Legend of The Last Dragon −第三章(2)−

にっこり笑って杯を受け取ると、やおらその娘に向かって話しかける。

「やあ仕事が早いな! ありがとう、君が運んできた酒ならさぞかし美味いだろうね。あ、びっくりしたかな。いや、こんな綺麗な娘(こ)と話してるもんだから緊張してんだよ。なあなんて名前なのか教えてくれないか? きっと君に似合う、可愛い名前だろうと思うんだ。教えてくれたら毎日この店に通っちゃう。疑ってるの? やだな、俺の信じる全てのものに誓って、君は可愛いよ。いや俺自身と君に誓って、その澄んだ瞳にかけて、俺は嘘なんか言いやしないさ。ねぇ教えてくれるかい? 君の可愛い名前をさ。だって聞かなかったなんて言ったら、死んだじいちゃんに怒られちまうぜ。可愛い娘だったら名前くらいは必ず聞けって教えられたからね」

「……びっくり。よく一息でそれだけ言えるものね」

とうとうと流れるようなリュークの口調に驚き、女中は目を白黒させていたが、まんざらでもないらしい。しなをつくってリュークに問いかけた。

「ねえあなたはなんて名前なの? それを先に教えてよ」

「そうか、こっちから自己紹介しなくちゃいけないよな」

リュークはわざとらしい動作で両手を打つ。酒を運んできた女中は机に腰掛け、片手に盆を抱えたままで軽く首を傾げている。リュークはもっともらしく腕を組み、彼女に向かって困ったような顔をして見せた。

「俺には名前がいっぱいあってね。みんなが違う名前で呼ぶんだ」

「あら、それじゃどう呼んでいいか、困っちゃうわね」

「可愛い女の子はみんなグレイって呼んでくれるんだけど……」

「私はなんて?」

「グレイとお呼び下さい。……当然だろ?」

格好つけたお辞儀をしてから、にっこりと笑ってみせる。華やかなその笑顔は素直そうでもあり、からかっているようでもある。

「あはっ。じゃあ、グレイね。私はミナよ」

「ミナちゃんかぁ! やっぱり思った通りだったよ。君の可愛い瞳に似合う、綺麗な名だね。この店には絶対また来るよ。ミナ姫に会いにね。今度来た時も、君が酒を運んでくれるかい?」

「そうね、運んであげるわ」

しゃべりながらミナは机にキームーシュの杯を置き、上機嫌で手を振りながら店の奥へ戻っていく。リュークは座り直すと、それへ向かって極上の笑顔を見せながら、右手をひらひらさせた。ガライの方はと言えば、しごく不機嫌そうな顔でリュークを睨んでいる。

「……さっき話を中断させたのぁ、聞かれないように、っていうんじゃなかったのか? 一瞬見直したんだがな。何でヴィトはあんたみたいな奴を紹介したんだ? どう見てもその辺の軽い兄ちゃんにしか見えんぞ」

「そう? ま、いいよ。あんたが仕事を頼まないってんなら、それまでさ」

リュークは肩をすくめて、白いキームーシュを一息で流し込む。ガライはまた顔をしかめ、それから考え深げに腕を組んだ。灰色の目はリュークを睨み続けたままだ。リュークは腰掛けた椅子を揺らし、先程のミナという女中に手を振っては喜んでいる。仕事の依頼やガライの存在は、取るに足らないもののようだ。ガライはわざとらしいまでに大きく息をつくと、口を開いた。

ガライには弟がいるという。弟は武術に優れていたので、ルセール城で倉庫番をするまでに出世した。倉庫番と言っても、彼が警備しているのは宝石のいくつかがしまってある小さな部屋だったのだが。

しかし、先日の事。

「弟は何も知らんと言うんだ。だが、大事なサファイアの首飾りがなくなったんは確かなんだよ。いくつかなくなったんだが、サファイアのは特別に大きい奴だったんだ。誰が盗んだのかも分からんし、どうやったのかも分からん。なんしろ、そのおかげで弟は仕事が出来なくなっちまった! このまま見つからなかったら国外追放だって言うんだぞ?! 弟は一生サファイアなんか見たくもないって言ってる。俺だって……くそっ!」

