Legend of The Last Dragon −第五章(8)−

二人の影が、低い声で言い交わし始める。大柄な方が、小柄な方に文句を言っているようだ。

「ないじゃねぇか。ちょっと、どうなってんです?」

「うるさいぞ、よく探せ。第一、こいつらが金貨をたんまり持ってると言ったのはお前だぞ」

「そりゃそうだけど、どこ探してもねえんだから……」

「大きい声を出すんじゃない」

「どうせこいつら起きやしねぇよ、特製スープでぐっすりおねんねだ」

「ああ、俺が作ったんだからそれは確かだ、そうさ、お前の言う通りだよ。だがな、いいか、隣の部屋にだって客はいるんだ。分かったら静かにしろ」

「ちっ」

――まさか……。

舌打ちをしたのは、下男のアルダだった。もう一人は、察するところメイソンだろう。物音に敏感なシキやクリフが起きないのは、どうやらそれなりの理由があるからのようだった。怪我や疲労も理由の一つなのだろうが、そこには人為的な策略があったようだ。おかしな味がする、とエイルが感じたのは間違いではなかった。味にうるさいエイルの舌は、クリフたちより敏感だったのだ。

エイルは、怒りに燃えた。何と非道な、と、布団の中で身じろぐ。アルダとメイソンはそれに気づきもせず、荷袋を探り続けている。

「ああ、これはどうです? 金貨じゃねえけど、いい剣だぜ」

「どれどれ……ほお、なかなかの品だ。金になるのは間違いないな。よし、これをいただくか」

アルダが見つけたのは、部屋の奥、シキの寝台の横に置いてあった長剣だった。メイソンも近寄り、漏れ入る月の光にそれをかざした。

レノア王エイクスがシキの働きに対して与えた剣は、明らかに一般に使われる剣とは違う品だった。一介の剣士が持ち歩く剣としては充分すぎるほどに意匠を凝らした、立派な剣である。飾るための剣ではないゆえにごてごてとした装飾がされているわけではないが、しかしそれでも、宝飾品といって差し支えないほどの美しさを誇る。二人が頷きあってそれを手に取った瞬間、甲高い声が部屋に響いた。

「それを奪う事、まかりならん!」

制止の声に、二人の男は凍りついた。慌てて振り返ってみれば、扉の近くの寝台から、一人の少年が立ち上がったところである。青い透明な瞳が、怒りに満ちて二人を睨みつけている。

「その剣はシキの命にも等しいのだ。お前たちになぞ渡すものか!」

二人は呆れたようにエイルを見つめた。その視線でエイルは、自分が何をしているのか、ようやく気づく。武器も何も身につけていない、無防備な少年である自分が、寝台の上で賊に指をつきつけているのだ。あまりの驚きと怒りに立ち上がってしまったが、この先どうすればいいのか全く分からない。賊を睨みつけてはみるものの、二人は全くもってエイルを相手にしていない。

「何でぇ、眠り草で寝てるはずじゃなかったんですかい?」

呆れ返ったような声で、アルダが尋ねる。メイソンは首をすくめて、「知らん」と言い捨てた。

「あいつが起きてる理由より、あの大事そうに抱えてる袋に用がある」

「ああそうか。……おい小僧、なぜ起きてるか知らねえが、その袋をこっちへよこしな。いい子だから大人しく、な」

「お前一人じゃ何も出来やしねえ。いいから早くよこせ」

二人はたかが少年一人、と高をくくっているのだろう。手を伸ばして詰め寄った。その顔には馬鹿にしたような薄ら笑いが浮かんでいる。それを見た瞬間、恐怖より腹立たしさがエイルを支配した。

「渡すものか!」

袋を胸にひしと抱きしめ言い放つと、やおら扉に向かって走り出す。

「ま、待てこら! 逃がすわけにゃいかねえぞ!」

「いい機会だ。この剣で試し切りといこう」

メイソンは残忍な表情で剣を持ち、一足先に部屋を駆け出したアルダを追った。エイルは必死に廊下を駆け抜け、階段に辿り着こうとしていた。先回りしようとするアルダをするりとよけて、階段を転がるように駆け下りる。大柄なアルダは追いかけようとした拍子に、階段の低い天井に頭をこすりつけてうめいた。

