Legend of The Last Dragon −第三章(1)−

サナミィの双子と、過去から来た二人が運命に導かれて旅立った。その時から半年。

七八四年収穫の月、ルセール国の王都マイオセール。

太陽神ハーディスは既に沈みかけていた。いびつな円状の城下町と、やはりいびつな円状の王宮。白い城壁は今日も、夕陽に映えて美しく輝いている。街の周りに延々と広がる広大な領地にも黄金色の光が満ち溢れ、いつもと変わりない平和な日暮れが訪れていた。上空では、この地方に住む鳥、フィーピーが奇麗な声で彼らの歌を歌っている。ハーディスは今日一日の幸福を守った証しに、彼らの羽までも金色に染め上げていた。

ルセールの歴史は浅い。シンジゴ山脈以南の砂漠は、長い間、人々の踏破を拒み続けてきた。道などというもののない砂漠である。誰一人として越える事が出来なかったのも当然だった。しかし後に「英雄」と呼ばれる事になる男がその偉業を成し遂げたのである。レノア歴五一六年、マイオスという一人の青年が砂漠にオアシスを発見する。それによってついに人々は、南の広大な土地を目にする事になった。

英雄マイオスは、砂漠のすぐ南にあるジュレイドという小さな部落を足がかりにして、オアシス発見から僅か四年後、ルセール王国を建国するに至る。彼と、彼の作った国の業績には誰もが目を見張る。ルセールは建国から二百五十年ほどしか経っていないが、その活躍は目覚ましいものだ。先の大戦では、レノアはルセールを攻め落とす事が、ついに叶わなかったのである。レノアがしぶしぶ引き上げるという形で終わりを告げた大戦で、ルセールの騎馬隊はその力を嫌というほど見せつけたのだった。

大戦が終結時の平和条約によって、山脈以南でもレノア歴が使われるようになった。それまでは南北に統一された暦がなかったので、これはむしろ良い事だと言えるだろう。南方地方はレノアと違い、乾季と雨季、そして収穫季の三つに分かれているに過ぎないが、一年の長さはレノアとほぼ変わらない。そのおかげでレノア歴が通用するのである。

山脈より南では、北に比べて年間の平均気温が高い。それはルセールを含め、どの地方でも同じ事だ。平野の中心でも、沿岸部でも、一年を通して暑く、乾いているのである。ただ王都マイオセールのある地方だけ、他と違う点があった。唯一の違う点、それは英雄マイオスが他の場所ではなく、「その場所」に建国した大きな理由でもあった。――水である。

山脈以南には山がなく、大陸を南下すればするほど水の貴重度は増していく。そして、気温が高いせいで貴重な水もすぐに腐ってしまう。水の保存は、南方開拓における最大の問題だった。

現在の城下町あたりにマイオスたちが辿り着いた時、彼らは水不足で全滅寸前だったという。地面に染み出した地下水が泉を作っていなければ、彼らの生命は文字通り枯渇(こかつ)していただろう。その事が、マイオスが建国を決意した決め手になった。マイオスから数えて三十人余り、現在の王シュウスに至るまでマイオセールに水が絶える事はなく、それゆえにこの国も絶える事なく繁栄を続けてこられたのである。

男どもは日暮れになると仕事を終え、酒場へ向かう。出稼ぎに来ている者や芸人、吟遊詩人などの遊戯者、旅の商人や巡礼者、それに運び屋、傭兵、遊女など、ルセール城下には様々な人間がいる。日が暮れると店を閉める者もいれば、夜になってからが本番とばかりに動き出すものもいる。黄昏時は、そんな彼らが入れ替わる時間であり、酒場が非常に混み合う時間でもあった。

王都マイオセールの、少々裏通りに入った所にある酒場も同じだった。大きな木の机が幾つも並び、人々でごった返している。机や客の間で、前掛けをした女たちが立ち働いている。一日の疲れを癒し、腹を満たすために男どもは酒場へと集まる。大きな声でしゃべり、笑い、酒を飲み、料理を食べてはまた笑う。日に焼けた肌と黒髪の、大柄な男が多いのはルセール地方の特徴だ。英雄マイオスはレノアの出身だが、黒髪で背の高い男だったという。

