。顔をあちこちに向けているので、本当にこちらの話を聞いているのだろうかとガライは心配になってきた。リュークを睨みながら、不安そうに口にする。
「思ったより若いんだな。本当に大丈夫なのか?」
「ちっ、失礼な奴だ」
「ヴィトの言う事は信用出来るからな、安心してるが……」
「さっさと用件を言ったらどうだい?」
「あ、ああ。実は……」
「おっと! しっ」
ガライが話し始めた途端、リュークが唇に指を当て、黙れという仕種を見せた。いたずらっ子のように片目をつぶって見せる仕草が妙に愛らしい。ガライは、きょとんとした顔でリュークを見ている。
「お待ちどうさまでしたぁ」
店の娘がキームーシュを載せた盆を持って、リュークの後ろから声をかけたのである。もちろん、彼女の姿はリュークに見えていなかったはずである。ガライは思わず口笛を吹いた。
「さすがだな」
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