ガライは弟の事をとても可愛がっているようだ。まるで自分の事のように悔しがる様子は、彼の逞しい外見とは裏腹に、妙に可愛らしい印象さえ与えている。しかしリュークは、そんな話など聞いてもいないようだった。自分が前に飲んでいた分と合わせて二つの空の銅杯をいじって遊んでいる。目の前の依頼人に目もくれず、杯を重ねて置いてみたり、転がしてみたり……。ガライはその様子を、歯を食いしばって睨みつけた。しかし、それすらリュークは意に介さないようだ。目だけをガライに向けてぶっきらぼうに言う。

「なんだよ、先を続ければ?」

ガライは床に向かって唾を吐き捨てた。しばらくの間、口の中でぶつぶつと罵(ののし)りの言葉を呟く。しかしやがて大きく深呼吸をすると、話を再開させた。

「俺がマルティンさんの屋敷で働いてるって事は言ったが……」

「ああ、あのでぶ親父な」

「……まあ、そうだ。そこでつい一週間ほど前に舞踏会があったのを知ってるか?」

「いや。この前ここへ来たのはもう三ヶ月も前になるし、今回は昨夜着いたばかりだからな。けど、あの奥さんの騒ぎ好きは昔からだ」

「ああそうだ。それで奥様はこないだも、なんだかよく分からん名目の舞踏会を開いてた。その時に、俺は見たんだ!」

「何を」

「決まってるだろう、首飾りだ! 奥様がしてたんだよ、作りもんなんかじゃないんだ、そう言ってた。間違いねえ、あれはお城の弟んとこから盗まれた奴なんだよ! おい聞いてるのか、えぇっ!」

「静かにしろよ」

「盗まれた首飾りなんだ! サファイアなんだよ! そんでぬかしやがった、『やっと手に入れた』ってな!!」

ガライは興奮し、自分が大きな声を出している事に気づいていない。今にも立ち上がって両手を振り回しそうな勢いだ。リュークは再度たしなめる。

「静かにしろって。本当に本物なのかよ」

「本物だとも! ヴィトが保証した、あいつは何でも知ってる、あれが本物だって事も、ヴィトは知ってるんだ」

「あっそ。じゃあその首飾りは本物だろうな。あいつの情報にゃ間違いがないから。まあそれ以外は大問題なんだけどなぁ……」

「なあ、俺は騒ぎを大きくしたくねえんだ。誰が、何で盗んだかなんてどうでもいい。あれが無事にお城に戻ってくれさえすりゃいいんだ。そうすりゃ弟も戻ってこれる」

「トーラスの屋敷から盗んで、誰にも分かんないように城に返せって事か」

「ああ。頼む、どうかあれをお城に返してくれ」

ガライは大きな体を小さくして頼み込んだ。もう大きな声を出す事はなかったが、その代わりに気がはやって、妙に早口になっている。リュークが報酬の事を尋ねると、自分の一ヶ月の給料分は確実に払うと約束した。そんなもんだろうな、といってリュークは席を立った。手ぐしで髪を梳(す)き、そのまま立ち去ろうとして、思い出したように付け加えた。

「ここの支払い、よろしくな」

「は? ああ……。いや、ちょ、ちょっと待ってくれ、仕事の方は引き受けてくれるんだな?」

「任せとけ」

ごく軽い調子で言うと、一瞬だけ、営業用の笑顔を作った。

「そうそう、報酬をヴィトに渡すの、忘れるなよ?」

銅杯に少し残った酒を飲み干すと、人々の間をすり抜けて、あっという間に店を出ていく。ガライは、呆気に取られていた。彼はその人生において盗賊という人種には関わった事はなかったが、もう少し違うイメージを抱いていたからだ。あんなお調子者の青年が本当に確実な仕事をしてくれるのだろうか……ガライは突然、不安になってきた。

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