店の隅にも小さめの机が並べられていて、壁際の席は少し静かに食事や会話を楽しみたいという客のためのものだった。その中の一つに、青灰色の髪の男が座っている。待ち合わせの相手はなかなか現れない。

「まったく……遅いぜ。頼みがあるってったのは、そっちじゃねぇのかよ」

独りごちて前髪をかきあげたのは、二十歳を過ぎたばかりといった風貌の青年である。なかなかに整った顔立ち。痩身なので背は本来より高く見える。細身のズボンと丈の短い上着は洒落ているが、すらっとした足は行儀悪く投げ出されたままだ。青みがかった黒い瞳が忙(せわ)しなげに動いている。長い前髪を残して束ねた髪は、気障(きざ)な見た目に良く似合っていた。髪に通した右手の薬指には、まるであつらえたような銀の指輪が光っている。

彼は自分の魅力をよく理解しているようで、店に入ってきた時から酒や料理を運ぶ店の若い女に笑いかけ、愛敬を振りまいていた。女たちもその優しげな笑顔に、ついつい足を止めて会話を交わす。話し上手でもあるようだ。しかししばらく経つと、細い指で机を叩き始めた。形のよい眉を寄せ、肘を突いたり、また外したり、長い髪をいじったり、その動きからいらいらしているのが手に取るように分かる。

扉の開く音がして、店に一人の男が入ってきた。やはりルセール地方特有の浅黒い顔にがっしりとした体躯。簡単な布の服をまとい、頭には白い布を巻いている。一見して、下働きの下男といった風だ。男は店内を見回し、先程の青年に目を留めると、のそのそとやってきた。不躾(ぶしつけ)に青年の肩を掴む。

「おい、あんたがリュークだな」

「いや違う。俺はグレイさ。リュークってな誰のことだい」

からかうように言う青年を無視して、下男風の男は続けた。

「俺はガライ。あんたリュークだろ。ヴィトの紹介で来たんだ。ヴィトは青灰色の髪の男だと言っていた。この酒場で青灰色の髪の男はお前だけだ」

「……あんたか、ヴィトの言ってた依頼人てのは。まあったく、遅いぜ! このリューク様を待たせるなんざ、百年早いってんだ」

リュークは溜息とともに言った。ガライはあまり気にしている風でもない。気がはやっているのか、椅子にもつかずに口を開く。日に焼けた太い両腕を、大きな音とともに机に置く。

「ああ、悪かった悪かった。で、あんたどんな物でも盗めるんだって? 何でも、通称が『疾風のリューク』とかって言うらしいじゃないか。あんたの盗みはそんなに早業なのかい? それなら頼みがいがあるってもんだが。実はな……」

「おいおい大きな声を出すなよ。……言うほどの事じゃないさ。『狙いは正確に、且つ迅速に』ってな。それだけの事だ。それより座んなよ」

そう促されて向かいの席についたが、ガライは目の前の男を信用できないでいた。だがリュークの方は全く構わず、このあたりの地酒であるキームーシュを注文している。

「さてと。もう一度名前を聞いておこうか。一応、間違いがないようにな」

「ガライ=ファーンだ。マルティン……トーラス=マルティンさんの屋敷で働いてる。あんたの事は、情報屋のヴィトって男に聞いた。腕の立つ盗賊なんだってな」

「小さい声で頼むぜ」

リュークは得意げに、青灰色の前髪をかきあげた。その仕草は嫌味というほどではない。だが、やはり気障だと言わざるを得ないだろう。彼の風貌は若い女には喜ばれそうだったが、腕の立つ盗賊には見えなかった。猫のような目をきょろきょろとあたりに配っては、目の合った女に片端から笑顔を見せている。顔をあちこちに向けているので、本当にこちらの話を聞いているのだろうかとガライは心配になってきた。リュークを睨みながら、不安そうに口にする。

