Legend of The Last Dragon −第五章(3)−

決着はなかなかつかなかった。メルィーズは時に隠れ、時に輝きながら夜空を移動していく。もう、真夜中と言っていい時刻だった。剣戟の合間に、小さな昆虫が羽根をすり合わせる音がほんのかすかに聞こえている。三人はじっと黙って戦いを見守り続けていた。エイルは寒さに膝を抱え、唇を尖らしたままである。

ふと、クリフがあたりを見回した。

「どうしたの?」

「何か……聞こえたんだ」

「何かって、何が……」

クレオがそこまで言いかけた時、彼女の耳にもそれがはっきりと聞こえた。低く抑えたようなそれが何の音なのか、双子は目が合った瞬間、気づく。何も気づいていないエイルに目を走らせ、クリフは咄嗟(とっさ)に彼を突き飛ばした。

「なっ、何を」

間をおかず、巨大な灰色の影が岩陰から飛び出した。エイルが今の今まで立っていた地面に、鋭い爪が食い込む。エイルが、声にならない悲鳴を上げた。

「……っ!」

「走れ! 早く!」

クリフがエイルの腕を掴み、三人は無我夢中で走った。シキとアザムも駆け寄り、三人を挟むように立ちはだかって相手を睨みつける。五人が集まった時には、既に獣たちが彼らを囲んでいた。クルイークと呼ばれる巨大な獣が、それも十数頭の獰猛(どうもう)な獣が、よだれを垂らして炯々(けいけい)と目を光らせている。

それは山犬、もしくは狼によく似ていた。だが、似ても似つかない、とも言える。クルイークと呼ばれるその獣は、大きさだけで言えば熊ほどもあった。肩の高さはクリフの背と同じほどで、頭から尾まで十サッソ以上あるものも少なくない。赤く光る両眼がその恐ろしさを象徴している。大きく裂けた口にはしまい切れないほどの牙が並び、特に二本の犬歯は異様なまでに発達していた。

「……ちっ、ここまで気づかなかったとは」

アザムが舌打ちをし、シキがそれに同意して頷く。

「不覚だったな」

エイルは恐怖のあまり、目に涙を浮かべて硬直している。その肩に優しく手を置きながら、シキはなるべく緊張が伝わらないことを願って言った。

「エイル様、ご安心を。私がお守りします」

クレオは双子の兄の腕にしがみついていた。足に力が入らず、小刻みに震えている。一頭の、特に大きなクルイークが唸ると、彼女はより一層クリフに身をすり寄せた。

「ど、どうしよう、どうしようクリフ……」

「大丈夫だよ、クレオ」

妹の名を口に出すと、身体の震えが治まった気がした。クレオが震えれば震えるほど、クリフは落ち着きを取り戻していくように見える。クリフは、興奮を抑えてシキを見上げた。

「剣や弓だけで、何とかなるかな」

「……」

シキはすぐに答えず、口をつぐんだ。その間にもクルイークたちはじりじりと輪を縮めてくる。と、アザムが落ち着いた声で言った。

「集まってちゃまずい。分散するんだ」

「アザム」

「俺とあんたがいりゃ血路くらい作れる」

「……そうだな」

「そんな! 俺も戦うよ」

慌てるクリフに、シキはゆっくりと言い聞かせる。

「いいか、クリフ。後ろを見ないで走るんだ。二人を連れてデュレーへ行け。分かったな」

文句を挟む隙はなく、その迫力に対抗する術もなかった。「シキはどうするのか」と聞き返すことも出来ず、クリフは唇を引き結んで頷いた。

クルイークたちは、獲物を徐々に追い詰めつつあった。わずかに開いた口から唸り声を上げ、その大きな牙をむいている。いつでも飛びかかれるよう腰を落とし、四肢(しし)に力をこめて、彼らは今や攻撃態勢を万端に整えていた。後は、きっかけを待つだけである。

エイルに、限界が近づいていた。潤んだ水色の瞳が恐怖におののき、乾いた唇が極度の不安でわなないている。高まる緊張に耐え切れなくなったのだろう、彼は突如、悲鳴ともつかぬ叫び声を上げた。

