LL index≫第三章(一気読み) (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14)
ハーディスの陽射しが降り注ぐ。直接突き刺さるように感じるのは、町に緑が少ないせいだろうか。手で顔を隠して振り仰ぐと、いつもと変わりのない青空が広がっているのが見えた。雲もなく、ハーディスが激しく自己主張している真っ青な空。数羽のヒューゴーが高い声を上げながら、勝手気ままに飛んでいるのが目に入ったが、あまりの眩しさにリュークは目線を足元に下ろした。足が、乾いた土を踏んでいく。マイオセールでは、石畳になっているのは中央に近い通りだけで、今彼が歩いているような細い路地は全て土だった。
曲がりくねった路地を通り、小さな広場をいくつも抜けていく。リュークは迷う事なく歩いていくが、初めてこの町に来た旅人はよく迷う。街全体が路地と袋小路で成り立っているからだ。
リュークは一つの町に定住した事はないが、マイオセールにはしばらく住んでいた事がある。もう七年ほど前、まだ彼が少年だった頃の話だが。それ以来、マイオセールには何度も訪れているが、迷った事は一度もない。人様のかばんや財布を持って逃げる時、自分が迷っていては話にならない。城下町の路地という路地全てを知り尽くしていると言っても過言ではなかった。
町の中央近くになると道が広くなり、石畳になる。通りもある程度は整備されているので分かりやすい。しばらく歩いていくと、大きな広場に出くわした。マイオセールの中央広場である。ここは人々の憩いの場でもあり、また日常の物を買う事の出来る便利な場所でもあった。多くの家や店が円形の広場を形作っている。広場の端には、東西に向かい合う形で、二つの水場が作られていた。様々な色の天幕がそこら中に並んでいるところを見ると、今日は月に一回開かれる大市場の日なのだろう。簡易式の店が立ち並んで、いくつもの通路を作っている。客を呼び込む声や、子供の笑い声、人々のざめき……。当たり前の、ごくのどかな風景はまるで一枚の絵のようだ。
市では水や食料品を始めとして、様々な商品が売られていた。またリューイー地方から運ばれる海産物などが扱われているのも、ルセールの特徴だ。特有の臭みを感じながら、リュークは天幕と人々の間をすり抜けていった。突然、服を引かれて振り返る。小さな女の子が花かごを持って立っていた。その子に銅貨を一枚握らせ、小さな青い花束を買う。女の子は大袈裟に頭を下げると、また次の客の服を引っぱりにかかった。こんな光景も、マイオセールでは日常の一風景だ。リュークは小さく微笑んだ。
広場の北側には、立派な大木が立っている。英雄マイオスの偉業を称えるために植えられた、ラナの木だ。樹齢は既に二百年を経過している。太い幹のそばにいくつか木製の椅子が置かれていた。ラナの木は恋人同士が愛を語る場所でもあるのだ。一人の青年が、若く綺麗な女と寄り添って幹に寄りかかっている。女と目が合ったリュークは、片目だけで軽く瞬きをしてみせた。それから素早く青年の後ろに回り込み、その肩越しに女に花束を差し出す。もちろん、極上の笑顔付きだ。
「な、なんだ、てめえは!」
「その透き通るような青い瞳には、この花が似合う。そして、こんな男より俺の方が、美しい貴女には似合うと思いませんか」
「貴様!」
「ありがとう……お花、もらっておくわ」
「おいっ!」
怒鳴る男には目もくれず、女は戸惑いながら頬を染めている。リュークは彼女に向かって、もう一度片目をつぶる。女の頬が一段と紅くなった。
中央広場を抜け、王宮の壁伝いに歩いていくと小さな川に出る。人々が使っている下水道だ。川は道に沿って細く流れているが、王宮に近づくにつれて、次第に太くなっていった。その脇を歩いていくと、最後には高い壁にぶつかる事になる。王宮の周りを囲う壁だ。
ルセールでは、レノアのように高い建物を建てる習慣はない。レノア城は高い塔をいくつも備えた堅固な造りだが、ルセール王宮は簡単な造りの二階建てである。全体の形は、城下町と同じくいびつな円形。上空から見る事が出来れば、丸い城下町の中心に丸い王宮があるという面白い光景が見られるだろう。王宮には、北の端にある大きな中庭とそれを囲むような回廊があり、南側に多くの部屋が並んでいる。更にその周りを、高い壁が囲っていると言うわけだ。
川と壁に沿って水門へと向う。ルセールの陽射しはこれでもかというほどに彼を照らしていた。太陽神ハーディスは、山脈の北と南で随分性格が違うようだ。北の地方では、暑い季節でもハーディスはそれなりに温厚で、礼儀をわきまえた紳士である。しかし山脈より南では、年中情熱的な愛に満ちているというわけだ。ヒューゴーの高い鳴き声と、水の流れるさらさらという音だけが、その場の涼しさをかろうじて演出していた。
壁に作られた水門から、静かに水が流れ出している。水門のそばには鉄の扉が作られていた。その前に衛兵が二人、立っている。二人とも軽装鎧を身につけ、兜をかぶり、手には長い棒を、腰には剣を帯びていた。「怪しい者は何人たりとも近づかせん」とでもいった風情で目を光らせ、時折立ち位置を交代している。
――そこまで厳しくしないでもいいだろうに……。
リュークは小さく呟いた。もちろん、衛兵たちには聞こえない距離で。彼らは相変わらず厳しい警戒態勢を維持している。そんな彼らに対し、リュークは案を練るでもなく、悩む風でもなく、堂々と歩いていった。なんの躊躇いもなく、衛兵たちに近づいていく。付近には、他に誰も歩いていない。リュークが真っ直ぐに歩いてくるのを見て、二人の衛兵は手にした棒を威圧的に突き出した。当然といえば当然の対応だろう。
「貴様、何者だ! ここが地下水路への入り口と知ってきたのか」
「はあ……。あの、掃除しにきたんでね。わし、遅刻してしまいよったんで、仲間は先に来てると思うんですが」
「ギルドからきた掃除夫か?」
「へぇ」
「ならば証明書を見せるがいい」
「これでさぁ」
「……よし、通れ!」
――証明書の偽造くらい、お手の物さ。
いつの間に着替えたのか、掃除夫の格好をしたリュークは少し背を丸めて礼を言った。目の前で、水路への扉が開かれていく。
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