「アルダ、そこをどけ!」

言いながら、体の小さなメイソンは階段に飛び込んだ。アルダが後に続く。メイソンは振り向きもせず、階段を降りてくる下男をなじった。

「こんな小僧一人に何を手こずることがあるんだ。馬鹿め、早く来い!」

その顔は善人とは言いがたく、昼間のメイソンとは別人のようだった。薄茶の目には狂気じみた光が浮かび、分厚い唇がいやらしく歪んでいる。叱責されたアルダは首をすくめ、「怖い怖い」と呟いた。

食堂は暗かったが、月光があるおかげで物影が分かる程度には明るい。夜半であるからして、当然静まり返っている。しかしエイルが逃げ回るのと、二人がそれを追い回すのとで、椅子や机がうるさい音を立てる。メイソンたちは「騒ぎを聞きつけられては」と、思うように動けない。そのおかげで何とか捕まらずにすんではいたが、このままではどうにもならないことは想像に難くなかった。

「く、来るな!」

ついに二人に詰め寄られ、エイルは怯えて後ずさった。

「そう言われて止める奴がいると思うか」

メイソンがにやりと笑う。エイルは半泣きだ。しかしその時、目の端に皿が積み上げられているのが映った。

「うわっ、やめ……!」

メイソンが言い終わる前に、エイルは勢いよく両手を伸ばし、机の上の皿をすべて払い落とした。硬い床に多くの皿が叩きつけられ、物凄い音が響いた。アルダとメイソンが思わず肩をすくめた隙に、エイルは身を翻す。アルダが怒りをあらわにして駆け寄ってくる。メイソンもあからさまな殺意を持ってシキの長剣を抜く。

「私がお前らなどに負けるものか!」

叫びながら扉に駆け寄り、開け放つ。怒り狂ったメイソンたちの手があと一歩で届く、というところですり抜け、エイルは裸足のまま、通りへと駆け出した。

「あのくそがきめ、どこ行きやがった!」

アルダが叫び、彼らはエイルを追って大通りへと飛び出した。きょろきょろと見回したが、大通りのどこにも少年の姿はない。

「逃がすわけにはいかないぞ。早く追うんだ!」

「ふざけやがって、あの野郎!」

「アルダ、お前はあっちだ! 俺はこっちへ行く」

怒り狂った二人の男は、大通りを駆け出した。

誰もいなくなった宿の入り口で、扉の影からエイルが姿を現す。

「こういうのが……そうだ、灯台下暗しというのだ」

高鳴る動悸を抑えながらも、エイルは小さく笑った。しかし、遅かれ早かれメイソンたちはここへ戻ってくるだろう。その前に何とか手を打つ必要があった。クリフたちは恐らく、目を覚まさない。例え起きたとしても、怪我人のシキを移動させるのは難しい。自分だけで何とかしなくてはならないのである。しかし、何が出来ると言うのだろうか。エイルは、自分の弱さを改めて痛感した。

「くそっ」

思わず、王子にあるまじき言葉を吐き出す。しかしその時、突然ある考えがひらめいた。

「素晴らしい!」

自画自賛すると、宿の裏手へと走り出す。メイソンの宿の裏手は、やはり宿屋だった。その隣は古道具屋で、更にその隣はまた宿屋である。エイルはその最初の宿屋の扉を、思い切り大きな音を立てて叩き始めた。

「開けろ! 泥棒だ! 扉を開けるんだ!」

思いつくままに叫びながら、エイルは扉を叩き続けた。しかし時刻は真夜中である。反応は返ってこない。焦ったエイルは隣の古道具屋の扉へと走った。そこでも同じように叫びながら扉を叩く。エイルが大声で騒いだからか、中から物音がする。が、それとほぼ同時に通りの向こうからアルダの、そしてメイソンの声が聞こえてきた。

「そっちか小僧! 騒ぎ立てやがって!」

「今ぶっ殺してやるからそこで待っていろ!」

エイルは、当然だが、大人しく待ってはいなかった。メイソンが言い終わる前に、更に隣の宿屋へと走っている。

「泥棒だ! いや人殺しだ! ここを開けろ、私を助けろ!」

手が痛むのも構わず、エイルは必死で扉を叩いた。しかし、やはり反応はない。夜中であることが災いしているのか。メイソンとアルダが駆け寄ってくるのが目のふちに映る。恐怖したエイルが再び走り出すのを、メイソンは許さなかった。剣を思い切り振り上げる。エイルは扉に背を押しつけ、ここまでか、と息を呑んだ。恐怖で身がすくむ。しかしメイソンは思った以上に重いその長剣を、片手では操れなかった。剣の切っ先がエイルの左肩に振り下ろされる。エイルは目を見開き、死に物狂いで右へ避けた。長剣はエイルの上着と肩先をかすめたに過ぎず、結果、メイソンの怒りは更に高まった。エイルは、衝撃と熱さにも似た痛みが走った左肩を抑えて座り込んでいる。

