Legend of The Last Dragon −第五章(9)−

「それじゃ、俺はこれで」

食事を終えたセサルは、あっさりと言って席を立った。特にこれ以上クリフたちと行動を共にするつもりもないらしい。もうこれで会えなくなっても不思議ではない、とでもいうような口調である。

「え? もうデュレーを出るって事?」

驚いたようなクレオの質問に、これまた意外そうな顔のセサルである。

「いや、まだここに何泊かするつもりだけど」

セサルは物事にあまり執着しない。元々、人と交わることが得意なわけでもなかった。それが砂漠の民の性質なのか、セサル自身の性格なのかは判然としなかったが、ともあれ彼はクレオたちが淋しがっているとは気づかなかったようである。

「まだデュレーにいるなら、明日も会うよね」

「また明日ね」

セサルはほんの少し複雑そうな表情を見せたが、双子の笑顔にようやく意味を見出したのか、すぐに笑顔になった。

「そうか、そうだよな。じゃあ、また明日」

セサルが軽く手を振って出て行くのを、双子は扉が閉まるまで見送った。エイルは一瞥をくれただけだったが、セサルと目が合うと、軽く手を挙げてみせた。

クリフとクレオは使った食器を片付け始めている。が、エイルは食器を片付けようとしない。当然といった様子でクリフたちが片付けるのを眺めているだけだった。それに気づいたクレオがエイルを一喝、あわや大喧嘩に……というところだったが、クリフが手馴れた様子でたしなめる。こんな事も、もはや日常茶飯事だった。さして大事になるでもなく、クレオはぶつぶつと文句を言いながら食器を片付け、クリフはエイルをなだめながらそれを手伝い、エイルは腕を組んでそっぽを向いた。

食器を下男のアルダに手渡すと、三人は勘定台でメイソンを呼んだ。宿の亭主が厨房から顔を出す。呼びかけに応え、彼は前掛けで手を拭きながら出てきた。

「はいはい、食事はいかがでした?」

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「そりゃあ何よりですね」

「それであの、シキがいる部屋に、私たちも泊まれますか?」

「ええ、ええ、もちろんですとも。そう思って四人部屋にお運びしたんですからね。先ほど薬食をお届けしましたよ。何とか口にしていらしたようです。今頃はお休みになってると思います」

「そうですか、よかった」

「さっき行ってお分かりだとは思いますが、一番手前の廊下、突き当りの部屋です」

宿代は出立時にまとめて払ってくれればいい、とメイソンは太っ腹である。三人はその申し入れをありがたく受け入れ、とにかく体を休めようと二階への階段へ向かった。

四人を見送るとメイソンは食堂を見渡したが、客席は大半が空いていて、多くの客が食事を終えたようだった。朝の混雑が終わると、しばらく食堂は暇になる。

――それにしても客が少ない。

ため息をつきながら頬杖をつく。食事代として預かった硬貨を数え、もう一度ため息をついた。メイソンの宿はここのところ、客の入りがあまり良くないのである。彼がその原因について頭を悩ませていると、二人の男が木の扉を押し開けて入って来た。それに目をやって、彼らを愛想よく出迎える。

一人はメイソンがよく知る男だった。いつも、すっかり禿げ上がった頭をしきりに撫でている。旧知の仲ではあるが、メイソンはこの男が好きなわけではなかった。もう一人はそれより少し若く、見覚えがなかった。ごく一般的な、目立たない服を着ているが、あたりに配っている視線には隙がない。やせぎすで背が高く、神経質そうな顔つきだ。男はメイソンやこの宿自体にあまり興味はないようである。メイソンを紹介されても無表情のまま、気のない風で握手をし、きちんと揃えられた紫紺色の髪を櫛で整え直した。メイソンの方は、男を紹介されると一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、ともあれ詳しい話を聞くため、宿の奥へと二人をいざなった。

「よくあんなスープが飲めるな」

「エイルったらまだ言ってる。もういいじゃない」

「お腹いっぱいになったら眠くなっちゃったよ」

二階へ上がった四人は、一番手前の廊下を歩いていた。突き当たりの部屋の扉をクリフが開けようとしたが、クレオがそれを止める。

「ちょっとクリフったら。シキが寝てるのよ、そっと開けなきゃ」

「あ、そっか」

「シキのことを忘れるとは……」

「ごめんごめん」

改めて取っ手に手をかけ、そっと押し開ける。中は、思ったより狭かった。木の窓が閉められ、薄暗い部屋の奥でシキが静かな寝息を立てているのが見える。扉を開けた音にも、三人の気配にも起き上がる様子がない。腹が満たされたからというよりは、疲労のために昏々と眠っているようだった。

「しー……」

三人はそっと部屋に入り、寝台と寝台の狭い隙間に腰を下ろした。硬い木の床ではあるが、座っていられることに安堵感を覚える。ようやく人心地がついた、といったところだ。そして彼らは再び、囁くように会話を交わし始めた。

「あーあ、疲れたね」

「そりゃそうよ、一晩中歩き続けたんだもん。本当に、昨夜はとんでもない経験をしたって感じ」

「私たちが助けに行った時、クレオは大泣きだったな、子供のようだったぞ」

「な、何よ、エイルだって泣いてたじゃない」

「私がいつ泣いたというのだ。馬鹿なことを言うな」

「もう忘れたの? エイルったら『シキ〜起きて〜』って泣いてたくせに!」

「そんなこと言ってな……」

「しーっ!」

クリフが指を唇に当てる。声を荒げかけたエイルは、慌てて黙り込んだ。三人は思わずシキを振り返ったが、動く気配はない。寝息は安らかだったが、時折痛むのか、うめき声を上げている。冗談や軽口交じりの明るい雰囲気は打ち消され、意気消沈といった沈黙がクリフたちを包んだ。

「……どのくらいで治ると思う?」

「出血が激しかったから、恐らくは熱が出る。数日、長ければ半月……熱が下がれば大丈夫だろう」

「どうして分かるのよ」

「シキ配下の若い騎士が大怪我をした時、ジルクに聞いた話だ。切り傷などで大怪我を負うと、高熱が出るらしい」

「そうなの……」

「きっと大丈夫だよ。シキは強いもん。な、エイル」

「うん」

――何よ、クリフには随分素直じゃない。

クリフの言葉に頷くエイルを見ると、口にこそ出さなかったが、クレオは何だか面白くなかった。崖から落ちた後、二人に何があったのか聞く暇もなかったが、あれからクリフとエイルは妙に仲がいい気がする。クレオは、どんな事があったらあんな生意気なエイルが素直に言うことを聞くようになるのだろうと考えを巡らせた。しかしすぐに、そんなこと有り得ないか、と首を振った。

「ああ、お腹いっぱいだあ」

クリフは何度も出る欠伸をかみ殺している。

「そうだね、私も眠い……。やっぱり疲れてるんだわ、昼前だけど、もう寝ちゃおうか」

荷物の確認、シキの怪我の治療、この先の相談、情報収集……やらねばならない事は山のようにあるだろう。しかし今は何より、体力の回復が重要だった。三人は頷きあうと、早速それぞれの布団にもぐりこむ。

薄暗い部屋の、少しひんやりとした空気が心地いい。部屋の外は明るいハーディスの光に満ち溢れているのだろうが、窓をしっかりと閉めているので、部屋には幾筋かの光が差し込んでいるだけだった。窓越しに通りを行き来する人々のざわめきが聞こえているが、それすらも彼らにとっては子守唄のようだ。夢にまで見た布団にくるまると、今までの疲れが一時に攻め寄せてくる。そうして三人は、百を数える間もなく眠りに落ちていったのである。

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