Legend of The Last Dragon −第三章(4)−

王都マイオセールは現在、ルセールの首都として栄えている。

ここはずっと以前、小さな名もなき田舎町だった。だが、ルセール地方の中でも特別な場所として扱われていた。何故なら、この町の付近にだけは水が豊富に湧くからである。地下水脈から汲み上げられた水は人々の生活を潤し、またより多くの人々を呼び集めた。人口が増えるにつれ、町はいびつな円形を保ちながら徐々に広がっていった。

そこへ英雄マイオスがやってきて、ルセール建国を宣言したのである。町は英雄の名を取ってマイオセールと名づけられ、多くの移住者がやって来た。マイオスは国力増強のために住民増加を呼びかけ、そのためにますます家が足りなくなった。町の設計は、家が建てられるたびに複雑になっていく。そして現在に至って、沢山の袋小路がこの町に存在する事になったのである。

今、その袋小路の一つにリュークは入っていった。大通りから二つほど角を曲がった先の細い通りに面した、誰も気づかないような小さな路地だ。そこに入ると、なんとはなしにあたりが薄暗くなったような印象を受ける。ルセールの家々は大抵の場合平屋なので、どんな細い路地も、光がまったく当たらないという事がない。まして、この南国では陽射しが強い。暗いと感じる路地は少ないはずである。しかしリュークの歩いている路地は、どうもそんな感じがするのだった。この路地が他と比べてやけに狭く、人影がまばらで、さらに言えば塀に重ったるく絡んでいるつたのせいなのだろうか。何にせよ、あまり楽しい雰囲気の道ではないようだが、とにかくリュークは歩いていった。彼自身、歩き慣れた道のようである。その道の突き当たりの扉を叩くと、中からの声が名を尋ねた。

「私を尋ねて来られるとは珍しい方だ。どなたですか?」

「俺だよ、リュークだ」

「本当にリュークなら、私の一番好きな言葉を知っているはずだね」

リュークは少々うんざりした顔で前髪に指を入れ、目を閉じた。何かを思い出すように眉を寄せ、それから詩の一部分を唱える。

「ええと、『太陽はその剣を熱して鍛え、月はその剣を冷やして鍛える。そうして強くなった剣をかざした男は、運命の神を父に持ち美の神を母に持つ、優れた勇者であった。勇者は多くの神々に見守られ、己の人生を歩き始める』だったかな」

「では『彼の前に立つ男』は?」

「何だっけな……ああ、時の神サキュレイアだ」

目の前の扉が音もなく開く。中には一人の男が立っていた。背丈はリュークとそれほど変わらない。男である事は確かだろうが、身体全体を覆い隠すローブのせいで、年齢や身体つきなどは判然としなかった。彼の顔にかかるフードと眼鏡のせいで、顔つきを読み取るのも困難だった。しかしリュークはそれが誰だか知っていたし、その男も来客が誰なのか知っていた。男の口が微笑みを浮かべる。

「その通り。どんな勇者も時を超えるわけにはいかないね。さあ入って」

「よお、ヴィト。しっかし長い合い言葉だよな、分からなくならないか?」

「君と同じにしないでくれるかな。その詩が入っている本は全部覚えているんだよ」

ヴィトの家は綺麗に片付けられていて、こざっぱりとしている。リュークたちが机につくとほぼ同時に、下働きの侍女が冷たくした甘蜜(かんみつ)を持ってきた。この地方に多く生息する虫が好むラクレシという花があるが、甘蜜というのはそのラクレシから採った蜜を精製し、液体状に加工したものだ。暑い日には冷やして飲むのが美味しい。

丈の短いスカートと白い前掛け姿の侍女に、リュークは特上の笑顔を送った。が、彼女は目を伏せたままで杯を二つ、黙って机に置くと、奥の部屋に去ってしまう。リュークはため息をつきながら「相変わらず躾が厳しいんだろ」とからかったが、ヴィトはその言葉を軽く無視した。リュークは肩をすくめると、甘蜜の杯を傾ける。渇いた喉に冷たい液体が心地よく流れ込んだ。半分ほどを一気に飲み干してから、彼は黒いベロアの袋を取り出した。

「ガライって奴の依頼、完了したぜ。トーラスの屋敷からサファイアの首飾りを取り戻してきた」

「お疲れ様、ありがとう。報酬はガライからもらってあるよ。いつものように二割は私に。残りの八割が君だね」

ヴィト=キルヒアは、柔らかな声の持ち主だった。高すぎず低すぎず、その声は、とても柔らかく響く。ゆっくりとした話し方も手伝って、上品で優しげな雰囲気が醸(かも)し出されている。しかしリュークは心の中で「騙されねーぞ」と自分に言い聞かせた。ヴィトはそれを知ってか知らずか、目の前で微笑んでいる。

「情報の売り買いだけでも儲けてるんだろ? 仕事の依頼報酬まで取るんだからなあ。ヴィトお前、がめついぜ」

「心外だなあ。仕事を紹介したのも私じゃないか」

「そりゃまあ、な」

「リュークはちゃんと払ってくれるよ」

「ちっ、しっかりしてるぜ」

「それから、依頼は完了したって言ってたけど、まだ終わってはいないな」

「? ……なんでだよ」

「依頼は『弟がまた城で仕事が出来るようにして欲しい』だったね? 首飾りが城に戻ってこなくちゃ、シュウス王だってガライの弟を呼び戻したりしないだろう?」

「おいおい。まさか俺に、城にまで忍び込めって言うのか?」

それを聞くと、ヴィトはおかしそうに笑った。それから、まるで子供に諭して聞かせるように言う。

「いいかい、忍び込むだけじゃないんだよ。ちゃんと首飾りを戻してきてくれなければ困るんだ。大丈夫だよ、忍び込む手はずはもう整ってるから。城の地下水路が明後日、掃除されるんだ。その時に上手くもぐりこむといいよ」

「自分でやらないからって簡単に言ってくれるよ。俺はやらないぜ、そんな仕事」

「そう、報酬の残りも全部私にくれるなんて優しいね、リューク」

「ヴィト、てめえ……」

ヴィトの表情はよく見えなかったが、笑いをこらえている様子は手に取るように分かった。彼は、リュークが困って言葉に詰まっているのを知っているのだ。しかしリュークが断らないのもまた、彼には分かっていた。長い付き合いは、時として言葉を必要としなくなるものだ。くっくっく、と小さな笑い声を隠して、ヴィトはもう一言付け加えた。

「近衛兵がいると思うから、くれぐれも気をつけて」

リュークはため息をついて髪をかきあげた。

「ああもう分かった分かった、明後日だな? じゃあ準備しとくよ。……まったく、毎回こうやってはめられてる気がする」

「私はリュークが失敗しやしないかと、いつも心配しているんだよ」

「心配だけなら誰でも出来るしな」

「嫌だなあ、昔からの友人じゃないか。そうだろう?」

にっこりと笑顔を浮かべて見せるヴィトである。しかしそれを聞き流して、リュークは残りの甘蜜を飲み干した。わざとらしく格好をつけた挨拶をすると、もう一度ため息をついてからヴィトの家を出ていく。その後姿には、何度も同じ事を繰り返してしまう自分に対する諦めが見えた。

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