Legend of The Last Dragon −第五章(7)−

デュレーという町には、宿屋が乱立していた。

さほど大きくもない宿場町だが、住民はその多くが宿を経営するか、そこに住み込んで働くかのどちらかである。どの街路にも宿屋が一軒はあり、町の中央を走る大通りに至っては、宿屋がひしめき合っていると言っても過言ではない。

シンジゴ山脈は、なだらかではあるが東西に長い。南北を行き来するためにどうしても越えなければならない、最大の難所である。デュレーはラマカサと同じく、レノア領メンフォン地方ということになっているが、山脈のほぼ中ほどに位置しているので、デュレーがレノアとルセールの実質的な国境となっている。細く険しいとはいえ、山道はデュレーを通る一本しかなく、二国を行き来する旅人は必ずこの町を通る。山を一日で越えるのは到底無理……となれば、デュレーに最低でも一泊はしなければならない。それが、デュレーに宿屋が乱立する理由だった。

デュレーには様々な形態の宿がある。自分の住む家の一部を貸すような小さな宿、隊商などの大人数の客を専門に引き受ける大規模な宿、いくつもの個室を備えた上等な宿などなど。訪れる人は数多くの宿の中から自分たちの人数や財布の中身に見合う宿を選べばいいわけだ。多くの宿には食堂や酒場が併設されており、朝食や夕食などにありつけるようになっていた。生き残りをかけた生存競争は、旅人たちにとってより良い宿屋を誕生させていった。そんなデュレーに、今日も爽やかな朝が訪れようとしている。

なだらかな峰の向こうから、太陽神ハーディスが今日最初の光を投げかける。早起きの鳥たちが、一日の始まりを告げている。あたりは少しずつ、だが確実に明るくなってきた。真っ赤な朝焼けが東から広がり、夜空を飾った星々は西の空の彼方へと追われていく。そして空は、透明感のある青へと変わっていった。ふもとのラマカサに比べて気温の低いデュレーではあるが、鳥肌が立つような夜の寒さもようやく和らぎ、吐き出す息ももう白くはない。

デュレーの門の近くには特に多くの宿が集まっているが、その内の一軒の扉が開き、下働きの女が姿を見せた。欠伸をかみ殺しながら、木桶を手にして通りを横切っていく。水を汲みに行くのだろう。朝まだ早い通りには人影も少ない。町の中心部は朝市の支度で慌しいだろうが、このあたりの道には誰も歩いていなかった。

女の目に、何やら影が映る。入り口の方から、ゆっくりと歩いてくる大きな人影は、よく見ると何人かがかたまって歩いているようだ。ラマカサから来る旅人は夕方到着するのが通例である。明け方に誰かが到着するなんて、見たこともない。女は眉をひそめた。

一行は全員がぼろぼろの服を身にまとっている。かたまって歩いているのは、みなが中央の男を支えているからのようだ。彼らはふらついた足取りで、今にも倒れそうだった。

――まさか夜の間、山を登ってきたんじゃないだろうね。

そうだとしたら、気が狂っているとしか思えない。どう考えてもクルイークに襲われる。無事に山を登ってきたとは、なんという幸運だろうか。女は感嘆した。

声をかけようか。彼らはどう見ても疲れ果てている。いや、やめようか。見てくれからして、金に縁があるとは思えない。彼女を雇っている宿の主人も、貧乏人を喜びはしないだろう。しかし、さらによく見れば、中央の男は怪我を負っているようだ。

――面倒な事に巻き込まれんのは嫌だけどねえ……。

怪我人を見捨てるのも良心が咎める。女は四人に近づいていった。

「あんたたち、まさか山を登ってきたのかい」

「……あ、はい」

はしばみ色の髪と瞳の少年が答えた。

「この人、怪我してんだね。無理にとは言わないけど、うちの宿で休むかい? ちっと休むだけなら料金も……」

なるべく深く関わらないようにしようと思いながら、そう言ってやる。と、中央でうつむいていた長身の男がゆっくりと顔を上げた。蒼白で生気がないが、端整な顔立ち。切れ長の目、すっと通った鼻筋、額にかかる黒髪が彼をますます魅力的に見せている。女は思わず顔を赤らめ、崩れていた髪を手櫛で直した。

「い、いや何だったらいつまでいたっていいよ。安くしておくからさ」

「ありがとうございます」

もう一人の少女が嬉しそうに言った。少年と同じくはしばみ色の髪と瞳。女は今まで気づきもしなかったのだが、少年と少女はあまりにも似すぎている。女は頭の中で、「ちょっと気持ち悪いねぇ」と呟いた。しかしそれを押し隠して、一軒の宿を指し示す。

