Legend of The Last Dragon −第五章(8)−

「お疲れのご様子ですな、色々と事情もおありでしょうが、デュレーでゆっくり休んでください」

食堂へ行くと、メイソンが柔和な笑顔を見せた。三人の顔には昨夜の疲労が色濃く浮かんでいる。

「旅の疲れが癒え、お連れさんの怪我が治るまで、どうぞ好きなだけ泊まっていってくださいよ」

宿の主人らしい申し出に、クリフは笑って頷いた。

恐ろしい夜は明け、ようやくデュレーに辿り着いたのだ。命の危険に晒されることはもうない。シキの怪我が懸念ではあったが、彼らはともかくも安心と安全を約束されたのである。と、クリフの腹が再び大きな音を立てた。

「これはこれは。まずは腹ごしらえからですな。早速ご用意しましょう。腕によりをかけますからね、きっと疲れなどすぐに飛んでしまいますよ」

メイソンは笑いながら彼らに椅子を勧め、自身は厨房へと向かった。どうやら彼が料理も担当しているようだ。クリフは照れくさそうに鼻の頭をかいている。席につくと、三人それぞれに安堵のため息がこぼれた。

「ああ良かった。一時はどうなるかと思ったわ」

「うん、本当に良かったよ。エイルのお手柄だね」

「ま、まあな」

真っ直ぐに誉められ、エイルは思わずどもっている。クリフは疲れた顔に笑みを浮かべた。

「ね、メイソンさんっていい人ね。ここがどんな宿かまだ分からないけど、見たとこはまあまあだし……お値段があまり高くなければ、シキが治るまでここにいない?」

「ん、俺もそう思ってた。シキはそんなすぐに治らないだろうし……。しばらくここに泊まろうか」

「シキに相談してから決めればいいだろう」

「そりゃそうね」

「あぁ、お腹空いた!」

三人が言い交わしている間に、食堂には人が増えていた。眠そうな目をこすっている踊り子や旅装の神官、それに武器を帯びた傭兵など、数組の旅行者が食事を取るために降りてきている。

どうやらメイソンの宿は二階建てになっていて、上の階が客室になっているようだった。降りてきたのは数組の客だったが、そのどれもが四人前後である。察するところ、客室は数人用の個室ばかりなのだろう。こういった宿は高級な形式で、デュレーにも数少ない形態だった。シキの怪我の事を考えると、個室の方が何かと便利だろう、とクレオは思い、やはりこの宿でシキの怪我が治るのを待ちたい、と密かに思った。

「あ。さっきはどうもありがとうございました」

クリフの声でふと横を見れば、近くの席に先程の青年が座っていた。クリフが頭を下げている。どうやら一人のようだ。それでは食事もつまらなかろう、と席に誘う。青年はその申し出を想像していなかったのか、少し驚いたような表情を見せた。が、「さしあたって断る理由もなさそうだね」と言ってクリフたちの席に着く。

「俺はセサル=イスク。砂漠の部族出身でね、成人の儀式を受けるために旅をしてるんだ」

そう改めて名乗った若者は、二十歳を少々過ぎたくらいに見えた。日に焼けた肌に、白い民族衣装がよく似合う。快活な口調が気持ちよかった。リスのような茶褐色の瞳は、いつでも笑っているようで愛嬌がある。

「俺たちは、コーウェンって町に向かってるんだ。俺はクリフ。俺とクレオが兄妹で、エイルは、知り合いっていうか……」

クリフは上手く説明できずに言葉尻を濁したが、セサルはあまり気にしていない風で言った。

「コーウェンまでか。ずいぶん遠い道のりだね。そうそう、一つ聞いてもいいかな。さっき着いたばかりなら、夜の間に山を越えてきたってことだろ。クルイークに襲われたんじゃないか?」

宿に着いたばかりの時、彼らの服はあちこちが破れ、泥や土ぼこりでひどく汚れていた。服は清潔なものに替えたが、顔などはまだ汚れたままである。興味津々という風ではなく、かと言って社交辞令という風でもなく、セサルはごく自然な疑問として聞いたようだった。

「ええ、まあ……何とか助かったけどね」

セサルの涼しげな視線に、クレオは何だか急に恥ずかしくなってうつむいた。クリフやエイルなら気にならないのにな、と不思議に思う。

「セサルはもうここに長いこといるの?」

クリフの問い返しに、セサルは軽く首を振ってみせた。

「いや一昨日からだ。前に泊まっていた宿が良くなかったんで、移ったんだ。デュレーには星の数ほど宿屋があるけど、良くない宿屋もやっぱりあってね。宿屋ギルドに加入してない宿屋に当たっちゃったんだ」

