Legend of The Last Dragon −第五章(9)−

一部始終を見ていたエイルはあまりの言葉に呆れ返った。その長剣は、エイルの父エイクスがシキに与えた物だ。レノア王家の刻印は入っているが、そういう剣は他にもある。素晴らしい品で、アルダやメイソンのような階級の者が持っているようなものでないのは確かだが、絶対に持っていないとは言い切れない。証拠と言われれば、言葉は喉につまる。エイルは唇を噛んだ。

「それはあんたのものじゃない、シキって人のものだよ」

張りのある声がし、人々はその声の主を振り返った。

「セサル!」

「今朝、その剣を見たよ。彼らの部屋で見た。確かに、その剣だった」

エイルは驚きと喜びの入り混じった顔でセサルを見つめている。セサルは茶褐色の目を片方だけつぶってみせた。エイルの肩を清潔な布で覆うように結んでいたティレルが淡々と言う。

「私が出た時、あんたは剣を振り上げてたわね。この子に向かって振り下ろそうとしてた」

「そ、それは、いやその……」

一旦は何とか逃れられるかと思っただけに、メイソンの慌て振りはひどいものがある。状況はメイソンに有利になるどころか、ますます深みにはまっていく。額の汗を拭きながら、メイソンは何とか言い訳しようと口を開け閉めした。近所の宿の主人が、隣の宿の夫婦と話している。

「メイソンとこは、客が金を持ってないからって身ぐるみはいで追い出すっていう噂だな」

「ああ。だが噂じゃなかったようだね。それだけだってあくどいが、追い出された客が本当に金を持ってなかったか……怪しいもんだ」

「夜中に客の金品を盗んでおいて、それで翌朝、金がなきゃ荷物を置いて出て行けっていうわけね」

「もしそれが本当なら、ひどい話だ」

「嘘です、嘘に決まってます、そんなのは単なる噂話! 子供の言う事を信じるなんて、あんたらはどうかしてるんじゃないですか? え? 子供の戯言(たわごと)を信じるなんて……」

メイソンは両腕を振り上げて抗議したが、最早それに耳を貸す者はいなかった。古道具屋の老人がしわがれ声を張り上げる。

「おいメイソン! あんたがどんな商売をやろうと、私にゃあ関係ない。だがな、子供を傷つけるなんて事は許さんぞ」

「そうだ! それに、盗みは重大な罪だぞ!」

人々の中からメイソンを非難する声が次々と上がり、メイソンとアルダは目を白黒させた。

「そうだ。許される事じゃない」

張りのある声が、人々の間から再び上がった。集まっていた人々は、ひときわ大きな声を上げたその人物を振り返った。小柄だが肉付きのいい体格で、頭は見事なまでに禿げ上がっている。後ろ手に両手を組んだ男は、人々をかき分けて進み出た。その堂々たる様子に、人々は彼が話すのを待って、静まり返っている。

「お前のやっていた事は、罪だ。そうだろう?」

男は繰り返すと、首を傾けてメイソンを見た。

「これはデュレー全体の宿にも影響する事件だ。メイソン、お前は宿屋ギルドの裁判にかけられるだろう。恐らくは有罪だな、確証はないが……」

「ま、待ってくれ、ヘッジ」

「メイソン」

「い、いやヘッジさん! ちょっと待って下さいよ、第一そんな馬鹿な話があるものですか、私は善良な……」

「親愛なるメイソン、お前とは長い付き合いだ。これまで、お互い上手くやってきた。お前が少々歪んだ商売をやろうとも、私たちの関係にひびは入らないと思ってたんだ。しかし私は甘かったようだな。友人として忠告すべきだった。きちんと罰は受けるんだ。罪は罪だよ、メイソン」