「うちの宿はすぐそこ、ほらあそこだよ。看板に『メイソンの宿』って書いてある。あたしは水を汲まないといけないから、先にお行きよ」

「世話になるぞ」

まだ声変わりしていないという感じの声がし、くしゃくしゃに乱れた水色の髪が、三人の後ろから顔を出した。

――まあ偉そうな……。

女はそう思ったが、これも口に出すことはないと思い、木桶を持ち直した。四人を再度宿の方へ促すと、井戸のある広場へ向かって歩いていく。

看板の下、古い木の扉を押し開けると、中は食堂になっているようだった。清潔で広々とした食堂だが、席についているのは一人だけ。色黒の青年だった。人々が起き出し、食事を取るにはまだ早い時間である。部屋の片隅には勘定台が設けられ、どうやら店の主人である初老の男が座っている。四人が入ってきた物音に顔を上げ、鷹揚と立ち上がった。

「おやおや、こんな時間にお着きになる人がいるとは……」

言いかけて、四人の様子に気づいたのだろう、あたふたと勘定台から出てくる。メイソンは、人の良さそうな男だった。中肉中背で、柔和な顔にはしわが刻まれている。デュレーの住民はそのほとんどがルセールとレノアの混血であり、メイソンも同様だった。縮れた黒髪はルセール南部の特徴だし、色素の薄い茶の瞳はレノア人に多く見られる特徴だ。

「おお、これはひどい。ひとまず寝かせてあげなくてはならないようですな。……おーい、誰かいないか! この人を部屋へお運びするんだ」

メイソンの呼びかけに応えるように、二階へ続く階段から、下男が一人降りてきた。力強そうな大男である。

「こんな朝早くから、何ですかい? ……へぇ客ですか、珍しい事もあるもんだ」

「アルダ、この方を二階へお運びしろ」

メイソンに命じられ、アルダと呼ばれた下男は腕まくりをした。屈強な腕がむき出しになる。しかしアルダ一人ではシキを運ぶのは容易ではなかった。その様子を見たクリフが慌てて立ち上がる。すると、後ろからその肩を叩いた者がいた。

「君は疲れていそうだから、俺が手伝おう」

簡潔に述べたその声の主は、食堂で食事をしていた青年だった。ぱさついた、濃い緑にも見える黒髪を短く刈っている。肌は元からの黒さに加えて、日焼けのせいで真っ黒である。にっと笑うと白い歯が顔の中で目立つ。青年はセサルと名乗り、下男のアルダを手伝ってシキを二階へと運んだ。シキの意識は、かろうじて保たれてるという程度で、一人ではとても歩けないようである。彼らは二階へ上がってすぐの廊下を真っ直ぐに進み、突き当たりの部屋に入った。そこは狭いながらも四つの寝台が置かれた部屋で、どの寝台にも清潔な布団が用意してある。アルダとセサルはその内の一つにシキを寝かせた。

「剣はここでいいよね」

「ああ、近くに置いてくれ」

シキに指示され、クリフが抱えていた長剣を寝台の脇に置いた時、彼の腹が盛大に鳴った。

「下の食堂で食事が出来るよ」

セサルが笑いながら言う。下男のアルダがにやにや笑いを浮かべて付け加えた。

「三人だったら、銅貨九枚だ。今ここで払うかい?」

「食事をした方がいい。俺のことは気にするな」

シキの言葉に双子は顔を見合わせたが、結局はシキの言う通りにするのがいいと結論を出したようだ。クリフとクレオの視線がエイルに注がれる。二人がシキを支えるので、仕方なくエイルが荷物を運んでいたのだったが、その中に硬貨を入れた布袋があったのだった。しかしエイルは視線の意味に気づかず、きょとんとしている。

「エイル、そこの袋よ、貸して」

「これか?」

「そうだよ、食事代を払わなくちゃ」

何のことかよく分からない、といった表情で袋を差し出す。クリフは重たい袋を受け取ると、中をじゃらじゃらとかき回した。ようよう、一枚のレノア銀貨を見つけて取り出す。アルダはそれを受け取り、「釣りは後でな」と言って部屋を出て行った。

「じゃ、先に降りてるよ」

そう言うと、アルダに続いてセサルも部屋を出て行った。それを見送りながらクレオが言う。

「あのねエイル、食事する度にお金はかかるのよ。エイルは食べるばっかりだから気づかなかったかもしれないけど」

「私を馬鹿にするな。そんなことくらい知っている」

「あらそう? ご存じないのかと思ってましたわ」

「嫌味な奴だな、お前は」

ぶつぶつと言い訳するエイルに、クレオはそれ以上構わなかった。すっかり慣れっこになっているようだ。三人は着替えを済ませると、シキに断ってから階下へ降りていった。

Copyright©, 1995-2008, Terra Saga, All Rights Reserved.