「思ったより若いんだな。本当に大丈夫なのか?」

「ちっ、失礼な奴だ」

「ヴィトの言う事は信用出来るからな、安心してるが……」

「さっさと用件を言ったらどうだい?」

「あ、ああ。実は……」

「おっと! しっ」

ガライが話し始めた途端、リュークが唇に指を当て、黙れという仕種を見せた。いたずらっ子のように片目をつぶって見せる仕草が妙に愛らしい。ガライは、きょとんとした顔でリュークを見ている。

「お待ちどうさまでしたぁ」

店の娘がキームーシュを載せた盆を持って、リュークの後ろから声をかけた。もちろん、彼女の姿はリュークに見えていなかったはずである。ガライは思わず口笛を吹いた。

「さすがだな」

にっこり笑って杯を受け取りつつ、リュークはやおらその娘に向かって話しかけた。

「やあ仕事が早いな! キームーシュだね、ありがとう。君が運んできた酒ならさぞかし美味いだろうな。あ、びっくりした? いやあ、こんな綺麗な娘(こ)と話してるもんだから緊張してんだよ。なあ、なんて名前なのか教えてくれないか? きっと君に似合う、可愛い名前だろうと思うんだ。教えてくれたら俺、毎日この店に通っちゃう。疑ってるの? やだな、俺の信じる全てのものに誓って、君は可愛いよ。いや俺自身と君に誓って、その澄んだ瞳にかけて、俺は嘘なんか言いやしないさ。ねぇ教えてくれるかい? 君の可愛い名前をさ。だって聞かなかったなんて言ったら、死んだじいちゃんに怒られちまうぜ。可愛い娘だったら名前くらいは必ず聞けって教えられたからね」

「……びっくり。よく一息でそれだけ言えるものね」

とうとうと流れるような口調に驚き、女は目を白黒させていたが、まんざらでもないらしい。しなをつくってリュークに問いかけた。

「ねえ、あなたはなんて名前なの? それを先に教えてよ」

「そうか、こっちから自己紹介しなくちゃいけないよな」

リュークはわざとらしい動作で両手を打つ。酒を運んできた女は机に腰掛け、片手に盆を抱え、なるべく自分が可愛く見えるように首をかしげた。リュークはもっともらしく腕を組み、彼女に向かって困ったような顔をして見せる。

「実は、俺には名前がいっぱいあってね。みんなが違う名前で呼ぶんだ」

「あら、それじゃどう呼んでいいか、困っちゃうわね」

「可愛い女の子はみんなグレイって呼んでくれるんだけど……」

「私はなんて?」

「もちろんグレイとお呼び下さい。……当然だろ?」

格好つけたお辞儀をしてから、にっこりと笑ってみせる。華やかなその笑顔は素直そうでもあり、からかっているようでもある。

「あはは。じゃあ、グレイね。私はミナよ」

「ミナちゃんかぁ! やっぱり思った通りだったよ。君の可愛い瞳に似合う、綺麗な名だね。この店には絶対また来るよ。ミナ姫に会いにね。今度来た時も、君が酒を運んでくれるかい?」

「そうね、店にいたら、きっとね」

しゃべりながらミナは机にキームーシュの杯を置き、上機嫌で手を振りながら店の奥へ戻っていく。リュークは座り直すと、それへ向かって極上の笑顔を見せながら、右手を軽く振った。ガライの方はと言えば、しごく不機嫌そうな顔でリュークを睨んでいる。

「……さっき話を中断させたのぁ、聞かれないように、っていうんじゃなかったのか? 一瞬見直したんだがな。何でヴィトはあんたみたいな奴を紹介したんだ? どう見てもその辺の軽い兄ちゃんにしか見えんぞ」

「そう? ま、いいよ。あんたが仕事を頼まないってんなら、それまでさ」

リュークは肩をすくめて、白く濁った酒を一息で流し込む。ガライはまた顔をしかめ、それから考え深げに腕を組んだ。灰色の目はリュークを睨み続けたままだ。リュークは腰掛けた椅子を揺らし、先程のミナという女に手を振っては喜んでいる。仕事の依頼やガライの存在は、取るに足らないもののようだ。ガライはわざとらしいまでに大きく息を吐き、決心したように口を開いた。

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