「アルダ! この小僧を押さえつけろ!」

メイソンは下男に向かって怒鳴ると、再び、今度は両手で剣を振り上げた。と、その時急に宿の扉が開いた。エイルの襟首を掴んだアルダと、剣を持ち上げたメイソンは、そのままの姿勢で凍りついた。

「随分と物騒ね」

扉を開け、美しい声をこわばらせて言ったのは、背の高い女性だった。豊かな黒髪が波打ち、卵型の美しい顔を縁取っている。意志の強そうな瞳は、宝石のようなきらめきを放つ瑠璃色だ。こんな時間まで起きていたのか、寝巻きではなく、胸の部分をゆったりと大きく開けた上着に、丈の長いスカートをその細身にまとっている。エイルは慌てて彼女の後ろに隠れた。

「ひ、人殺しだ」

エイルが指差しているのはメイソンが手にしている長剣である。メイソンとアルダはそこで初めて、我に返ったようだった。

「ティ、ティレル!」

「あんたたち、いよいよ本性を現したってわけね」

「いやっ、違うんですよ」

メイソンは慌てて剣をアルダに渡し、両手を広げて敵意のないことを示そうとした。いつもの柔和な笑顔に戻ってはいるが、額に汗が浮いている。剣を振り回して少年を殺そうとしていた事実をどう誤魔化そうか、この場をどう言い抜けてくれようか、とメイソンは物凄い勢いで考えていた。アルダも青ざめている。エイルがティレルの後ろに回り、勝ち誇ったように叫んだ。

「そいつらは私を殺そうとしたのだ。しかもその剣は、私の連れのものだぞ」

「どうやらそれが真実らしいわね」

「そ、そ、そんな子供の言うことを信じてもらっては困る、何を根拠に……まさかそんな、あるわけがないでしょう、善良な宿の主人が子供を……なんて、そんな、いいですかティレル……」

メイソンが必死で言いかけた時、ティレルが何かを指し示した。アルダとメイソンがつられて振り向くと、そこに人々が集まり始めている。エイルが大声で叫んだのは無駄にならなかったようだ。近隣の家々には明かりが灯され、寝間着姿の人々が戸口に姿を見せていた。彼らは一様に、不審そうな顔でこちらの様子を伺っている。ティレルの宿の前にも、かなりの人が集まっていた。ティレルの宿の隣、さっきエイルが呼んだ古道具屋の主人や、その隣の宿の夫婦の顔もその中にある。

「あんたら、そんなもんを振り回して、一体何をやってるんだい?」

「いや、その、これはですね……」

メイソンは焦り、アルダは頭を抱えている。

「メイソンは私たちの部屋に忍び込んで、金を奪おうとした。あまつさえ、私を殺そうとしたんだ」

エイルの声に、人々はどよめいた。その肩に血が滲んでいるのを見て、ティレルは眉をひそめている。彼女は「手当てをしなくちゃね」と言うと、一度宿の中へ姿を消した。

「いや皆さん聞いて下さい、事情があるんですよ」

メイソンが流暢に話し出している。彼は動揺する心中を顔に出さぬようにしようと、必死だった。

「全てはその子の勘違いなんですよ。彼らの一行は私の宿に泊まっているんです。客の持ち物を盗むなんて真似を、私がするわけないじゃないですか。お連れさんが怪我をなさってるんで様子を見に行ったんですよ、私とアルダは。もちろん親切心です。それを何か勘違いされたんでしょう」

「そんなわけないだろう! 夜中にこっそり忍び込んで、金が見つからないって言ってたくせに」

「嫌ですね、人聞きの悪い。そんな事を言うわけがない」

「シキの剣を盗んだじゃないか!」

エイルは怒りのあまり興奮して叫んだ。人々の視線がメイソンとエイルを行ったり来たりしている。メイソンは冷静を装ったまま、丁寧な口調で言った。

「私がこの剣を盗んだ? そんな証拠がどこに?」

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