参ったよ、と小さく肩をすくめて見せる。

「宿はよく選んだ方がいいよ。実は昨日聞いたんだけど、ここもあんまりいい噂がないらしい」

「そうなの?」

「値段も相場よりちょっと高いみたいだしね。でもギルドには加盟してるし、部屋が全部個室だから、今のところ俺は気に入ってるけど」

双子は顔を見合わせた。言葉は交わさずとも、お互いの言いたい事は伝わっているようだ。その様子をじっと見ていたセサルが、不審そうな顔で尋ねる。

「なあ、君らは兄妹って言ったよな……?」

「え、ああ、よく似てるって言われるの。クリフ兄さんとは年も一つしか違わないし、そのせいだと思うわ」

慌てているクリフを横目で睨み、クレオはそつなく取り繕ってみせた。内心、クリフと同じように慌ててはいたのだが、それが表情に出ていないことを祈る。だがセサルは、あまり細かいことにこだわらない性格のようだった。そうなんだ、と軽く頷く。

エイルは、もう口を開くのも億劫といった様子で黙り込んでいた。シキを支えて歩いた双子も疲れただろうが、全員の荷物を持って歩いたエイルは疲労困憊(こんぱい)だった。荷物はほとんど残っていなかったとはいえ、シキの鎧や長剣なども含めれば相当の重さだったのである。銀のさじより重いものなど持った事もないような少年王子には、かなり厳しい試練だったと言わねばなるまい。

下男のアルダが、朝食を乗せた皿を三枚持ってやって来た。待ちに待っていた食事である、クリフは早速パンにかじりつく。その様子を見て、セサルが笑っている。クレオは顔を赤らめて話題を変えた。

「あの、セサルは一人で旅をしているの? 成人の儀式って言ってたけど、どんな事を……?」

「うちの村の成人の儀式は、一人でやるんだ。部落は砂漠にあるんだけど、一人で砂漠を越え、山を超えなくちゃいけないんだよ。儀式の期間は、自分で決める。部落へ帰って、自分がしてきた事を長老たちに話すんだけど、それで大人になったと認められればおしまい。まだ駄目だと言われたら、もう一度旅に出なくちゃいけないんだ」

「大変そうだね」

クリフはうんうんと頷いているが、すっかり食事に夢中になっているようで、打っている相槌も適当だ。

「もう、クリフったら、もっとゆっくり食べなさいよ」

「だってお腹空いてたんだもん、仕方ないじゃないか」

大きなパンの塊を無理に飲み下しながらクリフが言う。クレオとエイルは呆れ顔だが、気にもしていないらしい。セサルも食事を再開し、双子とセサルは腹を満たすためにスープやパンを口に運んだ。

しかしエイルは食事をしていなかった。目の前に置かれた皿からスープを一口、それもほんの少し口に含んだだけである。さじを下ろしたまま、じっと動かないエイルに、クリフが首を傾げる。

「何だよ、エイルは食べないの?」

「食欲もあまりないし……それに、これは私の口に合わない」

「また始まった。エイルったらいっつもそんなこと言って。後でお腹空いたって言っても、いつもみたいにシキが用意してくれるなんて思ってないでしょうね?」

「うるさいな、そんな事は分かってる。だが、これは食べられない」

「そんなにまずいってわけでもないだろ? 食べ始めたら美味しいと思うけどなあ」

セサルも双子に合わせて食事を勧める。しかしエイルはそれ以上口をつけようとはしなかった。疲れすぎている時はあまり食欲が出ない。それも理由の一つかも知れなかった。クリフは自分の皿に乗った食事を片付けながら、エイルの皿をじっと見つめている。

「どうしても食べないつもり?」

「スープもパンも変な匂いがするし、さじが銅だから変な味がする」

それは、エイルが常々言っている言葉だった。彼の食事には、常に金や銀の食器が用意されていた。食材の味を損ねないために必要なのだとエイルは言っていたが、まさか現状でそんなものが用意出来るはずもない。エイルは食事をする度に顔をしかめながら、同じようなことを繰り返して説明するのである。

――いつものことだ。

いつまでも相手にしてはいられない、と双子は肩をすくめた。

「食べたくないなら食べなきゃいいわよ。お金が勿体無いけどね」

「大丈夫、エイルが食べないなら俺が食べるから」

クリフはそう言うと、早速エイルの食器からパンやハムなどを取り上げた。エイルはそっぽを向いている。結局エイルはそれ以上、何も口にしなかった。後でエイルが空腹を訴えることは簡単に予想がついたが、ともあれ彼の朝食となるべき食事はクリフの腹に収まったのだった。

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