「い……嫌だ、嫌だ怖い!」

錯乱状態になってしまったエイルの声は、シキ以下四人の心臓を握りつぶした。クルイークたちが一斉に動く。咆哮を上げ、凄まじい勢いで獲物たちに襲い掛かった。シキの長剣が素早く最初の一頭の足を払い、アザムのシャムシールがその頭をかち割る。クリフは、エイルの腕を掴んで走り出していた。アザムとシキが作った僅かな隙間が見える。双子とエイルは死に物狂いでそこを駆け抜けた。クリフは短剣を振り回し、追ってこようとする一頭を必死で退ける。そのクルイークは、アザムが投げた短剣が刺さって苦悶の叫びを上げた。

「エイル様を頼んだぞ!」

シキが叫ぶ声を後ろに聴きながら、クリフは振り返ることなく走り続けた。歯を食いしばり、エイルの腕をぎゅっと握ったまま。

その場に残った二人の剣士は、息つく間もなく剣を振るい続けた。大型獣相手に自分の身を守るだけでも困難だというのに、彼らはクルイークたちが逃げた三人を追わないようにしなければならないのである。既に長い時間を戦いに費やしていた二人は、体力と精神力の双方ともに消耗しすぎていた。しかし、ついに最後のクルイークがどうと倒れ、二人の荒い息使いだけがその場に残った。倒れているクルイークは十頭以上、その全てが息絶えている。

「よお、大丈夫か」

「……」

シキの答えがないことを不審に思ったアザムは、爪痕の残る左腕を押さえながらシキに近づいた。シキは無言のまま、長剣を支えに立ち尽くしている。突然、まるで耐え切れないとでもいうように、その身体ががっくりと沈んだ。

「お、おい!」

シキの正面に回り、慌てて抱き起こす。その目に、鮮やか過ぎる色彩が飛び込んできた。右足の膝上あたりが深く、えぐれている。

「やられたな。意識はあるか?」

「あ、ああ。すまん、一瞬暗くなって……」

「血が足りなくなったんだろうな。あーあ、こりゃひでぇ。一生ものの痕が残るぜ」

「そんな事はいい。それより彼らが心配だ。数頭取り逃がしたから……つぅっ」

「馬鹿だな、そんな足で走れるわけねぇだろうが。まずは止血だ」

言いながら服の袖を素早く引きちぎり、更にそれを二つに裂く。アザムは二枚の布を繋いで、シキの足の付け根にきつく縛り付けた。そこを縛れば血が止まる事を知っている者の、慣れた手つきである。

シキは傷の近くの布地を裂いた。血で汚れた布地を捨て、まだしも綺麗な部分で傷の周辺を拭う。その表情だけ見ているならば、どれほどの苦痛に耐えているか、それ程分からないだろう。しかし、額や首筋には大粒の汗が噴き出していた。

「これで何とか歩けるだろうが」

その言葉に、シキは痛みを抑えて頷く。アザムはその傷を眺めやりながら、息を吐いた。

「俺がここで待ってろと言っても、お前はあの子らを追うんだろうな」

「もちろんだ」

「若いな。……まあいい、俺はあの馬鹿をしょっ引くとするか」

「生きてるのか?」

その問いは最もだ、と言うようにアザムは片眉をあげた。クルイークの死体を乗り越え、一アルカッソほど離れたところに転がっているイマネムを見に行く。そしてすぐに肩をすくめて帰ってきた。

「色々と手間が省けたみたいだぜ」

「……」

「なんだ、同情してるのか? ああいう奴にふさわしい末路だと思うがな」

「いや、イマネムの事はいい。それより俺はもう行く」

「そうだな。俺も一緒に行ってやりたいとこだが……今はメルの城主に雇われてるもんでな、朝までにラマカサへ戻らにゃ」

「構わん。……世話になった」

「決着がつけられなかったこと以外は忘れてくれて構わねぇよ」

シキはそれに応えてかすかな笑みを浮かべると、剣の血を拭(ぬぐ)って鞘に収めた。アザムが再び、深く息を吐く。

「そういや、きちんと名乗ってもいなかったな。俺はアザム=イル=ジード。ちんけな傭兵だ。あんたは?」

「シキ=ヴェルドーレだ。レノア騎士、だった。大昔の話だ」

「へっ、妙に説得力がありやがるぜ。……じゃあな、次に会うまで死ぬなよ」

「お互いにな」

シキは、アザムが立ち去るのをゆっくり見てはいなかった。満足に動かない右足をかばうことすらせず、山を登り始める。メルィーズはその頭上高く、何もなかったかのような顔で輝いていた。

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