Legend of The Last Dragon −第五章(2)−

突然クレオの悲鳴が聞こえ、クリフはたじろいだ。声と同時にクレオが持っていた火種が落ち、その姿が見えなくなる。突然の暗闇で、目が利かない。クリフは必死で神経を尖らせ、クレオを探した。空中に伸ばした手が、エイルの肩に触れる。

「ク、クレオがいない!」

エイルもクレオの声に驚いて探していたようだ。クレオは、自分とエイルの間にいたはず……。ひやりとした汗がクリフの背中を伝う。恐怖感と焦燥感に駆られ、彼は双子の妹の姿を捜し求めた。

「クレオ、クレオ!」

「そんなとこにゃいねぇよ、ひゃーっはっはっは」

この場にいるはずのない男の笑い声が、少し離れたところから聞こえる。クリフはその声に聞き覚えがあった。目が暗闇に慣れる前に、気まぐれな風と雲がメルィーズの姿を空に出現させる。クリフが思った通りの男が、クレオの首に短剣を突きつけているのが見えた。

「クレオ!」

「クリフ……」

男は左腕でクレオを羽交い絞めにし、短剣をその首に添わせていた。濃い青の髪を揺らし、男は再び下品な笑い声を上げる。それからふっと冷淡な表情を浮かべ、シキに向き直った。やぶ睨みの目を更に細めて睨みつける。

「よお、シキ」

「お前は……イマネムか!」

「十連勝のお祝いも、武闘大会優勝のお祝いも言ってなかったからよぉ」

イマネムの目は言葉と裏腹に、強い復讐を望んでいる。シキは、イマネムに向かって剣を構え直した。

「俺と再び相見(あいまみ)えようというのか」

先程暗闇になってから、赤毛の男との戦いは止まっていた。シャムシールを手にした男は黙って事の成り行きを見守っているようだった。

「けっ、あんたの相手は俺じゃねぇよ。なぁアザムの旦那」

イマネムの言葉に振り返れば、アザムと呼ばれた男が剣を下ろしたのが目に入る。その様子は、先程までとまるで違っていた。シキと戦っている間中、彼の目は楽しげにすら見えたのだが、今はその瞳にあからさまな侮蔑(ぶべつ)の色を浮かべている。そんな事には気づかぬイマネムが、大声を張り上げた。

「何をぼーっとしてやがんでぇ! 早くシキをやっちまってくれよ!」

「話が違うじゃねぇか、イマネム」

「んなこたぁどうでもいいんだよ、さあ早く、そいつを殺しちまえ!」

イマネムは焦ったように言ったが、アザムはそれに答えず剣を持ち直す。

「こいつらは悪くなかったんだな」

「ちっ、変なとこで正義感出しやがって……おい、俺をやろうったって無駄だぜ。こいつを忘れたかぁ、ひゃはははは」

そう言うと、イマネムは人質であるクレオをますます強く締め付けた。クレオは眉根を寄せ、苦しそうなうめき声を上げる。その目に涙が滲んでいるのを見て、クリフが唇を噛む。

「『汚ない野郎』はお前じゃねぇか」

意味深(いみぶか)な言葉とともに、アザムは唾を吐き捨てた。悔しげに歯噛みする様子を見せながら、しかしその目が鋭く光る。シキとアザムの視線が交差したのは、ほんの一瞬だった。次の瞬間、二人がいた場所には影も残っていなかった。左右に分かれた、その早すぎる動きを捉えきれずにイマネムは焦った。アザムの投げた短剣が空を切って飛ぶ。短剣はイマネムの右足に突き刺さり、悲鳴が上がった。その隙にシキが距離を詰めている。左腕の力が緩んだおかげでクレオは逃げ出し、間髪入れずに長剣がイマネムの喉に突きつけられた。剣先が浅黒い肌に食い込む。

「ひっ」

自分の鼻先、至近距離まで真顔のシキが迫り、イマネムの顔が引きつった。

「こ、殺さ、な……」

声が掠(かす)れ、最後まで言うことすら出来ないようだ。シキは無言のまま動かない。左手でイマネムの胸倉を掴み上げ、右手の長剣を首に突きつけたまま、イマネムを睨みつけて静止している。

「お、お、俺が悪かった……ここ、殺さないでくれ」

イマネムは喉を鳴らすと、小さな声で訴えた。

「……殺す価値もない」

そう呟くと、シキは左手の握力を緩めた。イマネムの身体は途端に崩れ落ちる。シキが剣を収めているところへ、アザムが歩み寄ってきた。億劫そうな顔つきで、ため息を一つ、吐き出す。

「こいつとは以前、何度か傭兵の仕事を一緒にした事があってな。昨日、町で話を持ちかけてきた時は信用したんだが、どうやら俺は見る目がねぇ。……性根の腐った野郎だ」

アザムはそう言いながら、解いた腰紐でイマネムの両手を縛り上げた。イマネムはといえば、シキの剣幕に恐れをなしたのか、放心したように力がない。恐怖に震えながら座り込んでいる。アザムはそれに目もくれず、呆れたように言った。

「『シキを十連勝させたら武闘大会が盛り上がること間違いなし、そうなれば報奨金はお前のものだ』。フォマーにそう言われて八百長試合をしたと言ってたが、こいつじゃ元々あんたに勝てそうにねぇな」

「わざと負けるような相手と戦った記憶はない」

「ははは、あんたは真面目そうだからな。こいつ、『シキは報奨金泥棒だ、俺の物になるはずの金を盗んで逃げた、汚い野郎だ』って言いやがったんだぜ。まあ俺は相手が強いって聞いたから、理由はともかく引き受けたんだけどな」

「フォマーに追われたのは私兵になれという話を断ったからだ」

「そんな事だろうと思ったぜ。……じゃ、こいつは俺がラマカサにしょっぴいてくか」

「悪いが頼めるか。俺たちはなるべく早くデュレーへ行きたいんだ」

「おう、任せろ」

アザムは強面(こわもて)だったが、笑うと意外に愛嬌がある。恐怖から解放されたクレオと安堵している三人を見て、満足したようにもう一度笑った。

それから、すっくと立ち上がる。何故か、今の今まで浮かんでいた穏やかな笑みは姿を消し、シキに向き直った表情は真剣そのものだ。赤い前髪の奥で、双眸が不敵な光を湛えている。

「じゃ、続きをやるか」

クリフたちの目が驚きに見開かれた。しかしシキは無言のまま長剣を抜き放つ。

「乗ってくると思ったぜ」

アザムが、シャムシールを抜く。シキはにこりともせず、しかしどこか嬉しそうな声音で言った。

「決着はつけるべきだろう」

二人の剣が打ち振るわれ、硬い金属音が空気を震わせる。剣を合わせたままでアザムがにやりと笑い、シキは黙ってその目を見返した。エイルは何が何だか分からずにおろおろと二人を見ているばかりだ。クリフとクレオは顔を見合わせ、頷きあっている。

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