メイソンは口を半開きにしたまま、半ば信じられないという表情で突っ立っていた。ヘッジはそんなメイソンを無視して続ける。

「お前はいつも、考えが浅いんだ。……少しばかりね。今回の事は私も非常に遺憾に思う。お前がしでかしてしまった事は、もう取り返しがつかない。諦めるんだな」

首を振って、「残念なことだ」と付け加える。

ヘッジは宿屋ギルドの長であり、同時にデュレーの宿の多くを経営している町の実力者だ。これまでにも町で起こった色々な問題を解決してきた人物で、事実上、デュレーの町を取り仕切っているのはヘッジなのである。

「皆さん、この男は私が責任を持って預かりましょう。我々宿屋ギルドの裁判にかけ、公平な裁きを下し、必要であればそれなりの処分を言い渡します。それでよろしいですね?」

「ああ、ギルドで決めるのが一番だ」

「そうだな、後はヘッジさんに任せるのがいいだろう」

彼の言葉に反対する者はいない。ヘッジはメイソンから剣と鞘を取り上げ、扉の脇でティレルに隠れるようにして立っていたエイルに手渡した。シキの長剣は、エイルの肩に届く長さである。剣を鞘に収めることが出来ないので、仕方なくエイルは右手に剣、左手に鞘を持ってヘッジに頷いた。

「ヘッジとか言ったな、礼を言うぞ」

「これはこれは……。まるで貴族様のような物言いだな。少年、頭ぐらい下げたらどうだ」

エイルは、その言葉にはっとした。頭を下げるなど、彼は思いつきもしなかったのである。しかしヘッジの言葉は恐らく常識なのだ、と、エイルは思った。助けてもらったのだから礼を言う、頭を下げるのが当たり前なのだろう。

エイルは悩んだ。この場にいる人々から見れば、自分は一市民であり、少年に過ぎない。貴族ではなく、ましてや王族ではないのである。誰一人として、エイルが王子だなどとは思わないだろう。彼がどれほど主張したところで、何の根拠もない。やはり、頭を下げなければならないのだろうか。王子である自分が、この、自分を見下ろしている男に。愕然として、エイルは黙り込んだ。時間にすればほんの少しだったが、エイルの頭の中で、相反する二つの考えが目まぐるしく入れ替わった。

「ふむ、親の躾がなってないな。……まあいい」

ヘッジは少々軽蔑したような色をその顔に浮かべ、エイルから目を背けた。

「ティレルさんを始め、お集まりの皆さん、夜中に騒がせて申し訳なかった。それでは私はこれで」

ヘッジは人々に一礼すると、メイソンとアルダについてくるよう促して、メイソンの宿の方へ歩き去った。人々もそれをきっかけに、三々五々帰っていく。古道具屋の老人はエイルの肩に手を置き、怪我を大事にしろよ、と言い残していった。そうして家々の扉が閉まり、デュレーに夜の静寂が戻ってきた。後に残っているのは、複雑な表情のエイルと、ティレルだけだった。

「メイソンたちと宿に戻るのが嫌だったのね?」

ティレルは両手を腰に当てている。エイルは無言のまま頷いた。それからおもむろにティレルを見上げ、尋ねる。

「私は、躾がなっていないと思うか?」

思わぬ問いかけに、ティレルはその少年をまじまじと見つめた。寝間着姿の少年。寝癖のついた髪。靴もはいていない。お世辞にも奇麗とは言い難い格好で、事情を知らなければ「だらしない」としか言いようがない。しかし少年の透き通るような瞳と、一文字に結ばれた唇ははっきりとした意思を持ち、生まれながらの性質は確かに王族の風格を備えていた。ティレルは少年をしばらく見つめ、それから真顔で言った。

「あんたの躾がなってないとは思えないわ」

「そうか!」

「だけど、人に礼を言う時は、やっぱり頭を下げるものよ」

エイルは歓喜の色をありありと浮かべたが、ティレルの言葉に再び沈黙する。エイルは、葛藤していた。そしてようやく出した結論を自分に納得させ、大きく頷いた。長剣とその鞘を地面に寝かせる。それからエイルはティレルの瑠璃色の目を真っ直ぐに見た。

「ティレル、助けてくれてありがとう」

城にいる時、教養係にうるさく言われて嫌だった、正式なやり方を思い出す。かかとを合わせ、左手は腰の後ろに、右手は胸につける。そうして背筋を伸ばしたまま、腰から上体を折る。エイルは自分に出来る最高の礼儀を持って、ティレルに礼を言った。

「どういたしまして」

ティレルは二サッソ近くも背の低い少年の礼を見て微笑み、長いスカートのふちをつまんで膝を曲げた。

「……さて、このままここで立ち話というわけにもいかないわね。メイソンの宿に行かなくちゃ」

「うむ。私の連れをあの宿に置いておく訳にはいかん」

「うちも宿をやってるのよ。良かったらこっちへ移る? まあ、メイソンのところよりは良心的だと思うわ」

ティレルが微笑むと、綺麗な顔立ちにほんの少しのあどけなさが見える。エイルはティレルの申し出に頷き、彼女と連れ立ってメイソンの宿へと向かった。

――冗談じゃない、何故こうなるのだ。

メイソンは心の中で吐き捨てた。口に出してヘッジに気づかれようものなら、何を言われるか知れたものではない。メイソンにしてみれば、ヘッジの禿げ上がった後頭部を黙って睨み付けるのが精一杯である。

「ああメイソン、お前は本当に頭が悪いね。客の荷物を盗もうだなんて、いつまでも続くことじゃないと何度言ったら分かる? 宿の資金繰りが苦しいのは知っている、だが盗みはもうよせと言ったじゃないか」

――あんたにゃ関係ない。

そう思ったが、やはりこれも言えることではなかった。メイソンは黙ったままでうつむいている。ヘッジは「文句も言い飽きたよ」と言い捨て、腕を組んだ。

宿の扉を叩く音がする。ヘッジは、来たか、とばかりに扉を開けた。

「やあティレルさん、それに何と言ったかな……」

「エイルだ」

「そうか、エイル君、戻ってくるのを待っていたよ。さあ入ってくれ」

小さな明かりだけが灯された薄暗い食堂で、四人は向かい合って席に着いた。

「まずは私からもう一度詫びよう。エイル君、このメイソンが馬鹿な真似をしてすまなかったね。ティレルさんもだ。こんな夜更けに騒がせて申し訳なかった」

「いえ、それはいいのよ。人助けが出来て良かったわ」

「君たちの要求は分かりすぎるほど分かっている。そちらの宿に移りたいと、そういう事だろう」

「物分りがいいのね」

「メイソンはもちろん断らんよ、なあそうだろう?」

そう言って、ヘッジがメイソンの肩を叩く。メイソンは視線を合わせないようにしながら、しぶしぶ頷いた。

「彼らが目を覚ましたら、荷物とともにそちらに移れるよう手配しよう。ここでの宿泊賃はいらんし、朝食代もお返しする」

「え、いや、ちょっと待ってくれ、それは……」

「何か文句でもあるのか? メイソン、迷惑をかけた上に金まで取ろうというんじゃないだろうな、え? そんな事はこの私が許さないぞ」

――うちの宿の事だぞ、あんたの許可なんか必要ない。

メイソンは額に青筋を立てた。だが結局は何も言わなかった。そして、彼はその後も発言を許されぬままだった。何一つ得する事がなかったメイソンは歯噛みしたが、ヘッジに盾突くことは出来ない。納得がいかない結果を悔しさとともに飲み込む以外、メイソンに選択肢は用意されていなかった。

そして翌朝には、シキたち四人と彼らの荷物はすべてティレルの宿へと移された。姿をくらましていた下男のアルダ以外、メイソンまで含めた全員が、ヘッジの申し出により、移動を手伝わされたのである。

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